お前は誰だ?
帰宅後、試合に勝った喜びよりも内藤の言葉が頭から離れなかった。
――僕は千秋をどう思っているんだろう――
そう考えても、答えは出なかった。
僕が好きなのは、佳奈さん。これは間違いない。しかし、内藤に千秋を取られるのも嫌だった。
そんなこと思いながら、僕は眠りについた。
◇◇◇◇◇◇
翌日、学校では弱小野球部が、一勝を挙げたことの話題で持ちきりだった。僕と内藤はヒーロー扱いされ、他のクラスからも人が集まり質問攻めに合ったのである。
僕はクールに言葉を返したが、内藤は話を盛りながら武勇伝を語った。基本、悪い奴ではないのだが、調子に乗りやすい一面も備えていたのである。
「内藤……もう、その辺にしておけ」
「何だよ山岸……皆が聞きたがってんだ。いいじゃないか?」
「たかが一勝だ。四日後、また試合があるんだ」
試合ではリードされる側だが、学校では僕がリードする側に回った。
「むっ……わかったよ」
内藤は不貞腐れながら、席についた。
◇◇◇◇◇◇
その日の放課後、部室の前に、見慣れない男が待ち受けていた。
その男を見た瞬間、内藤の顔が強ばる。
「久しぶりだな……内藤」
その男は内藤を見るなり、そう言い放った。
ガタイが良く、下品なくらい整えられたリーゼント。何処かで見たことがあるが、思い出せない。
そして、内藤はその男に言い返した。
「お前達とは縁を切った筈だ。邪魔しないでくれ」
その言葉で僕は、この男が何者かわかった。
以前、内藤が野球を辞めた時に一緒にいた、リーダー格の男である。
そこへ住田さんを含む先輩達がやって来た。その男を見るなり、住田さんは言い放った。
「何だ、お前は? ここは、お前のような不良の来る場所ではない」
痛烈な言葉だった――。
ガタイ的には住田さんの方が上だが、不良相手でも怯まない堂々とした態度だ。一波乱あるなと察知し、僕は内藤の傍に行った。
男は睨みをきかせながら、無言のまま住田さんに近付き言い添えた。
「あんたが、住田さんか?」
「そうだ」
男は住田さんの名前を確認すると、その場で膝間付いた。
「頼む。俺にも野球をやらしてくれ……」
それは予想だにしない言葉だった。
「お前ごときに、野球が出来るわけないだろう? 第一、お前は誰だ?」
住田さんがそう言うと、男は顔を上げた。
「俺は……一年四組『市原章太』。こう見えても、中学では野球をやっていました」
信じられないことに、この市原という男……中学の時に野球をやっていたと豪語した。にわかに信じられない住田さんは、市原に質問した。
「市原……お前、何処中だ?」
「池沢四中です……ポジションは、ファースト。一応、四番を任されていました」
僕は驚いた。ここにいるメンバーも同じだろう。
池沢四中と言ったら、全国でもトップクラスの強豪だ。陸上一筋だった僕でも知っているくらい、情報は伝わって来ていた。
その強豪中学の四番が何故不良になり、今頃になってノコノコとこの場に現れたのか。そんな疑問を浮かべていると、内藤が代弁するかのように聞いた。
「お前……野球やってたのか? じゃ、何故辞めた? 何故、不良になんかなったんだよ……」
「内藤……すまない。俺は中学三年の夏前までは、野球一筋に生きてきた。しかしある日、試合で右膝を負傷してしまったんだ。俺は早くレギュラーに復帰しようと、必死にリハビリに取り組んだ。一日でも早く野球をやる為にな……。しかし、一ヶ月後怪我も完治し、チームに戻ると俺の居場所はなくなっていた……。それをきっかけに俺はグレた。どうしようもないくらいにな……」
市原は、俯きながら暗い過去を語った。そして、一呼吸置いて更に続けた。
「……陰ながら成南戦を観させてもらったよ……。汗だくで、泥だらけになってプレーする皆を見てわかったんだ……。『俺はまだ野球が好きだ』と……」
「入部したい動機は、わかった……だが、認める訳にはいかない……」
住田さんは、厳しい言葉を市原に投げ付けた。
間髪入れず、僕は住田さんに食って掛かった。
「何でですか? 野球をやりたい人を……何故、拒むんですか……」
「まぁ、待て……山岸。俺も鬼じゃない……その髪をどうにかすれば、認めんでもない……その髪は野球に相応しくない」
「本当ですか? 髪を切ったら、認めてくれるんですね?」
市原は住田さんがそう言うと、途端に笑顔を見せた。気に食わない奴だと思ったが、その真っ直ぐな瞳を見て市原の純粋さを感じたのである。
「よし、話も纏まったことだし、練習を始めるぞ! ……っとその前に、吉報だ。皆、部室に集まってくれ」
完全に閉まらない木製の扉を開く。相変わらずボロい部室だ。その汗臭くて、男臭い部室に部員全員が集まった。
「市原……何してる? お前もだ」
「お、俺も?」
心なしか住田さんは嬉しそうだった。言葉では厳しいことを言っていたが、既に市原を部員として認めていた。
「よし、これで全員だな? 実は校長の計らいで、新しいユニフォームを新調した。今からユニフォームを配る」
今までは使い古しのくたびれたユニフォームだった。デザインも一昔前という感じで、お世辞にも格好いいとは言えなかった。
次々とユニフォームは配られ、僕の前に内藤に配られた。
背番号は、『2』。つまり、キャッチャーを意味する。内藤がそれを受け取るのは、当然の結果だ。
そして、いよいよ僕の番だ。住田さんは、僕を凝視しながらユニフォームを渡す。
「こ、これは?」
僕の受け取ったユニフォーム。
それは、背番号『1』。
そう……それは重みのある、エースナンバーの背番号。
「山岸……明秋を頼んだぞ」
「はい……」
熱い物が込み上げて来た。エースとしての重圧……そして……責任。
真新しい淡いブルーのユニフォームは、一言では表せないほど、特別に思えた。
「そして、最後に……市原、お前だ」
市原は補欠扱いだったが、『10』番のユニフォームが渡された。
「よし、ユニフォームも新しくなったことだし、気合い入れて行くぞ! 次の対戦相手は、東城高専だ。勝てない相手じゃない! さぁ、まずはランニングだ!」
「オォ――っ!」
僕達は勢いよく、グランドに駆け出した。
後ほど人物紹介も記載するので、ご覧下さい。