まずは、一勝
夕食も終わり、メンバーは談話室で寛いでいた。
僕は体の痛みを庇いながら、集会所の外に出た。今日の練習で打撃練習があまり出来なかったので、それを補う為に素振りをしようとしたのだ。
人目を避ける為、唯一ひっそりと佇む街灯の下へと向かうと、何やら話し声が聞こえてくる。立ち聞きするつもりはなかったが、ついつい聞き耳を立ててしまった。
「佳奈……この大会が終わったら、俺と……」
「キャプテン、その話は前にも言ったはずです……」
「でも、俺……」
見てはいけない場面に遭遇したのだと悟った。住田さんが佳奈さんに、告白をしていたのである。
その光景を目の当たりにした僕は、ふと我を忘れバットを落とした。
――カラン、カラーン――
静寂の中、虚しくその音は響き渡った。
「山岸? 山岸なのか?」
僕に気付いた住田さんは、僕に駆け寄ってきた。心の整理がつかない僕は、二人から逃げるようにその場から立ち去った。
――どのくらい走っただろうか?
夢中で走り続け、気が付くと河川敷に辿り着いていた。
「そうだよな……佳奈さんが、僕のこと好きなわけないよな……」
そう口にすると、さっきまでの疲れがどっと出た。
確かに野球を始めたきっかけは、佳奈さんだったかも知れない。
しかし、これだけは言える……『今の僕は、本当に野球が好きなんだ』と。
言い訳にも似た感情をさらけ出していると、千秋がやって来た。
「はぁ……はぁ……やっぱり、ここにいたのね。探したんだから」
汗だくになりながら、千秋はそう言った。
「ごめん……」
「皆、待ってるよ。帰ろう……」
何処まで話を知っているのかわからないが、千秋はそれ以上何も話さなかった。申し訳ない気持ちはあったが、僕はただただ歩みを進めた。
こうして波乱ずくめの強化合宿は、幕を閉じたのである。
◇◇◇◇◇◇
そして、遂に待ちに待った地区予選の幕が開けようとしていた。
負ければ、後がない。つまり、一勝も出来なければ、住田さん達三年生の夏は終わるのだ。それが高校野球の掟だ。
迎えた一回戦の相手――運命の悪戯か、以前大敗を喫した宿敵成南高校だ。
空は雲一つない晴天――。それはこれから始まるドラマを、祝福しているかのように思えた。
僕は、しばらく封印していたプレートを持ち出した。
土壇場でステータスを見るのには、訳がある。すぐに見てしまったら、凹む可能性があったからだ。
だからステータスの確認は、試合当日に見ようと決めていた。無論、内藤も同じである。
「千秋、プレートを頼む」
千秋は待っていたと言わんばかりに、プレートを僕に向けた。
投手力A
守備力AA
走力S
打撃力D
ガッツS
スキル『逆境に強い』
『確実に野球選手としての、能力が向上しています』
ステータスには、新たにスキルが付加されていた。守備力が向上していたのは嬉しかったが、この世界がシビアなのも同時に知った。
「次は、俺も見てくれよ」
内藤も待ちきれないといった様子だ。すかさず、千秋は内藤にもプレートを向ける。
強肩A
走力D
守備力B
打撃力A
ガッツSS
スキル『ボールの見極め』
『努力の結果が出てきているようです。自分らしさで、プレイしましょう』
「ちくしょ~。あれだけ頑張って、ガッツだけかよ……」
「そう嘆くなって。最高ランクじゃん」
内藤の結果に、吹き出しそうになったが、誰よりも努力していることを僕は知っている。
内藤は頼りになる男だ。きっと試合でも、活躍してくれるに違いない。
「皆、集まってくれ。相手は練習試合で大敗を喫した、成南高校だ。合宿での経験を無駄にしない為にも、全力で行くぞ!」
住田さんを中心に、円陣を組む。明秋高校野球部が、今、本当の意味で一つになった――。
「まずは、一勝!」
「オォ――っ!」
ホームベースに両チーム集まり、いよいよ試合開始だ。
「お願いしま~す!」
両チームの清々しい声が響き渡る。
後攻めの僕達は、それぞれの守備位置についた。心臓の音が聞こえるほど高鳴る。
「プレイボール!」
その声で、僕達の夏は始まった。