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眠れる騎士  作者: 東方博
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  (三)思い巡らす時

 要警護対象者がそれぞれ護送されたのを確認してから、ライラは深くため息をついた。苦み走った顔を躊躇いもなく、いたいけな幼子へ向ける。幸いなことに眠っていた王女はライラのしかめっ面を見ずに済んだ。

「どう思う?」

 トレミーは儀礼衣の襟元を緩めると、首に手を当てて鳴らした。堅苦しいのは性に合わない。腕を二、三まわせば血の巡りが良くなるのと一緒に思考も冴えてきそうな気がした。

「我々を動揺させるためのまやかしか」

「そうとは言い切れないでしょう」既にトレミーの中で仮説は浮かんでいた「逆にお訊ねしますが、師がまやかしと断ずる根拠は?」

 考える素振りを見せてからライラは理由を挙げた。

「予言宮を持つマレなんぞ、聞いたことがない」

 トレミーは数段上に位置する玉座から降りた。転がっていたカボチャを拾い上げる。中は空洞。ロウソクを入れればそのまま魔除けのランタンとして使えそうだった。何の変哲もないカボチャだった。

「予言宮を持つマレは存在しないとも聞いていません」

「マレがどうやってこの王宮に潜り込んだ」

「変装したのでしょう」

 トレミーは放置されたカボチャを掲げた。

「逃走のために閃光弾を用いたのが証拠です。占星術を用いなかったのは、抱いている〈星〉のエネルギーが足りなかったため、カボチャをつけて登場したのは素顔を見られないようにするため。我々が光で視界を閉ざされていた間に、カボチャと外套を外してしまえば参列者に紛れ込むことができます。混乱に乗じて王宮から逃げ出すこともたやすい。何しろ見た目は、ただの子どもですから」

 奇妙な格好も目を欺くための策と考えれば納得できた。頭にカボチャをはめて登場されれば意識はどうしてもそちらへ向く。大勢の人々の前に姿を現したのも逃げる時のことを考えてのこと。人が多ければ多いほど混乱は大きくなり、紛れやすくもなる。

「マレがベネの領域内で占星術を使えたのは?」

 ライラ導師の眉間のしわが増えたのは気のせいではないのだろう。この場合、彼の怒りは持論をつらつらと披露する弟子に対してではなく、まんまとマレの思惑にはまった自分自身に向けられている。だからこそトレミーも遠慮なく述べた。

「マレフィックの力は弱めますが、ベネフィックは高まります。あのカボチャの中にいたのはベネの星読師です」

 マレフィックは赤い星だ。その影響を受けているマレが抱く星もまた赤い。しかし、ハリスが〈予言〉をした時、起動させたホロスコープを旋回していた星は青、あるいは白いものだった。

「つまりそれは」ライラ導師の声が一段と低くなった「我々の中に裏切り者がいるということか」

 脅されてか甘い餌につられてかマレに与した理由は不明。しかしハリスの芸当は全てベネの星読師の協力がなければできないことだ。

「希少な予言宮を持ち、非常に小柄で、天星宮ですらもその存在を把握していない、マレと手を組む酔狂なベネの星読師――我ながら突飛な発想だとは思いますが」

「可能性としてはあるな。だが、お前の仮説通りだとしても、やはり大きな謎が残る」

 トレミーは小さく頷いた。手品の種をいくら明かしたところで意味はない。相手の目的がわからなければ、対策も立てられない。

「何故マレが新たな極星の姫の誕生を、わざわざベネに教えたのか」

 カサンドラを失った天星宮には〈予言〉ができる星読師は一人もいない。極星が新たな姫を選んだことすら知る術がなかったベネに、親切にもマレは極星が次に選んだ姫までも教えたのだ。無論、実際に極星がニアンナから移ったら否が応でも新たな宿主はわかるが、それでもハリスの〈予言〉はこちらにとって有益過ぎる情報だった。

 七ヶ月もあるのなら、天星宮が気づく前に警護が薄くなった隙をついてミアを攫う方法もある。

「カサンドラの件も関わっているのかもしれません。彼が存命だったなら当然、お生まれになったミア王女の星を占うはず」

 口にこそ出さなかったか、トレミーはカサンドラを殺したのはハリスだと踏んでいた。実行犯でなくてもあのマレが絡んでいるのは間違いない。

(だが、何故殺した? カサンドラは何を知った)

 考えれば考えるほど謎は深まるばかりだった。

「一つずつ解決していくしかあるまい。いずれにしても〈予言〉の真偽は七ヶ月後にはわかる」ライラ導師がゆりかごを一瞥した「姫君がようやくお目覚めのようだぞ」

 トレミーはカボチャを小脇に抱えて、玉座に上った。ゆりかごの中でかすかに動く青布。軽く握った小さな手がはみ出ている。トレミーが人差し指で少しつつくと、簡単に拳はほどけた。

「……耐えられますかね? こんな赤ん坊が」

 畏れ多くも一国の王女を赤ん坊呼ばわりした弟子をライラ導師は睨む。が、生憎トレミーは王家に対する畏敬の念はほとんど持っていなかった。関心はあくまでも星にある。

 極星が姫を選ぶ基準は未だなお解明されていない。第七十五代極星の姫ニアンナはあまり位の高くない貴族だったと聞く。先代は天星宮の星読師。先々代に至っては元農民というのだから驚きだ。カサンドラの〈予言〉がなければ、事前に保護することはまずできなかっただろう。極星に限らず天を照らす星は人の身分を問わない。

「アルディール王国史で最年少の極星の姫は十四年と三ヶ月の少女。生後半年の赤ん坊が胸に抱くには、極星は大き過ぎます」

 歴代の極星の姫達に共通点はなかった。せいぜい誰もが十四歳以上で選ばれ、二十の半ばを迎える頃には極星を次の姫に継承させていたことぐらいだろう。長くても十年程度の辛抱。そう考えられるからこそ耐えられたのだ。

「耐えられるだろうさ」

 ライラ導師はこともなげに言った。

「でなければ残りの〈予言〉が果たされない」

 ごもっとも。しかしトレミーが懸念しているのは身体のことだけはなかった。

 極星に選ばれた時点で姫は家族との絆を断たれる。天星宮と沈黙の誓約を結び、差し出した娘は事故死か病死として周囲に発表。以後一切娘のことを口にしてはならない。見返りとして、家族には莫大な報酬、そして極星の姫本人はどんな者であろうとも王族に次ぐ身分を与えられる。極星が新たな姫を選ぶその時まで――もしかすると一生マレに狙われ、天星宮の奥深くで過ごさなくてはならない姫に対する王国側の敬意だ。

 十四、五歳の少女でさえ躊躇する重責を果たして生まれたばかりのミア王女が担えるか。仮に担えたとして、それは一体いつまで続くのだろうか。

「星騎士を目覚めさせるようなことにならなければいいのだが」

 幼いミア王女に注ぐライラ導師の眼差しには憐憫があった。しかし裏を返せば、万が一の際には星騎士を目覚めさせる覚悟も決めているということに他ならない。極星の姫本人を差し置いて、天星宮の星導師達だけで勝手に。

 冗談じゃない、とトレミーは思った。天星宮の誰もが忘れ去ったとしても自分だけは覚えている。先代の極星の姫を護れなかった――いや、殺した痛みはまだこの胸の中で疼いていた。

 不意に、やわらかい手がトレミーの小指を掴んだ。頭上で交わされている会話なんてわかるはずもなく、ただ近くにあったものを興味本位で触ってみたのだろう。トレミーは苦笑を禁じ得なかった。こっちの心配も知らないで呑気なものだ。

「出番が来ないことを祈ってますよ」

 他人事のような台詞とは裏腹に、頭の中ではこれから成すべきことが、次から次へと浮かぶ。胸に抱いた極星を守るのが姫の役目ならば、その姫を守るのは星騎士と星読師の務めだ。

トレミーは幼い姫に掴まれた小指を曲げた。小さな手と約束を交わしたような気がした。


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