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あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第一章 陸上と野球 一年生編
26/88

恋い焦がれて

 東城高専との接戦をものにし、勝利の余韻に浸りたい所だったが、そうもいかないらしい。

 三回戦、つまり準々決勝の相手は、県内でも強豪中の強豪『聖新学院』だ。聖新学院は、寺が丘高校と並び甲子園の常連校で、ここ数年はこの二高に絞られていた。甲子園に出場する以前に、越えなくてはいけない試練と言っても過言ではない。


 今回対戦相手となる聖新学院だが、各地から優れた逸材を獲得し、野球部だけで百人を越すほどの力の入れようだ。ドラフトに掛かった選手も多数存在し、毎年プロも注目するエリート集団だ。

 中でも僕と同じ左腕の二年生エース「本庄(ほんじょう)(まなぶ)は高速スライダーが武器で、これまで打者を一網打尽にしてきたらしいのだ。と、言っても他のチームに興味のない僕は、全て佳奈さんに聞いた情報なのだが……。

 僕としては早く怪我を治し、自分らしいピッチングが出来ればいいと思っている。しかしながら、高速スライダーには興味がある。

 スライダーとは、大きくわけて二種類あり、利き手と逆に変化する横のスライダーと、落ちながら曲がる縦のスライダーがある。

 何れにしても初歩的な変化球で、先にスプリットを習得した僕は内藤に散々からかわれていた。

 そこで僕は次の試合までの、残された二日間でスライダーを習得しようとしたのだが、一筋縄ではいかなかった。




◇◇◇◇◇◇



 遡ること一日前……東城高専戦の試合後、僕は内藤に呼び出されていた。内藤は神妙な面持ちで、本題を切り出す。


「実は今日の夜、千秋ちゃんに告ろうと思う」


 やがて来るとは思ってはいたが、さすが内藤……先の読めない男である。


「マ、マジか? 頑張れよ」


 動揺しながらも、僕は思ってもいないことを口にした。内藤はいい奴だ。でも、千秋を取られるのは何処か切ない。


「山岸、応援してくれるのか? そいつはありがたい。言いたいことは、それだけだ。聖新学院戦も頑張ろうな。じゃ、俺帰るわ」


「お、おう。じゃあな」


 一方的に話し終えると、内藤は浮かれながら帰っていった。取り残された僕は、複雑な気持ちだった。




◇◇◇◇◇◇



 そしてその夜、内藤の言ったことが頭から離れずにいると、千秋から電話が掛かってきた。


「もしもし、蓮ちゃん? 私……」


 それは明らかに、いつもよりトーンが低い千秋の声だった。


「おう、千秋。どうした?」


「実はさっき、内藤君から告られちゃった……」


 受け止めなくてはいけない現実。結果が気になり、僕は直ぐ様聞いた。


「それで?」


 必要以上に余計な言葉が脳裏を駆け巡り、あまりに素っ気ない言葉が出てしまった。


「うん……。もう少し待ってって言ったんだけど……どうしたらいい?」


「それは……千秋が決めることだろ?」


「そっか……そうだよね……うん、わかった。何かゴメンネ……試合で疲れてるのに……じゃ、また明日ね」


「おう、また明日」


 その言葉の裏に隠された本心を聞き出せず、僕は電話を切った。




◇◇◇◇◇◇




 そして翌日……つまり今現在だが、僕は内藤の口から千秋に告白したと、報告を受けた。もちろん、昨日千秋から相談を受けたことは内緒だ。

 内藤は嬉しそうに語っていたが、僕は素直に喜べなかった。


 放課後、練習が始まると、内藤はいつもより張り切っていた。右足の怪我の具合も心配だったが、千秋の出す答えの方が心配だった。


「よし、今日はこの辺にしておこう。明日は部活を休みにする。相手は常勝聖新学院だ。何処まで戦えるかわからないが、全力をつくすぞ!」


 住田さんがそう言うと、いつもより一時間以上も早く練習は終わった。しかし、僕は直ぐには帰らず、部室に残っていた。

 そこに内藤がやって来た。


「まだ帰らないのか?」


「まあね。右足の腫れもだいぶ引いたから、『投げたいな』なんて思っていたとこだ」


「ふ~ん。どれ、見せて見ろ」


 内藤は怪我の具合を見せろと言ってきたが、僕は頑なに拒んだ。


「大丈夫だって」


 内藤に見せなかった理由はただ一つ。実際、腫れはまだ引いていなかったし、僅かだが痛みもあったからだ。


「まぁ、いいや。とにかく痛みがないなら、俺が受けてやるよ」


「本当か? 内藤! 実はスライダーを覚えたくて……」


「やっとスライダーを覚える気になったか。お前の場合、順番が逆なんだよ。スライダーは基本だからな。聖新学院のピッチャーもスライダーが武器だしな」


 内藤は笑いながら言った。


 時間がないのは、わかっている。しかし、何もしないで戦うなんて僕には出来なかった。だから例え短い時間でも、スライダーを習得しようと思ったのだ。


「腕の振りが甘い!」


 内藤は真剣に向き合ってくれた。僕が習得しようとしているスライダーは、横のスライダー。

 打者から見れば、ストライクからボールへ、ボールからストライクへ変化する球だ。ものに出来れば、バットの芯を避けることが出来、スプリット以外の武器になるのは間違いない。

 五十球ほど投げると、ちょっとずつコツを掴み始めた。しかし、軸足である右足が思うように動かず、スライダーの習得は難航を極めた。


「今日は、このぐらいにしたらどうだ?」


 昨日の疲れもあり、球が乗らないのであろう。内藤は、切り上げることを提案した。


「もう少し……もう少しだけ……」


「仕方ないな……」


 そんなやり取りをしていると、千秋が現れた。


「二人共、お疲れ様~。あの……内藤君? 話があるんだけど……」


 労いの言葉を掛けた後、千秋は内藤の元へ駆け寄った。


「どうしたんだ? 千秋ちゃん……」


「実は昨日の返事をしたくて…………内藤君、私と付き合って下さい」


 それは僕の目の前で、行われた。マウンド上で、立ち尽くす僕に柔らかな夕日が包み込む。


――予想だにしない結果……。


 僕はボールをギュッと握り締めた。


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