表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第一章 陸上と野球 一年生編
15/88

宿敵! 藤堂

――ザッ――


 右足のスパイクに纏わりついた土が、砂埃を上げる。降り下ろした腕から、『思い』を乗せたボールが離れて行く。


「藤堂……これでどうだ!」


 まさかこの放ったボールが、スプリットだとは思うまい。ボールはグングン加速し、ストライクゾーンに吸い込まれていく。

 藤堂はボールを見据え、バットを力強く握った。


「おりゃぁ……」




――ブゥン――





――ズバン――





 藤堂の目の前で見事に落下したボールは、内藤のミットにしっかりと納まった。

 何度目だろうか? 球場内に、静寂が訪れる。


「ス、ストライク! バッターアウト!」


「ワァー、ワァー!」


 審判が藤堂にそう告げると、再び球場内に歓喜が戻る。

 藤堂は肩を落とし、天を仰いだ。現実を把握出来ないと言った所だろうか。


「や、やった……」


 僕は左手をギュッと握り、小さくガッツポーズをした。


「山岸、凄げぇぞ!」


 住田さんがマウンドにいる僕にそう言うと、ベンチに戻る先輩達が揃って僕の頭を叩いた。

 藤堂との勝負……まずは僕が制したのである。

 ベンチに戻ると、佳奈さんや千秋を初め、皆が僕をヒーロー扱いした。だが、試合はまだ終わっていない。最後に笑う為にも、ここで気を抜く訳にはいかないのだ。




◇◇◇◇◇◇



 そこからは、両者一歩も譲らず、2-1のまま九回表成南の攻撃を迎えていた。この回を抑えれば、明秋の初勝利。勝利を意識しないと言えば嘘になる。

 守備につく前に、住田さんがメンバーを集める。


「この回を守りきれば、俺達の勝利だ。しかし、焦るなよ。皆で一つになって、守り抜くんだ。わかったな?」


「はい!」


 勝利を目前に、住田さんが鼓舞する。僕達の士気は、最高潮に上がった。


 マウンドに上がり投球練習していると、住田さんが声を掛けてくる。


「山岸……一人で抱え込むなよ。バックを信じてくれ……」


「わかりました」


 さすが住田さんだ。極度に緊張する僕を察知して、声を掛けて来たのだ。


――そうだ、僕達には裏がある。気楽に行こう――


 僕は肩に入った力が、抜けたように感じた。


 成南打線は、二番打者から。つまり、また藤堂と勝負しなくてはならない。次が本当の勝負で、雌雄を決することになるだろう。


「お願いします」


 成南選手がバッターボックスに入る。テンポ良く、ボールを制球し簡単に三振を勝ち取った。

 内藤のリードも冴えている。打者の苦手なコースを把握し、的確なサインを出してくる。

 ピッチャーを生かすも殺すも、キャッチャー次第。内藤は、キャッチャーとしてのセンスが秀でている。だからこそ、安心感があるのだ。

 しかし、弱小チームに勝利の女神は、すぐに微笑まなかった。

続く打者にファールで粘られ、四球を選ばれ出塁を許してしまったのだ。

 ワンナウト一塁。

長打があれば同点の場面で、アイツがノシノシとやって来た。


「藤堂……お前に負ける訳にはいかない……」


 気持ちが高ぶり、知らず知らずのうちに、僕は独り言を言っていた。

 普通この場面なら、バントで送ってくるのが正攻法だろう。しかし、藤堂は全くと言って、バントの構えどころか気配さえ見せない。


「ふん……」


 荒々しい鼻息を吐き出しながら、藤堂は構えた。


 念のため内野は全身守備を取るが、あまり意味がないだろう。間違いなく藤堂は打ってくる。


「行くぞ……」


 セットポジションからの投球だ。一塁ランナーのリードは、中間的な位置。


「ふぅ……」


 胸元でグローブとボール止め、息を吐き出した後、全力で投げた。




――ブン――





――ズバン――





 ど真ん中に投げられたボールを、藤堂は空振りした。豪快な空振りである。

 僕の予想通り、やはりバントはないようだ。


「面白い……やってやる」


 内藤のサインは、内角低め。かなり厳しい位置にミットを構える。

 僕は一度も内藤のサインを拒否したことがない。それだけ、信用しているのだ。


「よし……」


 帽子を被り直し、汗を拭った後、二球目を投げる。




――カッ――




 僅かにバットにかすり、ファールになった。掲示板には、145㎞と表示された。

 今日一番の速球だが、藤堂はそれを合わせて来た。


「チッ……」


 軽く舌打ちする中、両チームはざわめいていた。もちろんそれは掲示板に表示された球速と、それに食らい付いた藤堂のことだろう。

 そんなことはお構い無しに、僕は藤堂との勝負を楽しんでいた。

 内藤のサインは『外に一球外せ』と言っている。しかし僕は、首を横に振った。

 初めて内藤のサインに抵抗した瞬間だった。内藤は納得のいかない顔をしたが、三度首を横に振るとミットを構えた。

 もちろん、決め球はスプリット。

 僕は一塁ランナーを警戒しながら、腕を振り上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ