宿敵! 藤堂
――ザッ――
右足のスパイクに纏わりついた土が、砂埃を上げる。降り下ろした腕から、『思い』を乗せたボールが離れて行く。
「藤堂……これでどうだ!」
まさかこの放ったボールが、スプリットだとは思うまい。ボールはグングン加速し、ストライクゾーンに吸い込まれていく。
藤堂はボールを見据え、バットを力強く握った。
「おりゃぁ……」
――ブゥン――
――ズバン――
藤堂の目の前で見事に落下したボールは、内藤のミットにしっかりと納まった。
何度目だろうか? 球場内に、静寂が訪れる。
「ス、ストライク! バッターアウト!」
「ワァー、ワァー!」
審判が藤堂にそう告げると、再び球場内に歓喜が戻る。
藤堂は肩を落とし、天を仰いだ。現実を把握出来ないと言った所だろうか。
「や、やった……」
僕は左手をギュッと握り、小さくガッツポーズをした。
「山岸、凄げぇぞ!」
住田さんがマウンドにいる僕にそう言うと、ベンチに戻る先輩達が揃って僕の頭を叩いた。
藤堂との勝負……まずは僕が制したのである。
ベンチに戻ると、佳奈さんや千秋を初め、皆が僕をヒーロー扱いした。だが、試合はまだ終わっていない。最後に笑う為にも、ここで気を抜く訳にはいかないのだ。
◇◇◇◇◇◇
そこからは、両者一歩も譲らず、2-1のまま九回表成南の攻撃を迎えていた。この回を抑えれば、明秋の初勝利。勝利を意識しないと言えば嘘になる。
守備につく前に、住田さんがメンバーを集める。
「この回を守りきれば、俺達の勝利だ。しかし、焦るなよ。皆で一つになって、守り抜くんだ。わかったな?」
「はい!」
勝利を目前に、住田さんが鼓舞する。僕達の士気は、最高潮に上がった。
マウンドに上がり投球練習していると、住田さんが声を掛けてくる。
「山岸……一人で抱え込むなよ。バックを信じてくれ……」
「わかりました」
さすが住田さんだ。極度に緊張する僕を察知して、声を掛けて来たのだ。
――そうだ、僕達には裏がある。気楽に行こう――
僕は肩に入った力が、抜けたように感じた。
成南打線は、二番打者から。つまり、また藤堂と勝負しなくてはならない。次が本当の勝負で、雌雄を決することになるだろう。
「お願いします」
成南選手がバッターボックスに入る。テンポ良く、ボールを制球し簡単に三振を勝ち取った。
内藤のリードも冴えている。打者の苦手なコースを把握し、的確なサインを出してくる。
ピッチャーを生かすも殺すも、キャッチャー次第。内藤は、キャッチャーとしてのセンスが秀でている。だからこそ、安心感があるのだ。
しかし、弱小チームに勝利の女神は、すぐに微笑まなかった。
続く打者にファールで粘られ、四球を選ばれ出塁を許してしまったのだ。
ワンナウト一塁。
長打があれば同点の場面で、アイツがノシノシとやって来た。
「藤堂……お前に負ける訳にはいかない……」
気持ちが高ぶり、知らず知らずのうちに、僕は独り言を言っていた。
普通この場面なら、バントで送ってくるのが正攻法だろう。しかし、藤堂は全くと言って、バントの構えどころか気配さえ見せない。
「ふん……」
荒々しい鼻息を吐き出しながら、藤堂は構えた。
念のため内野は全身守備を取るが、あまり意味がないだろう。間違いなく藤堂は打ってくる。
「行くぞ……」
セットポジションからの投球だ。一塁ランナーのリードは、中間的な位置。
「ふぅ……」
胸元でグローブとボール止め、息を吐き出した後、全力で投げた。
――ブン――
――ズバン――
ど真ん中に投げられたボールを、藤堂は空振りした。豪快な空振りである。
僕の予想通り、やはりバントはないようだ。
「面白い……やってやる」
内藤のサインは、内角低め。かなり厳しい位置にミットを構える。
僕は一度も内藤のサインを拒否したことがない。それだけ、信用しているのだ。
「よし……」
帽子を被り直し、汗を拭った後、二球目を投げる。
――カッ――
僅かにバットにかすり、ファールになった。掲示板には、145㎞と表示された。
今日一番の速球だが、藤堂はそれを合わせて来た。
「チッ……」
軽く舌打ちする中、両チームはざわめいていた。もちろんそれは掲示板に表示された球速と、それに食らい付いた藤堂のことだろう。
そんなことはお構い無しに、僕は藤堂との勝負を楽しんでいた。
内藤のサインは『外に一球外せ』と言っている。しかし僕は、首を横に振った。
初めて内藤のサインに抵抗した瞬間だった。内藤は納得のいかない顔をしたが、三度首を横に振るとミットを構えた。
もちろん、決め球はスプリット。
僕は一塁ランナーを警戒しながら、腕を振り上げた。