(六)脱出の時
緊迫感のなさにオルフィは眩暈さえ覚える。疲労感を振り払うように占星術を発動させた。
「うぎょっ」
カボチャに蔦が巻きつき拘束する。〈大地の手〉と呼ばれる捕獲用の占星術だ。
「なにするんだー!」
「スープにされたくなければ黙っていてください」
よほど嫌だったのかカボチャ型のマレは黙った。ついでに動きも止めた。無駄な抵抗をしないだけの知能はあるらしい。
「一体何がどうなっているんですか」
「マレがこの場所を知っていた理由はあとで調査する必要があるな。しかし今は星騎士をなんとかしなければ」
ケイロン導師が至極もっともなことを言う。たしかに苛立っている場合ではない。星騎士に〈憑依〉できなければ使命は果たせないのだ。最優先事項である星騎士へと向き直る。
「いくつか質問させていただきます」
星騎士の返答を待たずしてオルフィは訊ねた。猶予はなかった。
「貴方、どこから来たんです?」
星騎士はおっかなびっくりした態度でオルフィへと視線を移ろわせる。まともに目を合わせることも出来ない。オルフィは眉をひそめた。
「天星宮の星読師ではないのですか」
「わからない」
「どうやって星騎士に乗り移ったんです?」
「気付いたら、この身体の中に入っていたから、その……わからない」
オルフィに気圧されているのかそれとも後ろ暗いところがあるのか、理由は不明だが歯切れの悪い答え方だった。オルフィは腕を組んだ。懐疑的な眼差しを隠そうともせずに、むしろさらに圧力をかけるべく星騎士を見据えた。
「思い当たる節は? 乗り移る前の記憶はないのですか?」
まるで迷子を相手にしているような気分だ。案の定、星騎士は肩を落として、小さな声で「わからない」と言った。
わからない。占星術を発動させなければ〈憑依〉することはできないのに、どうしてなのかわからない。星騎士に乗り移るには、一定の儀式を行って精神を同調させなければならないのに、心当たりもない。乗り移る前の記憶もない。
頬が引きつるのを堪えて、オルフィはしきりに頷いた。
「なるほど。ではお名前は?」答える前に釘を刺しておく「まさか『わからない』とは言いませんよね」
「……イオ」
「奇遇ですね星騎士と同じ名、なんてことで納得するとでも思っているんですか!?」
本日何度目かもわからない感情の爆発。カボチャに怯えられようと、ケイロン導師に「落ち着け」と諭されようと、自称イオに「すまない」と謝罪されようと、怒りが収まるはずもない。意思の力で怒りを押し殺して、オルフィは一方的に告げた。
「わかりました。あなたの正体の追及は後にしましょう。とりあえず星騎士イオは返していただきます」
「それはできない」
強い声が拒む。オルフィは呆気に取られて、イオの顔を見た。先ほどまでの気弱な表情とは打って変わって気丈な顔だった。
「なんですって?」
指の先が白くなるほど手を握り締めている。緊張しているのは明白だった。それでもイオはオルフィを真っ直ぐに見据えて言った。
「この身体は返せない。今は、まだ」
「な……っ!」
オルフィが絶句した。驚愕が激昂へと変化する僅かな間。一秒程度の隙にカボチャが動いた。ケイロン導師が慌てて占星術を発動させるも遅い。拘束から抜け出したカボチャは大きく跳ねた。
「あそーれ、えんまくー」
カボチャから白い煙が噴出。狭い部屋は瞬く間に煙が充満し、オルフィ達の視界を閉ざす。オルフィは息を止めて口を手で覆った。毒性のある気体の可能性は否めなかった。
「あ!」
聴覚だけが頼りの中、カボチャの悲鳴が聞こえた。
「待ってよー」
てむてむと跳ねる音が遠ざかる。次いでケイロン導師の占星術が発動。風を司るサインに納めた星は、周囲に風を起こし白煙を吹き飛ばした。
「逃げたみたいだな」
再び開けた視界には空っぽの棺と、開け放たれたままの扉に目を向けるケイロン導師の姿があるだけだった。
「冷静に言っている場合じゃないでしょう!」
オルフィはホロスコープを納めると部屋を飛び出した。