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あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第一章 陸上と野球 一年生編
16/88

勝負の行方

――今回も僕の勝ちだ――


 投げた瞬間そう思った。藤堂は『キッ』と、その放たれたボールを睨み付ける。




――ドクン……ドクン……ドクン――




 高鳴る心臓の音が聞こえる。




――カキィィン――




 悪夢のようだった。完璧に投げた筈のスプリットが思いの外落ちず、藤堂はそれを強引に引っ張ったのだ。

 打った打球はグングン伸び、レフトの東海林さんの頭上を遥かに越えた。あわやホームランという当たりだ。

 一塁ランナーは二塁を蹴り、三塁へ向かう。ようやく東海林さんは、ボールを掴み上げた。


「東海林――っ! こっちだ」


 ショートの住田さんが両手を挙げ、アピールする。それを見届け東海林さんは、全力でボールを投げた。

 ランナーは三塁を蹴り、ホームを狙っている。




――パシッ――




 ボールは住田さんの手に渡り、ワンステップでホームの内藤に放り投げた。


「内藤――っ! 頼む」


 ランナーは身体を宙に浮かせ、ベッドスライディングを見せる。




――ザザァ――




 ホームベース近くの、砂という砂が舞い上がる。


――ドクン……ドクン……ドクン――




 青々とした空の下、まるで時が止まったかのような感覚に陥る。


「どっち……だ……」


 僕はホーム上の二人を見つめながら、そう呟いた。次第に舞い上がっていた砂埃が収まっていく。





「アウト――っ!」




 ランナーの手は僅かにホームに及ばず、内藤がしっかりとブロックしていたのだ。


「内藤――っ!」


 僕は声を上げていた。内藤は砂だらけの顔で、ピースマークを作り微笑んだ。


「ありがとう……内藤。ありがとう……皆」


 野球は一人でするものじゃない。皆で力を出し合って初めて、個々の能力を引き出せるのだ。

 僕は自分の判断で、スプリットを投げたことを後悔した。


「住田さん……すみませんでした」


「気にするな。それに言ったろ? バックを信じてくれと……。さぁ、アウトはまだ一つ残っている。締まって行くぞ!」


「はい!」


 僕だけの力じゃない。色んな人に支えられているんだ。

 僕は気を取り直し、次の打者に勝負を挑んだ。




――ズバン――




「ストライク、バッターアウト。ゲームセット! 両チーム前へ」


 最後は決め球のスプリットが決まり、三振に仕留めた。


「この試合、2-1で明秋高校の勝利とします」


 遂にやったのだ。廃部寸前だった野球部が、一勝をもぎ取った瞬間だった。

 そして少ないながらもスタンドからは、両チームに惜しみない拍手が贈られた。


「山岸……お前は凄い奴だ」


「そっちこそ」


「俺達の分も頼んだぞ」


 藤堂はそう言うと、僕の目の前に拳を突き出した。




――コツン――




 僕も拳を作り、藤堂のゴツい拳にコツンと当てた。




 かくして我が明秋高校は、目標としていた『一勝』を勝ち取ったのだ。

 しかし、地区予選は始まったばかり。甲子園の道程は、まだまだ遠い。

 試合後、ロッカールームに僕達は集まった。


「皆、今日はよく頑張ってくれた。……ありがとう」


 住田さんは言葉を詰まらせ、男泣きした。それに釣られて、内藤と僕を除く先輩達も涙を流した。


「試合が出来て……勝つことがこんなに嬉しいとは思わなかった」


 九回のピンチを救ってくれた東海林さんがそう呟くと『俺も、俺も』と皆が同調する。試合が出来るだけ幸せ……勝てば更に幸せ。まさにその通りだ。負ける為に、野球をやる人はいない。


「よし、皆。落ち着いたら、帰るぞ! 二試合目は、五日後だ」


「はい!」


 勝利の喜びも束の間、僕達は次のステップを見据えていた。


「山岸、帰ろうぜ!」


「おう!」


「待ってよ、私も帰る」


 内藤と帰ろうとしたその時、千秋が雪崩れ込んで来た。


「しゃーねぇな。帰るぞ」


「へへっ。やった~。今日は二人ともお疲れ様でした~」


 千秋はハイテンションで、疲れた僕達を労ってくれた。

 三人で他愛もない話をしながら歩き、千秋の家の近くまで来た。


「じゃ、私はここで。二人ともバイバ~イ」


 千秋は自宅のマンションに帰って行った。それを見送った後、内藤はボソッと言った。


「千秋ちゃん……可愛いな。山岸……お前、千秋ちゃんのことどう思ってんだよ」


 突然の質問だった。千秋は幼馴染みで、今までそんなこと考えたことなかったのだ。


「どうって、千秋はいい奴だよ」


「違う! 俺が言いたいのは、お前が千秋ちゃんを好きかどうかだ!」


「千秋はただの幼馴染みで、それ以上でもそれ以下でもない……」


「そうか……なら、俺が狙ってもいいんだな?」


 つまり内藤は、千秋のことが好きなのか? その質問で、僕はそう推測した。


「あぁ、構わない」


 僕は内藤にそう返したが、正直複雑だった。

 千秋はただの幼馴染み。だが、誰にも渡したくないという気持ちもあった。


「山岸、本当か? よし、俺は千秋ちゃんにアタックするぞ~」


 喜ぶ内藤を横目に、本心は打ち明けられなかった。

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