マウンド上の重圧
投球練習を終え、試合は再開された。ウォーミングアップの時間があまりなかったわりには、肩の調子はいい感じがする。
――肩が振れてる。練習の時にはなかった手応えだ。そうか、プレートに追加されたスキル『逆境に強い』とはこのことだったのか? ――
僕は左腕を回しながら、プレートに追加されたスキルのことを思い出していた。
そしてバッターボックスには、今まで一度もバットを振ることをしなかった藤堂が入る。相変わらずの威圧感だ。
内藤は外角低めにミットを構える。一塁ランナーを睨み付けた後、セットポジションから一球目を放り込む。
――ズバン――
内藤のミットに到着したボールの音が鳴り響くと、球場に静寂が訪れた。
「ス、ストライク!」
審判も言葉を失い、判定するまでに時間が掛かった。
「な、何だ、アイツ! 凄げぇぞ! あんな速い球を投げる奴が明秋にいたのか?」
「や、山岸……す、凄げぇ……」
審判が判定をした後、両チームからは僕の投球に驚く声が飛び交った。
「何て心地好いんだろう……」
僕は普段通りに投げただけだ。だが、その投球に皆が驚いて心地好さに酔いしれたのだ。
皆が驚く中、微動だにしない人物が一人いた。
――藤堂だ。
藤堂はニヤリと笑みを浮かべ、今まで以上の威圧感を見せる。
「藤堂! 僕と勝負しろ!」
思わず僕は宣戦布告とも取れる言葉を、藤堂にぶつけていた。
「いいだろう……」
藤堂は僕に一言、そう返した。
その間にも僕は、一塁ランナーに目を光らせていた。進塁を狙っているのか、比較的リードは広い。
藤堂との勝負を前に僕は、一塁に牽制球を投げた。
「なっ……」
油断したランナーは、飛び出し帰塁することが出来ず、鈴木さんにタッチされた。
「アウト――っ!」
内野陣からは、歓喜が沸いた。僕はアウトを取ったことより、これで心おきなく藤堂と勝負出来ることに喜びを感じた。
内藤は両手を広げた後、ミットを構える。つまり、制球は僕に任せるという合図だ。
僕は、内角低めに投げようと決めた。意を決し、大きく振りかぶる。
――ヒュン――
振り抜く腕が、空を切る。
藤堂は不敵な笑みを浮かべ、左足でタイミングを取る。
「ふん……」
――キィィィン――
藤堂はフルスイングし、甘めに浮いてしまった球を捉えた。痛烈な当たりは、僅かに三塁線を越え、ファールになった。
「危ない、危ない……」
やはり藤堂は、恐ろしい男だった。僅かに甘い球を投げただけで、あれほどの破壊力。
「なるほど……やっぱりプレートのステータスに間違いはなかったわけだ……」
何故だろうか? 相手が凄ければ、凄いほど燃えてくる。それは、陸上をしている時も同じだった。しかし今は、それ以上の興奮がある。
「取って置きを見せるか……」
決め球として、唯一練習していた『スプリット』を。スプリットとは、簡単に言うと『落ちるボール』である。
他の変化球と違い手首や腕の振りが直球と同じ為、見極めは難しいだろう。尚且つ、直前で急激に落下する軌道は、直球にしか見えない。言わば、消える魔球とも言えるのである。
僕は決め球に、スプリットを投げる意思を内藤に伝えると、グローブの中でボールを握りしめた。
「藤堂……行くぞ!」
僕は渾身の力を込め、そのボールに全てを託した。