プレート
◇◇◇◇◇◇
記念すべき高校生活の一日目が終わり、身支度をしていると聞き覚えのある声が僕を呼び止める。
「蓮ちゃん、一緒に帰ろう」
幼馴染みの『島貫 千秋だ。
「おう、いいよ」
唯一僕が心を開ける異性で、態度も大きく出せる子だ。
ポニーテールがチャームポイントで、日替わりで変わるシュシュに拘りがあるらしい。僕としては髪を下ろした方が好きなのだが、そこまで言う権利はない。
そこに、身支度を整えた内藤が駆け寄る。
「山岸、誰だよこの子。紹介してくれよ」
若干頬を紅に染め、照れくさそうに内藤は言った。
「ん? あぁ、幼馴染みの島貫 千秋」
「初めまして、一組の島貫です」
「あ、俺……内藤。一組だったら、隣のクラスじゃね?」
男臭い内藤が終始笑顔だったのには参ったが、僕達は三人で下校することにした。
下校途中話していると、内藤の家も同じ方角だとわかり、桜並木の下を肩を並べて歩く。
「そう言えば、蓮ちゃん知ってる?」
突発的に千秋が、話を切り出す。
こう言った場合、他人から得た情報がほとんどで、宛にならない『蘊蓄』を並べるのが常だ。
僕はまたかと言わんばかりに、面倒くさそうに『何が?』と答えた。
「蓮ちゃん、何も知らないのね」
「だから、何が? もったいぶらず話せよ」
「あのね……今日、『プレート』の発売日なんだって。一緒に買いに行かない?」
「プレート?」
テレビか新聞で、聞いたことはある。確かそのプレートを人に向け翳すと、備え持ったスキルやステータスが一目でわかるシロモノだ。
興味はあったが、今日が発売日だとは知らなかった。
「面白ろそうじゃん。三人で買いに行こうぜ」
「ほら、内藤君もこう言ってるし、行こうよ」
「そうだな……どうせ、今日は暇だし行くか?」
「やった~」
千秋は制服のスカートをヒラヒラとさせ、両手を挙げ喜んだ。
◇◇◇◇◇◇
帰宅後、制服を脱ぎ捨て待ち合わせの駅へと足を運ぶ。プレートの発売日の所為か、駅周辺は大勢の人でごった返す。
その大勢の人混みの中に、一際大きい男が佇む。
――内藤だ。
その横にはマスコットのように、ちょこんと座る小柄な千秋がいた。
「山岸、遅ぇぞ!」
「ごめん、ごめん。あまりに人が多かったもんだから……」
苦しい言い訳をしながらも、僕は二人に合流し、お目当てのプレートを購入するべく百貨店へと赴いた。
「押さないで、下さい。数量は十分にありますから」
店員が必死に客に呼び掛けるも、売り場は大混雑に見舞われた。
人混みの中を縫うようにして、ようやくレジに辿り着くとプレートは残り一個だった。
「すみません、十分在庫を確保したのですが、思ったより反響が大きくて……」
店員に苛立ちを覚えたが、とりあえず最後の一個を三人で買うことにした。
「凄い人気ね」
「マジ凄ぇよ。とりあえず一個は買えたからいいか」
結果的に、一番乗り気じゃなかった僕が一番はしゃいでいた。
途中でそのことに気付き、恥ずかしさを誤魔化す為に二人を喫茶店へと誘った。
喫茶店でプレート購入までのアレコレを話した後、いよいよ開封してみることにした。
個人の物ではなく、三人の物という位置付けに多少なりの問題はあったが、まずは中身を見たい。それが、三人の本音であった。
シックなデザインの外装箱を開けると、思ったよりシンプルなデザインだ。手のひらサイズなので、持ち運びも便利そうだと思ったのが第一印象である。
僕は抑えきれず、真っ先にプレートに手を伸ばした。僕の気持ちを知ってか知らずか、千秋も内藤も手を伸ばそうとはしなかった。
前面に液晶画面があり、横には小さなボタンがあるだけ。説明書を読むと、スキルとステータスを見たい人物に向け、カメラのようにシャッターを押すだけと書いてある。
僕は手始めに、千秋にプレートを向けてみた。
『カシャッ』というカメラのような音と共に、液晶にはスキルとステータスが写し出される。
甘えん坊A
人見知りD
千里眼A
計算能力A
『人を見る能力が長けているようです。
サポートする業務に向いています』
液晶画面にそう写し出されると、オートセーブされプレートに記録された。
「何だこれ? 千秋甘えん坊だったのか?」
「もう……蓮ちゃん、笑わないでよ。次は、内藤君よ」
「了解、了解~」
僕は慣れた手つきで、内藤にプレートを向ける。
強肩A
走力D
守備力B
打撃力A
ガッツS
『野球においてバランスが良く、攻守共に期待が出来ます。尚、野球以外はあまり期待が持てません』
「ふはははっ! 野球以外期待が持てませんだって。お前、根っからの野球バカだな」
「うるせぇよ。おい、貸してみろ。今度はお前の番だぞ」
内藤は僕からプレートを取り上げ、構える。
恐らく僕の予想は、陸上選手としてのセンスが抜群。
そんなことが、液晶に浮かび上がると信じていた。
「な……なんだ……これ。お、お前……」
内藤は体を仰け反らせながら慌て水を飲み干し、僕にプレートを渡した。
投手力A
守備力A
走力S
打撃力D
ガッツS
『野球をするのに、非常に素晴らしいステータスです。更に、秘めた能力がありそうです』
液晶画面を見た僕は、一瞬で凍り付いた。
――何故、野球……。
少しはかじっていたが、僕が中学三年間打ち込んできたのは、他でもない陸上だ。
あまりのショックに僕は、言葉を失った。