表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第一章 陸上と野球 一年生編
20/88

激闘! 東城高専戦

 いよいよ二戦目、東城高専との試合が始まった。

 左打席に入ると、セカンドとショートに佐伯兄弟の姿が見える。噂通りなかなかのイケメンだ。だが、野球は顔でするものではない。

 僕は相手ピッチャーをキッと睨み付けるように、バットを構えた。

 一球、二球と続けて外に外れた。相手ピッチャーも人間だ。恐らく緊張しているのであろう。叩くなら、コントロールが乱れている立ち上がりを狙うしかない。そう思った。

 三球目はど真ん中のストライクだったが、僕はそれを見送った。


――なるほど……打てないほどではない――


 悪いピッチャーではないが、強いて言うなら何処にでもいる右腕投手だ。いくら佐伯兄弟が優れていようとも、このピッチャーを攻略出来れば問題ない。この時、僕はそう思っていた。


 四球目、高めに甘く浮いた球に手を出すと、打球はショートの深い位置へと転がった。


――あの位置なら、内野安打を狙える――


 一塁ベースを一点に見つめ、全力疾走する。前回同様、先頭打者の役割を果たした。



――かのように思えた……が、




――パシュ――




 僕より先に、ファーストのミットにボールが舞い込む。


「何?」


「アウト――っ!」


「はぁ……はぁ……今の当たりをアウトにするなんて……」


 僕は現実を疑った。自分がここに存在しているのかもわからないくらいに、途方に暮れた。

 しかし現実には、文句なしのアウトだ。僕より先にファーストミットにボールが来るのを見たし、もちろん判定が覆ることはない。

 肩を落としながらベンチに戻ると、『ドンマイ、ドンマイ』と内藤が言葉を掛けてくれたが、僕はその言葉を受け付けられないでいた。

 ここでようやく佐伯兄弟の恐ろしさを知ったのだ。守備範囲の広さ、華麗なボールさばき、一流というに相応しい選手である。


 その後、鈴木さんも内藤も凡打に倒れ、一回の表は無得点のまま終わった。


 その裏制球が乱れ、僕は二者連続で四球を出してしまった。もともとコントロールは悪い方ではなかったが、一回の打席のことを引きずって力んでしまったのかも知れない。

 そんな僕の様子を見て、内藤がマウンドにやって来る。


「お前、何やってんだよ! らしくないぞ!」


 内藤はたったそれだけ口にすると、がに股でマウンドを降りて行った。


「内藤……ありがとな」


 内藤に叱咤され、僕は平静を取り戻した。何だかんだ言っても、内藤は頼りになる男だ。不器用だが、あれが内藤なりの優しさなんだと感じた。


「ふぅ――」


 左手に付着した余分なロジンバッグの白い粉を吹きながら、ランナーを見定める。

 未だノーアウトだが、点を許した訳じゃない。開き直り、いつもの投球で腕を振り抜く。


「ストライク――っ!」


「よっしゃ!」


 僕は雄叫びを上げた。たった一つのストライクだったが、今日初めて自分の思った位置に投げられたのである。

 内藤も右手の親指を突き立て、僕の投球を褒めてくれた。ランナーを背負う苦しさよりも、内藤なりの激励の方が勝り、僕の球は走るようになった。


――ズバン――


 思い通りのコントロール。緩急をつけ、決め球にスプリット。

思い描いていた理想の制球を取り戻しつつあった。

 なんと、二者連続で三振に切って取ったのである。それにしても、極端だ。二連続四球の後、二連続の三振。


「ふふふ……」


 ツーアウトを取ったものの、ランナー一、二塁。ピンチに変わりはないのだが、僕は笑った。


――次の五番打者も、三振にしてやる――


 そんな強気の態度さえ見せた。

 ところが、一回戦を勝ち抜いた東城高専の五番だけあり、ファールで粘りしぶとい。

 カウントはツーストライク、スリーボール、つまりフルカウントになっていた。

 内藤のサインは直球勝負で、内角ギリギリにミットを構える。ここはスプリットを投げたい所だが、相手も警戒している。下手をすれば、見逃され四球にもなりかねない。

 ここは内藤のリードを尊重し、直球勝負が『吉』と僕自身もそう思った。僕は首を縦に振った後、セットポジションから渾身の投球をお見舞いした。

 それと同時に一塁、二塁のランナーが走り出す。




――コツン――




 バットの根元に当たった打球は、力なくサードの木下さんの元へと転がった。


「木下さん!」


 僕は祈るように、木下さんの名を呼んだ。完全に、打ち取った打球だ。誰もがこれでチェンジになると確信していたのだが……木下さんが一塁に投げたボールは、市原の頭上を遥かに越えていった。


「石塚さ――ん!」


 僕は声の限り、ライトの石塚さんの名を叫んだ。石塚さんは、反れたボールを拾い上げ、懸命にホームへと投げる。


「んなろぉぉ!」


 しかし時既に遅く、ランナーはホームインした後だった。


「すまない……山岸……」


 マウンドに駆け寄り、謝る木下さんに僕は言い放った。


「何やってんですか?」


 完全に打ち取った打球だけに、僕はあろうことか木下さんに強く当たったのだ。


「山岸、言い過ぎだぞ。木下さんに謝れよ」


 すかさず内藤もマウンドに駆け寄って来る。確かに、言ってはいけないことだと理解していた。

 しかし、熱くなって所為で思考回路は制御出来ないほど、暴走していた。


補足

ロジンバッグとは、炭酸マグネシウムや松脂が布袋に入った滑り止めです。

マウンド上で、ピッチャーが白い粉を付けるアレです。

 一般的には、ロージンバックとも言いますが、野球ではロジンバッグと言います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ