驚愕! 聖新学院
ベンチ入りすると、あまりの大観衆に圧倒された。
東城高専戦も観客は多かったが、今回はその比ではない。
内野から外野までまんべんなく埋めつくされたスタンドは、色とりどりの模様を描いていた。
「ビビるなよ。甲子園に行ったらこんなもんじゃない。お前らは、いつも通りにやればいい」
多少言葉にトゲがあるが、監督のその一言で僕達は冷静になれた。
今回は一塁側で、運よく後攻を獲得できた。
あとは、僕達が聖新学院を相手に何処までやれるかだ。
「よし、円陣を組むぞ!」
住田さんを中心に、恒例の儀式とも言える円陣を組む。
やはり、住田さんがいるとチームも引き締まる。
「整列――っ!」
整列の号令が掛かるとグランドに駆け出す。
「お願いします!」
皆が守備位置につくのを見届けると、僕はベンチに引っ込んだ。
投げたいのは山々だが、今の僕には応援することしか出来なかった。悔しさを抱えて声を出すと、僕の気持ちを察してか監督が言う。
「応援も立派な仕事だ。試合は、十人目の選手の良し悪しで決まる」
最もな意見だ。確かに応援があるのとないのでは、出てくるパワーも違う。監督も、たまには『まともなこと』も言うのだと思った。
◇◇◇◇◇◇
初回、木下さんは先頭打者にヒットを許すと、続く二番打者にも連打を浴び、ノーアウト一、二塁のピンチを招いた。もともとスロースターターの木下さんだが、見ていて投球内容は悪くない。決して甘いコースにボールが入った訳でもないのに、聖新学院の二人は意図も簡単に打ち返した。
早くも内野陣はざわつきを見せ、木下さんの元へ集まる。横目で監督を見るが、腕組みをしたまま微動だにしない。仕方なく僕は、引き続き戦況を見守った。
内野陣が引くと木下さんは、苦しい表情を見せながら投球を続ける。
三番打者をセカンドゴロに打ち取り、ようやくワンアウト。しかし、続く四番に左中間を破るタイムリーツーベスを浴び、二点を先制された。
さすが、強豪聖新学院である。
『僕が投げていたら、どうなっていただろう?』
相手チーム打者を見ながら、僕はそんなことを思っていた。
その後は木下さんの踏ん張りと、内藤の好リードもあり追加点は与えなかった。
一回を投げ終えただけだというのに、木下さんはヘトヘトでベンチに戻ってくる。『お疲れ様です』と僕が労いの言葉を掛けると、木下さんはこう返した。
「山岸、奴らヤバいぞ。俺では、全く歯が立たない」
一見、弱気に見える発言であったが、聖新学院の破壊力を体感したからこそ、言える言葉だった。ベンチから見ていてもわかった。
聖新学院は、本庄だけじゃない……と。
◇◇◇◇◇◇
そしていよいよ本庄がマウンドに登り、投球練習を始める。
――ズバァァン――
投球練習からして、凄まじいキレだ。高速スライダー以前に、直球の球威も見上げたものである。
先頭打者である鈴木さんは、本庄の投球練習を見て、翻弄されていた。本来、切り込み隊長と言うべき一番打者が塁に出て、突破口を開くのが野球としてのセオリーだが、鈴木さんは何も出来ず内野ゴロに倒れた。
続く住田さんも凡打で倒れ、選球眼に優れている内藤でさえボール球に手を出し、ピッチャーゴロに打ち取られた。
気付けば僅か六球で、明秋高校の攻撃は終了していた。
ストライクからボールに、又はボールからストライクに移行すその高速スライダーは、確実にバットの芯を外してきた。三振を取るようなピッチャーではないが、本庄を攻略するには高速スライダーを見極めることが、必要不可欠だということを、改めて感じ取った。
――本庄……アイツは本物だ……――
僕は現実を受け止めた後、マウンドを降りる本庄にプレートを向けた。
投手力S
打撃力C
守備力C
走力B
ガッツD
『投球術に関しては、類い稀な才能があります。メンタル面の弱さを補えば、より一層飛躍することでしょう』
スキル『対強打者』
「投手力S?」
その他のステータスは至って平凡だったが、投手力に関しては桁違いだった。しかし、そのステータスより、本庄の弱点でもあるメンタル面に着目した。
投手力に関しては想定内であり、打ち崩すにはメンタル面を叩くしかないと、確信したのである。
監督の言っていた『足で掻き回す』意味がようやく理解出来た。
それはエリート故に、ピンチや挫折を味わったことがない本庄ならではの弱さだった。
僕は、早速住田さん達にプレートの内容を伝えたが、だからと言って攻略することも出来ず、時間だけが流れていった。
◇◇◇◇◇◇
三回にも一点追加され、0-3。これ以上点差を広げられると、後半厳しい展開を強いられる。
四回裏、未だに明秋高校はノーヒットのままだ。
打順は一巡し、一番の鈴木さんから。
ここまで腕組みをしていた監督がようやく口を開く。
「山岸……肩を温めておけ!」
「はい!」
ようやくこの時が来たのだ。僕は、投げたくて投げたくてウズウズしていた。こんなことは初めてだ。
――キィィン――
僕の気持ちと同調するかのように、内野安打ながら鈴木さんは出塁した。たった一本の内野安打だったが、明秋ベンチは大いに沸いた。
「よし、ここから反撃するぞ!」
住田さんは、声を張り上げた。
二階堂語録
『応援も立派な仕事だ。試合は、十人目の選手の良し悪しで決まる』