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あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第一章 陸上と野球 一年生編
23/88

一点の重み

 完全に流れは明秋に来ていた。しかし、九回ツーアウトから、十点差以上を逆転した高校さえ存在する。

 高校野球は最後の最後まで、わからない。後がないだけに、ドラマ性を秘めているのだ。


 次の打者は五十嵐さんだ。五十嵐さんも東海林さんと同じく影の努力家で、この三年間練習を一日たりとも休んだことがないらしい。

 ある日、住田さんが言っていたのを思い出す。


『五十嵐は凄い奴だ。体調を崩しても練習を休まず、日課にしている千回の素振りを欠かしたことはない。無口なのが難点だが、アイツがいなかったら、俺は野球を辞めていたかも知れない……まぁ、アイツには色んな面で感謝しているよ』

 と……。

 僕は、五十嵐さんと出会って日は浅いが、尊敬すべき先輩だと思っている。僕と内藤が草むしりをしていた時も、真っ先に手伝ってくれたのは五十嵐さんだ。


 五十嵐さんはフルカウントまで粘り、六球目に投げられた甘い球をレフト前に運んだ。


「うっっし!」


 鍛え上げられた右腕を突き上げる。

 更にチャンスは広がり、ワンナウト一、三塁。

 このピンチに初めて東城高専サイドが動き出す。内野陣が集まる中、ベンチからの伝言を控え選手が伝える。

 ピッチャー交替かと思われたが、結局交替はなしで試合は再開された。


 そしてバッターは、木下さんだ。僕は、打席に向かう木下さんを呼び止めた。


「木下さん……さっきは、すみませんでした……」


 今更ではあるが、先ほどの失言を木下さんに謝罪した。


「気にしてないよ。悪いのは俺だし……バットで返すよ」


 僕は、その言葉で救われた。一学年違うだけなのに、こういう大人な態度。僕も来年後輩が出来たら、木下さんみたいな先輩になりたいと思った。


――キィィン――


 詰まった辺りだが、センター前にボールは落ちた。二塁に向かう五十嵐さんは、フォースアウトになるが、その間に三塁ランナーの東海林さんが三点目のホームを踏み、遂に逆転に成功したのである。

 ツーアウト一塁で打順は一巡し、僕に回ってきた。打席に向かおうとする僕を、市原が呼び止める。


「山岸……ちょっといいか?」


「どうかしたのか?」


 そう言うと、耳元でこう囁いた。


「逆転したんだし、次の回の投球を考えて、無理はするなよ」


 市原はそう言うとベンチへ戻っていった。顔に似合わず、お節介な奴だ。まるで僕の心を、見透かされているように思える。


『僕も先輩達に続きたい』


 でも、ここで息を切らしたら、次の回の投球に影響が出る。回もまだ二回……先のスタミナを考えると確かに、市原の言うことも正論だ。でも、叩ける時に叩いておかないと、苦しい展開になるかも知れない。

 そんな迷いの所為かバットにも迷いが表れ、中途半端に当てたボールが自打球になり、右足を直撃した。


「うぐぅ……」


 吐き気を催すほどの激しい痛みだ。しかし、死球と違って自業自得というか……運が悪かったとしか言いようがない。


「ふぅ……」


 息を整え、再び打席に入る。カウントワンストライク、ノーボール。僕は続く二球目を、引っ張った。



――キィィン――




 さっきの痛みを払拭するほど、痛烈な当たりだ。




 しかし、





――パシュ――




 軽やかにジャンプしたセカンドの佐伯弟のファインプレーに阻まれた。またしても、佐伯兄弟……。長かった二回の表の攻撃は、こうして終わった。

 ベンチに戻り、先ほど自打球を喰らった右足に冷却スプレーをしていると、内藤と市原、それに千秋と佳奈さんまでもが、僕を取り囲む。


「な、何?」


 その威圧感に思わず身を仰け反らせると、千秋が『これを見て』とプレートを差し出す。


「プレートがどうかしたのかよ?」


 と、言いながら液晶画面の表示を見ると、二つの情報が映し出されていた。それはまさしく、佐伯兄弟のステータス……。直感的にそう思った僕に、佳奈さんが補足をする。


「見てわかると思うけど、この二つのステータス……佐伯兄弟のものよ。上が弟の一樹のステータス、そして下が兄の一馬のステータスよ」




強肩B

打撃力B

守備力S

走力S

ガッツS


『伸びしろはまだまだありますが、今のままでも十分素晴らしいです』




強肩A

打撃力C

守備力S

走力S

ガッツS



『文句の言いようがありません。野球以外にも才能が多数あるようです』


「これは……」


 今まで見たことがないくらい、優れたステータスだった。

確かに前の回に、敬遠したのは正解だったのだと痛感した。



◇◇◇◇◇◇




 一点リードのまま回は進み、五回の裏、僕達はまたもやピンチに追い込まれていた。


 それまで安定してきていたコントロールに乱れが生じ、先頭打者に四球を与えた。この試合、八個目の四球である。二桁に近い数字を見ると、やはりコントロールはいまいちのようだ。

 続くバッターの送りバントを、セカンドでフォースアウトを試みるも、僅かな差でセーフになり、ノーアウト一、二塁。

 迎えるバッターは、恐怖の下位打線佐伯兄弟の弟一樹である。

佐伯兄弟は、必ずチャンスに打順が回ってくる、強運の持ち主でもあった。

 もはや下位打線とは言えない。この佐伯弟の六番という打順も、強打者の代名詞とも言うべき四番に匹敵するほどの重要性を秘めている。

 そこを念頭に置いた打順なのであろう。


「ふぅ……この一点……必ず守りきる」


 気を取り直して、セットポジションから第一球を投げた。



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