(三)逡巡の時
黙したまま地下を進むことしばし、ようやくたどりついた最奥には重厚な鉄扉が待ち構えていた。ライラ導師から受けとった鍵を使って解錠。二人がかりで扉を押し開けて、中に入った。
視界に広がる淡い光。常時発動状態となっている結界の燐光で、室内は照らされていた。オルフィもケイロンも一歩踏み込んだところで制止を余儀なくされる。白皙の茨が部屋中に張り巡らされ、それ以上の侵入を拒むのだ。
最後にこの部屋に入ったのは七年前、ライラ導師から星騎士を授かった時だった。
七年前と全く変わらず、蔦と茨に遮られながらも辛うじて見える部屋の中央には棺が置かれていた。そこに死体よろしく横たわる騎士の姿もまた変わりない。
星騎士――通称イオは天星宮の技術の粋を結集させて造られた生ける人形。すなわち人造人間だった。『イオ』自身に意思はなく、有事の際に最も優秀な星読師が、占星術を用いてその身体に乗り移る。腕をもがれても腹を抉られても、核を壊されない限り動き続ける戦闘兵器は、力でも占星術でも脆弱な人間が強大な力を誇るマレに対抗するための切り札だった。
その星騎士イオを守っているのは、第一等級占星術〈眠りの茨〉だ。仮死状態にした対象者を起点に茨を張り巡らす難攻不落の防御結界。こちらは古代の天上王国ファイノメナ時代に開発され、以後アルディール王国の星導師にのみ伝わる秘術だった。
白い茨は無論、ただの植物ではない。鋭い棘は金剛石よりも堅く、触れるものを容赦なく切り裂く。
何よりも特徴的なのが、この茨の再生能力だ。僅かでも損傷した場合は瞬時に、そして際限なく再生し続ける。仮に何でも斬れる剣が存在しこの茨を斬りつけたとしても、刃を喰い込ませているそばから再生するのだから永遠に中枢までは届かない。
外部からの干渉を一切遮断する防御結界を解除できるのは、内部からのみ。仮死状態から目覚めさせることで術は解ける仕組みになっている――というよりも、内部からの干渉には非常に弱く、中にいる者がため息をついただけで崩れてしまうのだ。よって結界を壊さないために対象者は仮死状態にする。
七年前にこの部屋で眠っていたのは、第七十六代極星の姫ミア=リコだった。当時の星騎士トレミー=ドミニオンが失踪したために、守護する者がいなくなった極星を守るべく、天星宮の星導師達はミアに〈眠りの茨〉をかけた。〈眠りの茨〉の中ならばマレに襲われる心配はないからだ。結果オルフィが次の星騎士として立てられるまでの約三ヵ月間、極星の姫ミアは仮死状態となって、ひたすら眠りつづけた。
七年前のあの時は、オルフィが星騎士イオを〈眠りの茨〉の中で眠らせることでミアは解放された。しかし今、封じた星騎士を解放しようとしている。眠れる騎士を目覚めさせようとしている。
その意味をオルフィは正しく理解していた。七年前に師から問われた覚悟を、試されていることもわかっていた。
「……星騎士を起動させます」
それが自分に与えられた使命。星騎士の存在意義を果たすのみ。言い聞かせるような宣言はケイロンではなく自分に向けられたものだった。
「もう一つだけ訊かせてほしい」
精神集中に入ろうとしたところでまたしても妨害。いい加減にしろと怒鳴りつけたくなるのを堪えて「どうぞ」と押し殺した声で返した。オルフィの苛立ちを察せないはずがないのに、ケイロン導師は至極真面目な顔で訊ねた。
「……おまえは、念のためで極星の姫の命を奪うのか?」
質問の意図が読めなかった。何故この期に及んで迷わすようなことを訊ねるのだろう。天星宮を創設したのはなんのためか。占星術を、星読師を、極星の姫を、星騎士を利用することで、この国は繁栄の道を歩んできたのではなかったのか。
葛藤するまでもなくオルフィの答えは決まっていた。自分は違えない。迷わない。トレミー=ドミニオンと同じ轍は絶対に踏まない。
「楽観した結果、一国を滅ぼすくらいなら」
そうか、という呟きがやけに大きく耳に響いた。