表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第一章 陸上と野球 一年生編
19/88

譲れぬ思い

 僕の返答を待ちわびて住田さんは、静かに目を閉じる。喉の奥まで言葉が来ているのだが、そこから先がなかなか出て来なかった。


 そんな僕に住田さんは、こんな話をした。




◇◇◇◇◇◇



「お兄ちゃん、行ってらっしゃい……けほっ、けほっ」


未来(みく)、寝てなきゃ駄目じゃないか?」


「だって……」


 それはいつもの光景だった。


 俺には十歳離れた妹がいる。未来は生まれつき病弱で、家で過ごすことが多かった。

 体の調子がいいと、こうして学校へ行く俺を必ず見送ってくれたのだ。嬉しい反面、未来に何もしてあげられない自分が不甲斐なかった。

 俺が高校に入学して野球部に入部すると、未来はこんな質問をしてきた。


「お兄ちゃん、やきゅうっておもしろい? お兄ちゃんも、こうしえんにいくの?」


 何処で覚えてきたのか、そんな質問を俺に投げ掛けて来た。


「あぁ、面白いよ。兄ちゃん……野球頑張って……必ず甲子園に行くからな……そうしたら、応援に来てくれるか?」


 震える声を抑えながら、俺は未来にそう返した。未来は満面の笑みを浮かべながら『うん』と答えた。

 そして俺が甲子園に行けるように、毎日折り鶴を一羽ずつ折ってくれるようになった。今ではその折り鶴も、千羽近くになり未来の体調もだいぶ良くなって来た。




◇◇◇◇◇◇



 一通り話し終えると住田さんは、静かに目を開けた。


「なぁ……頼む、山岸……。甲子園は、俺の夢でもあり、未来の夢でもあるんだ……。私的な感情だとわかっている……。一度は諦めた夢……でも、逃したくないんだ、最後のチャンスを……。頼む…………」


 住田さんは、人目を憚らず涙を流した。


「わかりました。住田さん、顔を上げて下さい……。何処まで出来るかわかりませんが、キャプテン代理……お受けします」


「ありがとう……ありがとう……」


 住田さんそう言うと泣き疲れたのか、そのまま眠りに就いた。


 病院の外に出ると、太陽は既に高い位置にあった。

眩しい陽射しを浴びながら僕は、唇をキュッと噛んだ後、誓った。


「絶対に、負けない……」




◇◇◇◇◇◇




 午後からの試合を前に部室に集まり、メンバーに僕がキャプテン代理を任されたこと告げると、快く承諾してくれた。戸惑いはあったが、佳奈さんがフォローしてくれたことで自信に繋がっていった。


「さ~て、今日の相手東城高専だけど、調べた結果力の差はないはずよ。ただ一つ忠告しておくわ。東城高専には、一年と二年に『佐伯(さえき)兄弟』がいるわ。兄の一馬(かずま)はショートで、弟の一樹(かずき)はセカンド。二人とも守備がピカイチで、足を使った攻撃を得意とするわ。要注意人物ね……」


 さすが佳奈さんだ。この限られた日数で、そこまで調べあげるとは……。僕は佳奈さんを、尊敬の眼差しで見つめた。


「痛てて……」


 鼻の下を伸ばしている僕の左足を、千秋が踏みつける。


「な、なんだよ」


「ふん……」


 何故か千秋は膨れっ面で、怒っていた。




◇◇◇◇◇◇



 そして僕達は敵地へと乗り込んだ。

 今日は市民球場が整備により使用出来ない為、東城高専のグランドで試合することになっていたのだ。

 スタンドには平日にも関わらず、沢山の人で埋め尽くされていた。

 なんでも佐伯兄弟は甘いマスクの持ち主で、ミーハーなファンの女の子達が詰め掛けているとのことだ。


「羨ましい……」


 内藤が思わず口にすると、『すげぇ、女の子いっぱいだ』などと、五十嵐さんと鈴木さんも同調する。


「大事な試合なんですよ、しっかりして下さい」


 僕は住田さんの代わりに、内藤と二人の先輩に注意した。キャプテンを任されたとは言え、先輩方を注意するのは抵抗があったが、これもチームの為と思い責務をこなした。



 グランドの整備が終了し、僕達は三塁側ベンチに腰を据えた。今回は先行だ。

 先ほど僕が『渇』を入れた所為か、ベンチでは皆気合いが入る。


「それでは打順と守備を発表します」


 住田さんから預かったメモを広げる。


「一番ピッチャー、僕。二番、セカンド鈴木さん」


「よっしゃ! やってやるぜ!」


「三番キャッチャー、内藤」


「任せておけ!」


「四番……ファースト市原」


「俺でいいのか?」


「うん、住田さんが決めたことだ。五番ショート神田さん」


「久々の内野かよ~」


「六番、ライト石塚さん」


「チッ、ライトか……」


「七番、レフト東海林さん」


「了解、了解~」


「八番、センター五十嵐さん」


「当然だな」


「九番、サード木下さん。木下さんには、後で抑えに回ってもらうかも知れません」


「わかった……」


「今日は住田さんが居ないので、僕達だけで頑張りましょう。さぁ、皆で円陣を組みますよ」


 僕達は、住田さんがいつもやっている円陣を組んだ。


「明秋高校――っ! ファイト――っ!」


 やってはみたものの、やはり住田さんが居ないと締まらない。若干落ち込んでいると、千秋がそれを察知して慰めてくれた。


「蓮ちゃんは、蓮ちゃんらしくやればいいじゃない」


 確かにそうだ。僕は住田さんじゃない。僕は僕なりにやればいい。千秋の言葉で、強くなれた。


「ありがとう、千秋」


「どういたしまして。テヘッ」



 ウォーミングアップも済ませ、『整列』の合図が掛かる。


「行くぞ!」


「オォォォ!」


 僕達は勢いよくホームベースに駆け出した。



補足

高校野球では、必ずしも一塁側が後攻とは限りません。

先行後攻は、第一試合なら三十分ほど前、後は前の試合の五回以降にジャンケンで決めます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ