出会い
心地好い風と共に、桜の香りが春を運んでくる。
学生達は真新しい制服を纏い、新生活に胸を踊らせる時期だ。
そして僕は、またグラウンドに足を運んでいた。
マウンドの土の匂い――手入れが行き届いている芝生の青臭い匂い――。目を閉じると、昨日の事のように思い出す……。
『あの夏を忘れない』
この春から僕が通う明秋高校は、県内でも随一の陸上の名門校だ。
勿論、この高校を志望したのは、中学から続けていた陸上で更にスキルアップしようとしたのが理由だ。
しかしながら、運命は僕を大きく変えていった――。
◇◇◇◇◇◇
教室には、見馴れない顔が立ち並ぶ。緊張した面持ちで、何処かよそよそしい。僕もそんな中の一人だったのかも知れない。
そして、僕の運命を変えるべき人物が、隣の席で大きなアクビを一つする。
「あ~あ、しかし皆シケた面してんな~。お前もそう思わないか?」
高校一年にして、完成度の高いゴツい体型をしたそいつは、馴れ馴れしく僕に話を振った。
誰も話す相手がいない僕は、『お前』と言われ多少腹が立ったが、これから共にする仲間だと思い気さくに返事を返した。
「確かに、シケた面してるね。緊張してんだろ?」
「かもな。俺なんか、堂々としたもんだぜ。あ、俺『内藤 大翔』。宜しくな」
「僕は、『山岸 蓮』。宜しく」
一通り自己紹介が終わると、内藤はゴツい右手を差し出した。
どうやら、僕に握手を求めているらしい。
その臭い演出に戸惑いはあったけど、僕も右手を差し出した。
内藤の手は温かくて、マメが出来ているのが直ぐにわかった。
――こいつ、野球をやっているのか? この体型なら、間違いなくキャッチャーだな。
一瞬の交わした握手で、勝手な想像をしていた。
◇◇◇◇◇◇
一時限目のホームルームが終わるや否や、内藤は直ぐ様弁当箱の蓋を開き、早弁に取り掛かる。その食欲旺盛さに唖然としていると、またも内藤が話し掛けてくる。
「お前、部活は何に入るんだ?」
「僕?」
突然の質問にドギマギしながらも、答えを続けた。
「僕は、陸上だよ。その為にこの高校を選んだからね」
「ふ~ん、そうか。この学校は、陸上強えからな」
内藤はそう言うと口いっぱいにご飯を放り込み、大きな弁当をたいらげた。
「お前は、何に入るんだよ」
内藤に『お前』と言われたのが悔しくて、僕もそう呼びながら質問してみた。
内藤は微笑みを浮かべながら、答えを返す。
「俺は野球だよ。これしか出来ないしな。ポジションは見ての通り、キャッチャーだ。そして、甲子園に行くのが、俺の夢だ」
内藤はまるで子供のように、目を輝かせ語った。
やはり僕の予想通り、内藤のポジションはキャッチャー。
――それはいいのだが、気掛かりなことが一つある。
この高校は陸上では名門だが、野球部は県内でも後ろから数えた方が早いくらいの弱小チームだ。そんな部活が甲子園なんて夢のまた夢だろう……僕はそんなこと思っていたが、真っ直ぐな内藤の瞳を見ると、否定も出来なかった。