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眠れる騎士  作者: 東方博
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  (二)迷い乱れる時

 ハリスは印を結んだ右手をおもむろにかざす。占星術発動の予備動作――横道を外周。ミッドヘヴンを頂点に、球体が手のひらに浮かぶ。その中で小さな星々がそれぞれの軌道に沿って旋回――ホロスコープ〈星図〉の起動だった。

「馬鹿な。マレが占星術を使えるはずが……っ」

 創始のベネフィック〈吉星〉が落ちたとされる聖域に、天星宮含む王宮はある。伝説の真偽はともかくとして、現にこの一帯はベネフィック〈吉星〉の力を強め、逆にマレフィック〈凶星〉の力を弱める。マレの大公でさえもこの聖域内では占星術を行うことができないという。

 しかしトレミーの目を引いたのは、マレがベネの領域内で占星術を発動させた事実よりも、起動させたホロスコープに点在するサイン〈宮〉の一つだった。

「予言宮、だと?」

 カサンドラが〈予言〉する様を何度も見たことがある。彼のホロスコープ〈星図〉にのみ存在した特殊なサイン――予言宮も。それがマレのホロスコープにあることにトレミーは驚いた。軌道に沿って旋回する星の一つが予言宮に納められた瞬間、ホロスコープ全体が光を放つ。

「いと高き天と地をあまねく照らす星々の名において、私は〈予言〉する」

 ハリスは青く発光したホロスコープを宙に浮かべたまま、玉座を、その中心にあるゆりかごを指差した。

「もっとも祝福され、もっとも呪われるものよ」

 アルディール王国第一王女ミア=リコを示した〈予言〉は不吉なくだりから始まった。

「今より七つの月が巡る時、そのものは極星を胸に宿す」

 ライラ導師が目を剥く。カイン国王とニアンナ王妃は互いの間で眠る娘を同時に見る。トレミーは食い入るようにハリスを凝視した。装ったり誤魔化しているようには見えない。彼のホロスコープで一際輝いているのは間違いなく予言宮であり、今告げられているのは〈予言〉だった。

「古いものは過ぎ去り、新たなものが立てられる」

 星と予言宮ごとホロスコープが消える。ハリスは下ろした手を打ち合わせた。

「おめでとうニアンナ王妃、極星は娘が引き継ぐみたいだよ。つまり、あんたはもう用なしさ」

「その者を捕らえろ!」

 ライラ導師は大喝すると同時に占星術を発動させた。気圧されるように隊長以下騎士団は剣を抜き放つ。が、遅い。剣が振り下ろされるよりも前に、足元に六坊星の結界が広がるよりも早く、高らかにマレは宣戦布告した。

「ベネの星読師共、覚えておけ。我々は必ず極星を奪う! 月が満ちるその時まで、心して待つがいい」

 カボチャの奥に潜む両の目が怪しくきらめいた。トレミーは咄嗟にゆりかごの前に躍り出て阻んだが、杞憂のようだった。直後にハリスは閃光弾を炸裂。強烈な光の中で彼の笑い声だけが耳に響き――それも光と共に消えた。

 視界が開けた時、ハリスと名乗ったマレの姿はどこにもなかった。跡形もない。青い絨毯の上に転がったカボチャだけが、あの出来事が夢ではないことを物語っていた。

 残されたのは不安を掻き立てるだけの〈予言〉と騒然として収拾がつかない貴族と来賓客達。星読師までもが一緒になって浮足立っているのが情けなかった。

 外野さておき、トレミーはゆりかごの中を覗き込んだ。この騒ぎだというのに呑気に眠る幼子の姿があった。安らかな寝顔だけでは性別すら判断できない。ただ無邪気で、幼かった。

 この子が、と思わずにはいられない。この世に生を受けてまだ二週間の子が、あと七ヶ月後には極星を胸に宿すのだ。文字通りアルディール王国をたった一人で背負う。にわかには信じ難いことだ。

 最初からマレの眼中になかったので問題ないと思うが念のため、トレミーはニアンナの無事を確認した。外傷はない。精神的衝撃は相当なもので彼女は凍りついたように微動だにしない。色を失った唇は微かに震えている。

「ニアンナ様」

 当代の極星の姫にして王妃ニアンナは焦点の定まらない目で虚空を眺めていた。もう一度強めに呼ぶと、茫洋としていた青瞳に意思が蘇る。

「お怪我は? 何か違和感はございませんか?」

「い、いえ……私は、何も」

 今年で十九となるニアンナは、元来の気丈さでなんとか体裁を整えようとしているが、動揺は押し殺しきれない。美しく結い上げた金髪も凛々しげな細面もか細い肩も年相応で、彼女がただの女性に過ぎないことを思い知らされる。至高の星を胸に抱いていようとも、極星の姫は戦う術も力も持たない、一人の女性だった。トレミーは星読師数人に極星の姫を極星宮へ護送するよう指示を下した。促されて立ち上がったニアンナは不安げに振り返る。

「ドミニオン」

「どうかご心配なく。王女様は私とライラ導師が責任を持ってお守り致します」

 早々に国王を騎士団に押し付けた星導師ライラは、トレミーの言葉を裏付けるように頷いた。それでもまだもの言いたげなニアンナを半ば強引に星読師達は連れていく。〈予言〉の内容がどうであれ、今極星を胸に宿しているのは彼女だ。一刻も早く結界の張られた極星宮に戻った方がいい。


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