(四)覚醒の時
心を決め、精神を集中させる。あとはしかるべき手順にのっとって星騎士に憑依、起動させるだけ。オルフィがホロスコープを広げようとしたその時、背後で殺気が膨れ上がった。
咄嗟にケイロン導師を突き飛ばし、自身は右に避ける。つい一瞬前まで立っていた場所に炎の塊が飛来。炎が結界に弾かれて四散するのを視界の端に捉えつつ、ホロスコープを起動した。
いざ反撃に移ろうと襲撃者に向き直り、オルフィは愕然とした。
一見、そいつはやや大柄ではあったが人となんら変わらない姿をしていた。纏う衣装は黒ずくめ。暗殺者と説明されればそれで納得できた。その頭に、ヤギを彷彿とさせる角さえ生えていなければ。
「マレ!?」
部屋に一つしかない入り口に立っていたのは、紛れもなくマレだった。ありえない。星導師と星騎士に選ばれた者しか知らない場所に何故マレがいる。それに王宮及び天星宮内でマレフィックは力を失うはず。占星術発動などもってのほか。
「追及する必要がありますね」
オルフィは冷静にホロスコープを操作した。軌道上に旋回する青い星をサインに納めて占星術〈光槍〉を発動。突き出した掌から発した一条の光は、オルフィ目掛けて突進するマレの胴を貫いた。
くぐもった声をあげて倒れるマレ。が、間髪入れず扉の裏に潜んでいた二人目が白刃を煌めかせて飛びかかってきた。薙ぐような初撃を躱すも、オルフィは大きく体勢を崩した。
「しまっ……」
好機を逃す相手ではない。すかさず自身目掛けて振り下ろされる刃――避けられない。
濃厚な死の匂いを感じ取った刹那、破砕音が耳朶を打った。次いで視界の真ん中で火花が散る。
金属同士が噛み合う音。オルフィの眼前で凶刃を受け止めた剣は、そのまま力任せに相手を押し返した。たたらを踏んで下がった襲撃者は、オルフィを庇うようにして立つ人物を見て、さらに数歩後ずさる。
「オ、オ前ハッ!」
声こそあげなかったがオルフィも我が目を疑った。〈眠りの茨〉を破ってマレの刃を受けとめたのは、自分が憑依しなければ動かないはずのものだ。
中肉中背。意思の強そうな眉に青い瞳は、赤い髪と相まって目立つ容貌だった。凛々しくも幼さの残る顔立ちは見習いを卒業したばかりの騎士を彷彿とさせる。黒か青の制服を定める正規軍とは違い、白を基調とする軍服は彼が極星を守護する騎士であることを示していた。外見は神話の時代から変わらない――見間違えるはずがなかった。
「……星騎士?」
ケイロンが茫然と呟く。オルフィは首を横に振った。そんな馬鹿な、と我ながら情けない台詞が口をついて出た。星騎士が自分の意思で動くなんて、マレの天星宮侵入よりもありえない事態だ。
三人分の視線を集める当の星騎士本人は、この場にいた誰よりも困惑していた。自分が退けたマレを捉える青い瞳が揺れる。抜き身の剣を下げたまま、星騎士イオは立ち尽くした。
「どうして」
か細い声が薄い唇から漏れた。