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あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第一章 陸上と野球 一年生編
25/88

僕はエースだ!

 第三者から見ても、ただごとではない怪我の具合。そんな言い訳をしても、住田さんに通用する筈もない。

 住田さんは松葉杖を手に掛けながら、言った。


「止めろと言っても投げるんだろ?」


意外な問い掛けだった。当然、木下さんと交代しろと言われるものだと思った僕は、逆に住田さんに質問した。


「もし、住田さんがピッチャーならどうしますか?」


 住田さんは、答えを用意していたかのように、直ぐ様答えた。


「俺なら投げるな……例え、二度と野球が出来なくなったとしても…………。何て、言うのは大袈裟かな。やれるとこまではやる……それがエースのプライドじゃないかな……」


 いつもより、優しい口調で住田さんはそう言った。

 住田さんの言う通り、最後まで投げ抜くつもりだったし、全てを捧げる覚悟はすでにあった。


「木下は、どう思う?」


「き、木下さん?」


 住田さんが木下さんの名を呼んで、僕は驚いた。どうみても、周りには僕と住田さんしかいない。

 僕が首を傾げると、トイレの入り口から木下さんがやって来た。


「キャプテン……気付いてたんですか。人が悪いです」


「どっちがだ? 盗み聞きする方がよっぽどタチが悪いと思うが……」


「そう言われると、何も返せません……それより怪我の具合はどうなんですか?」


「あぁ、何とかなりそうだ。それより木下……山岸の怪我の具合、どう思う? 聞いていたんだろ?」


「はい……正直、投げるには切ないと思います。そこで提案何ですが……」


 木下さんもまた、親身になって僕のことを考えていてくれたのだ。感激のあまり、涙が溢れそうになって来た。

 必死に涙を堪える僕に木下さんは、


「次の回からは、俺が投げる……山岸、お前は少しでも休むんだ。佐伯兄弟に打順が再び回って来たら、全てはお前に託す……」


 と、言って来た。

 木下さんの考えに、住田さんも同調する。

 確かに今の僕に、残りの回を投げれる自信はなかった。意地で投げたとして、抑えれる保証はない。

 僕は泣く泣く二人の意見を受け入れることにした。


「山岸、右足を出せ」


 住田さんはそう言うと、ポケットからテープを(おもむろ)に取りだし、テーピングを施した。

 ガチガチに固められたテーピングに多少の難はあったが、動作に対する憂いは消え去った。僕は二人に一礼すると、ベンチに戻り何食わぬ顔をする。

 皆が遅れて登場した住田さんに、目を奪われている間、千秋が囁き掛けた。


「何かあったの?」


「まぁな。理由(わけ)は後で話す」


 余計な心配を掛けたくなかった僕は、千秋にも真実を話さなかったのである。


 この回は結局無得点に終わり、僕はサードの守備位置についた。

皆、不思議そうな顔をしたが、コントロールに不安がある僕を考慮し、住田さんが交代させたのだと思い込んでいた。




◇◇◇◇◇◇



 木下さんの踏ん張りと好投の甲斐もあり、得点は平行線のまま九回裏を迎えていた。


3-2。


 一回のチャンスをモノにされれば、同点……更に、気を許せばサヨナラにもなりかねない。

 木下さんはマウンドに行かず、サードの守備位置にいた僕に駆け寄る。


「俺の役目は、ここで終わりだ。山岸……やれるな? いや、やってもらわなきゃ、困る。ここから先は、お前に託す」


 木下さんは、全てをやり終えた満足な表情で、僕のグローブにボールを『ポン』と入れた。

その瞬間、皆の思いが僕に向けられたと感じた。


「はい。必ず抑えます」


 それまで右足に心臓が移行したかのように、ズキズキと脈を打っていた痛みが嘘のように消え去った。


――やれる、やれるぞ――


 投球練習でも感じる確かな手応え。

祈るように握り締めるボールは、いつもより強い絆で結ばれていた。


 バッターボックスには、東城高専の四番。間違いなく、佐伯兄弟の弟一樹との勝負は避けられない。一人でも塁に出せば、兄一馬との勝負も待っている。この試合の山場だ。

 内藤は例によって、両手を広げる。予想はしていたが、ここはサインが欲しい所。僕は首を横に振り、サインを催促した。

 何度かのやり取りを経て、内藤はようやくミットを構える。曖昧ではあるが、低めにボールを集めろと言うサインだ。


――それだけの指示があれば十分――


 ロジンバッグの白い粉を多目に纏い、渾身の力を込めて投げた。



――スバン――




「ストライク――っ!」


 心地好い内藤のミットの音と共に、審判はそう告げた。


 何故だろう? こんな時だと言うのに、野球が物凄く楽しいと思えた。

 続く二球目も低めに決まり、これでツーストライク。ここで内藤は、スプリットを要求してきた。

 僕は首を縦に振る。もはや、遊び球は要らない。



――ザザッ――



 軸足の右足に、全身の力を掛ける。投げた瞬間、手応えを感じた。




――スバン――




「ストライク、バッターアウト――っ!」


 自分で言うのも何だが、芸術的にスプリットは急激に落ちた。プロでも捕球するのが困難なスプリットを、内藤は当たり前のように捕球した。


 これでワンナウト。


 続く五番打者には、甘く入った球をライト前に運ばれ、右打席には佐伯弟がバットを構える。


 一球目は外に外れボール、二球は低めに決まりストライク。

そして三球目、外角高めに浮いた球を佐伯弟は当てて来た。

 速い打球はサードの木下さんの正面に、転がりセカンドでフォースアウト。

 更に一塁にも投げるが、さすが俊足の佐伯弟。何とか生き延びた。


 ツーアウト、ランナー一塁。ここで迎える打者は、佐伯兄。


 そして、これを抑えればゲームセット。つまり、明秋高校の勝利だ。


「ふぅ……」


 皆の思いが、一つになる。


 ベンチでは、千秋と佳奈さんが祈りを捧げ、敵側である東城高専の一塁側スタンドでも、皆祈りを捧げている。




一度しかない夏。



条件は皆同じだ。



負ければその時点で、夏は終わる。





――ドクン……ドクン――




 鼓動が自分でもわかるほどに、大きく鳴り響く。


「よし……」


 グローブをつけた右手で、心臓付近を二度ほど叩く。

 一塁ランナーの佐伯弟に睨みを効かせた後、セットポジションから投げ込んだ。




――キィィン――




 不規則にバウンドしたボールは、僕の目の前に転がった。


「市原――っ!」


 ベースに入った市原に、投げ込む。

佐伯兄は、意を決してヘッドスライディングを見せた。





 球場全体に訪れた静寂……。





――ドクン、ドクン――






「アウト――っ! ゲームセット!」


「よっしゃ~!」


 マウンドで雄叫びを上げる僕に、内藤は抱きついて来た。

 佐伯兄弟はその場に(うずくま)り、泣き崩れた。僕達が勝ったことで、同時に佐伯兄弟の夏も終わったのだ。


 整列の後、佐伯兄弟は僕の前に現れた。


「俺達の完敗だ。来年は、俺達が勝つ!」


「俺達の分も、勝ち上がってくれよ」


「わかった。でも、来年も僕達は負けない」


 僕は佐伯兄弟と力強く握手を交わし、今後の勝利を誓った。




 負ければ即終了……そんなシビアな世界で二勝目を手にした僕達は、既に次の試合を見据えていた。



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