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あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第一章 陸上と野球 一年生編
24/88

恐怖の下位打線

 プレートのステータスを見たからじゃない……これから先、勝ち進むには倒さなくてはいけない相手……それが佐伯兄弟の気がした。

 佐伯弟は相変わらず独特の構えを見せる。しかし、そんなモノはもう慣れた。ストライクゾーンが狭いと錯覚するが故の、コントロールの乱れ。

 通常の打者と何ら変わりないと脳内で認識すれば、自分の持ち味を出せる筈だ。

 僕は短い時間の中で自己分析し、佐伯兄弟に勝つには『己に勝てばいい』と結論付けた。そうとなれば、佐伯兄弟が何者だろうと容易い。

 内藤は両手を広げた後、ど真ん中にミットを構える。僕に全てを委ねる時のサインだ。

 僕は首を縦に振った後、セットポジションから内角ギリギリを攻めた。

 佐伯弟は、一瞬よけるような仕草を見せる。


「内角が苦手なのか?」


 今までそんな素振りを見せなかった佐伯弟が、ここに来て見せる仕草。これは、僕に内角の球を投げさせる罠かも知れないと、直感的に思った。

 相手も人間だ、少なからず駆け引きもある。それが演技なのか、真実なのか見破る(すべ)も必要だ。

 二球目も内藤は、両手を広げる。僕は様子を探る為に、外角低めにスプリットが決まるように投げた。

 これを見逃すようなら、内角は苦手じゃない……つまり、僕に投げさせる為の演技だったと推測出来る。



――フォォン――




――ズバン――




 予想とは裏腹に、佐伯弟は積極的にバットを振ってきた。


「一樹! 何やってんだ」


「ごめんよ、兄貴」


 佐伯弟は、兄の一馬に罵倒されると、すっかり萎縮してしまった。さっきまでの見る影もなく、三球目も同じ球に釣られ、呆気なく三振に倒れた。

 ベンチに戻った佐伯弟は、兄の一馬に暴力を受けていた。

僕は、この時ようやくわかった。佐伯弟に苦手なコースはない、兄の圧力がプレーを駄目にしてしまったのだと。


 これでワンナウト一、二塁。戦況は未だ、油断出来るものではない。

 迎えるバッターは、佐伯兄。二回と同じく敬遠を余儀なくされるのかと、肩を落とすと内藤に動きはなく、またもや両手を広げる。

 僕が思わず首を傾げると、堪らず内藤がマウンドに駆け上がって来た。


「おい、山岸。自分を信じろ。最高に今、お前の投げる球は走っている。ちょっとやそっとじゃ、打たれはしない。それが、佐伯兄弟……だとしてもだ」


 僕はこれまで夢中で投げていた所為か、わからなかった。内藤が僕を褒めるなんてことは、それこそ稀だし、まして『球が走ってる』なんて言われたことなんかただの一度もなかった。だから、本当に嬉しかった。


「内藤……」


「なんだよ!」


「ありがとな」


「バ~カ、礼を言うなら、この回を抑えてからにしろよ」


 そう言うと、またがに股でマウンドを降りていった。その背中の背番号2が言っているように思えた。


『自信を持て』と。


 内藤に言われて初めて気付いた。確かに球が走っている。左右に揺さぶりを掛け、最後はスプリット。

 佐伯兄は一度も、バットにボールを当てることなく、ベンチに引き返して言った。


「くそ――っ!」


――ガシャガシャン――


 佐伯兄は、ベンチ内にバットを投げ付けた。いくら実力があるとは言え、スポーツマンとしてあるまじき行為だ。

 そんな姿を見て、



『道具を粗末に扱う奴に負けるわけはいかない』



 と、改めて思った。


 佐伯兄弟との勝負には勝ったものの、ランナーは未だ一塁と二塁に生存している。


「あと一人……」



 このままの勢いに乗ろうと思った矢先に、悲劇が訪れた。それは、ツーストライクに追い込んだ時のことだった。

 内藤から返球されたボールをグローブに収めると、右足に違和感を感じる。




――何故だろう――




 そして、一つの結論に辿り着いた。


――さっきの自打球だ――


 そう思った瞬間、全身に脂汗が吹き出した。


「いつっっ……こんな時に……」


 僕は歯を食い縛りながら、それでも投げた。軸足になる右足に、投げる度鈍痛が襲い掛かる。


 僕はそれでも投げた。何故なら、僕はエースだから。


 この回を何とか逃げ切り、エースとしての役割を何とか果たした。

 僕は痛みを隠したまま、ベンチへ走った。本当は、走ることすら辛い状況だった。


「おい、山岸……大丈夫か? 顔色悪いぞ」


 僕にそう言って来たのは、木下さんだった。さすが同じピッチャーだ。異変に気付くのも早い。

 僕は平静を装い、


「大丈夫です。ちょっとトイレ行って来ます」


 と、逃げるようにその場を立ち去った。




◇◇◇◇◇◇




 トイレに引っ込み、右足を見てみる。足の甲の辺りが紫色に変色し、腫れていた。


「投げれるのか……あと三回残ってるんだぞ……」


 僕は、僕自身を責めた。そんな中、誰かがトイレにやって来た。


「山岸……何処だ? いるんだろ?」


 安心感のある声。その声の主は住田さんだった。


「住田さん? 大丈夫なんですか?」


 ドアを開け外に出ると、松葉杖をついた住田さんがニッコリ微笑んでいた。


「検査の結果問題なしだ。この松葉杖は、念のため……飾りだな。それより、右足を見せて見ろ」


「右足? 何のことですか?」


 僕は誤魔化して、惚けてみせた。


「惚けても無駄だ。俺の目は節穴じゃない」


 住田さんは松葉杖を放り出して、僕の右足を確認した。


「やはりな……」


「へっちゃらですよ。これくらい」


 僕は至って明るく努めた。


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