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あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第一章 陸上と野球 一年生編
22/88

反撃の狼煙

「お疲れ……はい、スポーツドリンク」


 ベンチに戻ると千秋が、汗だくの僕にタオルと飲み物を差し出してくれた。

ピッチングのことには、何も触れないことが逆に申し訳ないと感じる。

 普段なら、『もう、蓮ちゃんしっかりしてよね~』とか言ってくるのに、今日はこの優しさだ。耐えきれぬ空気を覆す為に、わざと憎まれ口を聞いた。


「千秋……何も言わないのか?」


「何が?」


 千秋は首を傾げながら、僕の目を見つめる。


「だから……今日の僕のピッチングを……」


「そんなに自分を責めないで……蓮ちゃんは、頑張っているよ。それは私が一番わかってる……あっ、変な意味じゃないからね。暑い、暑い」


 千秋は真っ赤に染まった頬を冷やすように、両手を団扇(うちわ)に見立て扇いだ。


「さぁ、この回は市原からだ。応援しよう……」


 僕は話を誤魔化すように、そう言った。

何故だろうか? 普段より千秋が可愛く見えて、胸がドキドキする。

 幼い時からいつも千秋が傍にいるのが当たり前で、こんな感情を抱くのは初めてだった。




◇◇◇◇◇◇




 右の打席には、市原がバットを構える。




――カキィィン――



 それは初球だった。

打った瞬間、長打になるとわかる当たり。打球は、左中間を切り裂きグングンと伸びて、観客も(まば)らなスタンドに吸い込まれていった。

 この一撃で明秋高校ベンチは、大いに沸いた。

 市原はガッツポーズを僕達に見せながら、悠々とダイヤモンドを一周する。皆でホームインする市原を待ち構え、ヘルメットを叩きながら揉みくちゃにした。


「市原!」


 僕がその名を呼ぶと、市原は高々と右手を挙げた。




――パシッ――




 これが市原と初めてのハイタッチだった。かつて内藤を巻き込み、グレていたとは思えないほど、純粋で清々しい笑顔はチームに流れていた『負の風』を消し飛ばしてくれた。

 だが、試合は1-2でまだ劣勢……喜んでばかりはいられない。

 これに続けと言わんばかりに、ツーエンドツーから神田さんがセンター前に弾き返し、出塁する。手堅く石塚さんがバントで送り、ワンナウト二塁。

 一打同点のチャンスが巡って来た。

 続くバッターは東海林さんだ。こう言ってはなんだが、東海林さんは野球部の中でも能力の低い選手である。

 しかし、その分誰よりも努力家で、一切の妥協を許さない人だ。僕達一年生にも厳しかったが、何より自分に厳しかった。

 そんな東海林さんだから、このチャンスを絶対にモノに出来ると僕は信じていた。


「東海林さん、お願いします」


 僕がそう言うと、元々細い目を更に細めた。


 右バッターボックスに入る東海林さんのバッティングは、決して器用なものではない。




――カツッン――




 もう何度目だろうか? 東海林さんは、ピッチャーの投げるボールに必死に食らい付き、ファールで粘っていた。


「バッターしぶといぞ」


 観客からのブーイングも気にせず、ひたすらタイミングを合わせる。




――ガシャン――




「ファールボール」




 何度もバックネットの網に白球が突き刺さる。

そして十球目、遂に甘い球が舞い込んできた。




――キィィィン――



 痛烈な当たりではないが、ライト線を破る一打だ。

 打球を見届け神田さんは三塁を回り、ホームを目指した。


 ボールはファーストに渡り、神田さんが目指すホームへ投げられた。


「戻れ――っ!」


 足の遅い神田さんでは、厳しいボール位置だ。しかし、神田さんは僕達の忠告を聞かずホームへと体を投げ出した。

 相手キャッチャーのミットにも、しっかりとボールは収まっている。




――まさに、紙一重……。




 けたたましく舞い上がった砂埃を、風がさらっていく。神田さんは、うつ伏せのまま審判を見上げた。





「…………セーフ!」


「よっしゃ! 同点だ!」


 神田さんは軽やかに起き上がり、砂にまみれたユニフォームのままガッツポーズをした。

 その間に、打った東海林さんは二塁に進み、反撃はまだ終わらない。


 東海林さんと神田さんの活躍で、流れは明秋に変わりつつあった。

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