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眠れる騎士  作者: 東方博
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  (二)非常の時

 伸ばした手の先が闇に呑まれた。

 オルフィ=ヴィレは反射的にホロスコープ〈星図〉を起動させかけ、自制する。若手の星読師には占星術を多用する傾向があると先日ライラ導師より注意されたばかりだったからだ。初級の――第六等級占星術とはいえ、〈光明〉をわざわざ使う必要はない。背後に控える星導師ケイロンが火をつけたランタンを受け取り、掲げれば内部を伺うことができた。

 両手を伸ばして届く幅の通路。古い様式だが石造りの壁は老朽した気配もない。ランタンの明かりだけが頼りでも迷う心配もない一本道は、ゆるやかに地下へと向かっていた。

 天星宮に点在する星読みのための塔の一つ――レイリスの塔。一階奥の研究室内の隠し扉を開いた先には、星導師と星騎士に選ばれた星読師だけが知る地下室へと続く通路がある。

「早計だと思うがな」

 背後でケイロン導師が呟いた。人好きしそうな顔。顎には無精髭。恰幅のよい体に儀礼衣をまとっていなければ、酒場の主人でまかり通りそうだ。しかし、今は頬がひきつり、眼差しは暗かった。これからやることを考えればそれも仕方ないことだが。

「まだマレに誘拐されたと決まったわけではない」

 ただの感傷。ただの独り言。捨て置くこともできたがオルフィは「この期に及んで何を」と応えた。無言でひたすら歩くことに嫌気が差していたのもあった。居心地が悪いと感じる程度には罪悪感もあるのかもしれない。いずれにせよ、これからなすことに変わりはなかった。

「ではどうして極星の姫はいなくなったのです? 天星宮から抜け出され、どこへ行かれたのかもいつお戻りになるのかもようと知れず。摩羯月は三日後に迫っているこの状況で、黙っておくわけにはいかないでしょう」

 第七十六代極星の姫ミアの行方がわからなくなったのは四日前のことだった。

 姫付きの侍従長がいつも通りに朝の挨拶に伺ったら、寝室はもぬけの殻。外で控えていた見張りの目を欺き、姫は忽然と消えていた。部屋を調べるも争った形跡はない。前日の晩を思い返してもミアの様子に不審な点はなく、姿を消す心当たりもない。

 極星の姫失踪は密やかにしかし素早く星導師達に伝えられ、ことが公にならないようごく一部の者達がそれぞれに姫の行方を探った。が、手口も犯人も、手掛かりすら掴めなかった。

 こうなってくると〈予言〉を行える星読師がいないことが痛手になる。天星宮最後の予言者は星導師カサンドラ。彼の死後十四年間、ベネに予言宮を持つ星読師は一人も現れなかった。

「あなたも合議に参加なさったのでしょう? これは天星宮の総意です」

 マレフィック〈凶星〉の力が最も強まる摩羯月を四日後に控えた昨日、天星宮最高星導師オギ=ライラは星騎士の起動を決断した。摩羯月を迎えればマレの秘術を用いて極星を赤く染めることができる。ベネとしてはその前に手を打たなければならない。

 星騎士の起動。それは行方不明の極星の姫ミアはマレの手に落ちたと見なし、彼女が胸に抱いている極星を――極星だけでも守り通す決断だった。

 一度判断してしまえばあとは早かった。星導師全員による合議にて承認され、すぐさま直弟子のオルフィには星騎士起動の任が、そして星騎士の管理人である星導師ケイロンには封印解除の任がくだることになった。

「星導師一人が反対したところで、合議では多勢に無勢。ドミニオンがいればまた違ったのかもしれんが」

 何気なく口にされた名に、オルフィは片眉をつり上げた。天星宮創設以来の天才トレミー=ドミニオン星導師。自分の兄弟子にあたる星読師だった。

「反対する導師が一人から二人になったところで、結果は変わりません」

 現在、オルフィは十六――トレミーが至上最年少の星導師になったのと同じ歳だ。次期星導師と噂されようと、天星宮一の秀才とうたわれようと、彼を越えていなければ虚しいだけだった。

「冷静に見極めるべきです。天星宮の星導師が総力を挙げても極星の姫の行方がわからなかった。これは立派な非常事態であり、王国の危機です。だからこそ国王陛下もニアンナ王妃もご承知くださった」

 オルフィは令状と鍵をケイロンに突きつけた。密命とはいえリコ王家紋章入りの令状は、カイン国王が星騎士起動を許可したことを意味する。隠し扉の鍵は天星宮で厳重管理されているもの。つまり、王宮としても天星宮としても星騎士起動は決定事項ということだ。議論も変更の余地もない。

「今さら現れたところで、あの人に何ができるんです?」

「少なくともあと三日の猶予はある。ドミニオンなら最後まで真相解明に勤めただろうな」

「いずれにしても」オルフィは強い口調で押し切った「一介の星読師風情が判断することでも、一人の星導師が独断で決めることでもないかと存じます」

 ケイロン導師は口を引き結び、目を眇めた。どこか憐れむような眼差しだった。何故そんな目で見られなければならないのか、オルフィにはわからなかった。不快感はますます募る。

「それと一つお願い申し上げます。僕の前で、二度と、あの人のことを口になさらないでください。名前を聞くのも不愉快です」

 会話の終了を示すように踵を返す。背後で深い、慨嘆にも似たため息が聞こえた。ため息をつきたいのはこっちの方だと、オルフィは内心で悪態をついた。誰が好きこのんで星騎士の役目を引き受けるものか。


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