(五)乱入する時
自分が何故この場にいるのかわかっていないようだった。不安げにオルフィやマレの様子を伺う姿は迷子を彷彿とさせて、とても極星を護る騎士には見えない。剣を握る手すらも震えている。
自らの意思で星騎士に憑依したのではないのか。そうだとしたら、一体どこから、どうやって来たのだろうか。様々な疑問がオルフィの頭の中を駆け巡る。
そのせいで、星騎士イオに剣を振るうマレに気づくのが遅れた。
「危ない!」
オルフィの警告に我に返ったイオは、身を捻った。が、かわしきれない。マレの刃がイオの肩口を捉え、剣を持つ腕ごと斬り落とした。
「あっ」
人造人間ゆえ、痛みは感じない。せいぜい痺れる程度――だというのにイオは反撃もせずに自分の腕を切断したマレを凝視したまま硬直した。情けない。それでも星騎士か。
優位を察したのかマレは先ほどの動揺も消えて、再び剣を振りかぶった。対するイオには武器がない。恐怖に後ずさるも背後には壁。逃げ場もない。
オルフィは慌ててホロスコープを起動させた。間に合うか。分の悪い勝負だった。占星術発動にはエネルギーとなる星を対応するサインに納め、術の構成を頭で描く必要がある。いかに天星宮一の秀才と呼ばれるオルフィであれども、瞬時に占星術を発動させるのは不可能だった。
せめてあと一撃を凌げば。歯がみするオルフィを嘲笑うかのようにマレはイオに斬りかかった。反射的に目を閉じるイオ。馬鹿。相手の動きを見切ればまだ避ける方法だってあったものを。どこまで愚かな星騎士なのだろう。
「あぶなーい!」
「は?」
切羽詰まった――にしては随分と間の抜けた声が、橙色の物体と共に飛来した。楕円形のそれは剣を振り下ろそうとするマレの頭に激突。渾身の体当たりを食らったマレは床に崩れ落ちる。その傍らに数回跳ねて転がったのは、
「……かぼちゃ?」
占星術を発動するのも忘れて、オルフィは呟いた。マレを一撃で昏倒させたのは、一抱え程の大きさのカボチャだった。胴体と呼べる部分はない。ただ目と鼻と口を三角型にくり抜いただけの、魔除けのランタンだった。
「こんにちはー」
カボチャは陽気に挨拶した。
「危ないところだったねー」
「あ、うん……ありがとう」
戸惑いながらも律義に頭を下げるイオ。跳ねまわるカボチャに若干怯えながらも、好奇の視線を向ける。外見よりもやや幼い印象を受けた。
「ところでカボチャのお化けさん、君は一体」
「マレでしょう、どう見ても」
呑気な光景に耐えきれなくなったオルフィが二人(正確には一人と一玉)の間に割って入った。
「こんな珍妙で愉快な生物がベネにいるわけがありません。こいつはマレです。敵です。そんなこともわからないのですか?」
星読師でなくても、幼い子供でさえ知っている事実だった。
ベネフィック〈吉星〉は地に堕ちた衝撃で砕け散り、小さな星々となって世界を照らした。対して海に沈んだマレフィック〈凶星〉はその周辺一帯のみを赤く染めあげた。それ故にマレフィックの影響下にある孤島ネメシスに生きるものは、異常な進化を遂げたものが多い。このカボチャもそうだろう。ベネフィック〈吉星〉の地では明らかに異質な存在故、マレはネメシスか、山や森の奥深くといった人のいない場所で生息する。
「でも、助けてくれた」
「命のおんじーん」
遠慮がちなイオの反論を後押しするようにカボチャが跳ね回る。
「マレが親切心でベネを救うのは、狼が山羊の群れを前にしても襲わないのと同じことです。裏があるに決まっています」
「ぎくっ」
身を竦めるカボチャ。あまりにも顕著過ぎる反応だった。何やら衝撃を受けたらしく星騎士は大きくよろめいた。
「ま、まさか、そんな」
「どこが『まさか』なんですか!」
オルフィの一喝に一人と一玉は揃って身を震わせた。