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あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第一章 陸上と野球 一年生編
18/88

予期せぬ出来事

 翌日、市原は約束通り髪を切って来た。髪を切るどころか、丸坊主にして来たのである。


「市原……坊主、似合わねぇな」


 からかうように内藤が言うと、市原は『うるせぇよ』と照れくさそうに言った。

 しかし、市原の坊主より衝撃的な事実が待ち受けていたのである。それはその日の放課後……つまり、練習前に起きた。


「ごめ~ん、遅くなっちゃった……昨日は部活来れなくてごめんね。論文が苦手で……今日も居残り食らったぁ」


 着替えを終えた僕達の前に、佳奈さんは現れた。今日も一段と可愛い……。

 僕がそんなこと思っていると佳奈さんは、市原に声を掛けた。


「章太……本当に髪切ったんだね。うん……うん……」


 佳奈さんは、市原の坊主頭をまるで子供のように撫で回した。そんな様子を見て呆気に取られていると、市原が言い返す。


「止めろよ!」


 マネージャーとは言え、年上にタメ口を聞くことに納得がいかない僕は、市原に食って掛かった。


「佳奈さんに向かって、『止めろよ!』は、ないだろ?」


 僕がそう言うと、佳奈さんはクスクスと笑い始めた。


「いいのよ、山岸君……」


「えっ? どういうことですか?」


 僕は思わず聞き返した。


「だって、章太は私の弟だもん……」


 衝撃的だった――。


 心臓が飛び出そうということは、こう言うことなのだろう。こんな可愛い佳奈さんと、似ても似つかないゴツい男が姉弟だなんて、理解し難い。

 念のため市原にも聞いてみる。


「ほ、本当か?」


 絞り出したような声は、か細く空気を伝った。


「あぁ……俺の姉ちゃんだ。俺は親戚の家に身を寄せてて、一緒に生活はしてないけどな」


――ガーン――


 漫画の一コマのように、そんな音が響いたように思えた。鈍器で頭を殴られたような感覚と共にだ。

 後からやって来た住田さん達も、これには驚いた。


「まさか、佳奈の弟とはな……しかし特別扱いはしないぞ。髪も切ってきたようだし、早速練習を始めるぞ!」


「はい!」


 住田さんの言葉に同調すると、僕達はグランドに駆け出した。

 以前までは奇数だった為、住田さんのキャッチボールの相手がいなかったが、市原が加入後それも解消された。

 僕達はこの勢いを止めることなく、グランドで汗を流した。




◇◇◇◇◇◇



 そして、東城高専試合当日の朝を迎えた。

 僕は、陸上部時代から日課にしている早朝のランニングを済ませると、近所の公園に立ち寄った。ランニングの後のクールダウンは、いつもここで行っている。


「今日も、張り切って頑張るぞ!」


 自己暗示に掛けるように、独り言を言っているとポケットの中の携帯電話が騒ぎ出す。


――誰だろう? こんな時間に――


 そう思いながら液晶画面に目をやると、佳奈さんからの着信だった。直感的に僕は胸騒ぎがした。


「もしもし、山岸ですけど……」


「山岸君? キャプテンが……キャプテンが……」


 焦りながら話す佳奈さんを、冷静になるように諭しながら言った。


「佳奈さん、落ち着いて下さい。キャプテンがどうしたんですか?」


「キャプテンが捻挫してしまったの……明秋病院にいるから、来てくれない?」


「わかりました。すぐ、行きます」


 僕は電話を切ると、そのままの勢いで明秋病院まで猛ダッシュした。明秋病院までは、約一キロ。休むことなく一気に病院に駆け付けた。


「ハァ……ハァ……」


 肩で息をしていると、佳奈さんが近付いて来た。


「山岸君、来てくれたんだね……こっちよ」


 佳奈さんに案内され病室に行くと、右足首にテーピングを施され、顔にかすり傷を負った住田さんがベッドで横になっていた。そしてその横には、市原の姿もあった。


「山岸……すまない、こんなことになってしまって……」


 住田さんは、目に涙を浮かべながらそう述べた。


「一体、どうしたんですか?」


「皆には内緒にしてたんだが、俺は毎朝新聞配達をしている。この三年間ずっとだ。今日もいつものように配達をしていたんだが、車に引かれそうになった子犬を助けてこのザマだ……。そして、偶然通り掛かった市原に助けられたんだ……」


「そうだったんですか……」


「山岸、本当にすまない……今日の試合……出られそうもない。頭を打った所為で、検査が必要らしいんだ……それにこの捻挫では……そこで俺の代わりに市原に出てもらう」


「市原に?」


 僕が驚くのと同時に、市原も驚いた。

 それはそうだろう。いくら経験があるとは言え、ブランクがある。

 すると住田さんは、こう言い添えた。


「お前の持ってるプレートで、市原を見てみろ。俺の目に狂いがなければ、市原は十分戦力になる筈だ」


「わかりました……」


 僕は半信半疑で、市原に標準を合わせた。



強肩B

打撃力AA

守備力C

走力C

ガッツA


スキル『負けん気』


『素晴らしいバッターです。長打を狙うだけでなく、左右に打ちわけることもでき、そのセンスは芸術性があるでしょう』



 プレートの液晶画面には、そう映し出されていた。


「住田さん……これは?」


「な? 俺の言った通りだろ?」


 市原は何のことかわからず呆然としていた。僕は市原にプレートの効果を伝えると、佳奈さん共々喜んだ。




 病室の窓からは、心地好い風が流れ込み、少しだけ夏の匂いがした。そんな中、住田さんが言う。


「山岸……お前に頼みがある」


 険しい表情を見せた後、目を細め窓際を見つめながら言葉を重ねた。


「俺がいない間、チームを引っ張ってもらいたい…………」


 それはつまり、キャプテンの代わりをしろと言う意味だった。

 病室に飾られた花びらが、一枚ヒラヒラと舞いながら床に落ちる。静寂の後、一旦言葉を飲み込み僕は答えた。


「僕は…………」



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