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眠れる騎士  作者: 東方博
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序章(一)喜び祝う時

 アルディール王国王宮、謁見の間。自身の師にあたる星導師オギ=ライラが長々しい祝辞を贈っている最中、星導師トレミー=ドミニオンは欠伸を噛み殺していた。

 第一王女ミア=リコの祝福式は盛大に行われていた。

 国内の有力貴族にはもちろん、近隣諸国の王達まで祝福式へ招待した。近年は警備の問題もあり、王族と天星宮の導師達のみで執り行われていた祝福式に、他国の者まで参加するのは異例のことだった。

 生後二週間を迎えたばかりの王女ミアは、王族であることを示す青い最高級の絹の布に包まれ、精巧な細工の施された銀のゆりかごに寝かされている。その両脇には現国王カイン=リコと王妃ニアンナ=リコ。国内で極星を胸に宿す姫として普段は極星宮にこもっている王妃ニアンナでさえも、今日に限っては人前に姿を現しているのだ。極星の姫――ニアンナの護衛役を仰せつかったトレミーとしては、彼女には強固な結界の張られた極星宮で大人しくしてもらった方が、護りやすいというのが本音ではあるが。

 無理もないとは思う。婚姻を結んでから三年目にしてようやく授かった王女だ。

 それに天星宮の星導師カサンドラが何者かに殺されたのはついひと月前のこと。占星術の腕前はもとより、希少な〈予言〉を行えたのは天星宮では彼一人だった。

 天星宮はもちろん有力な指針の一つを失った王宮内には不穏な空気が漂う。犯人が未だに特定できていないこともまた拍車をかけた。戦闘においてもトレミーに次ぐ実力者であるカサンドラが抵抗もなく殺された。寝首をかかれたのならともかく、真昼間の天星宮内で。捜査は開始早々暗礁に乗り上げていた。

 そんな折での姫君誕生は、暗雲立ち込める王国に差した希望の光と言っても過言ではない。懸念はどうしても残るが、世継ぎは生まれた。カイン国王は健在。極星はニアンナ王妃の胸の中で輝き、大陸全土を祝福している。平和だった。まだ、この時は。

 異変が起きたのはライラ導師の祝辞がようやく終わって、周辺各国の来賓客がそれぞれ贈り物を差し出そうとした、その時だった。

 玉座の間の中心、先ほどまでライラ導師がいた場所には奇妙な者が立っている。そのことに、今になってようやく気付いた。

「……かぼちゃ?」

 誰かが呟いた。

 来訪者の首には頭の代わりに一抱えほどのカボチャが据えられていた。三角形にくり抜かれた目と鼻の口の形は魔除けのランタンと同じものだ。素顔は見えないが背格好は幼い子供。黒い外套を纏う様は可愛らしくさえあった。が、どう考えてもこの場には異質な存在だった。

 周囲の動揺を余所に招かれざる客は悠然と玉座へ向き直った。

「ごきげんよう、ベネ〈吉〉の諸君」

カボチャの中から声がした。やや高い、子供の声だった。

「極星の姫、そして国王陛下、待望の第一王女ご誕生おめでとうございます。大公ハストラングに代わって心よりお祝い申し上げます」

 恭しくカボチャ頭を下げるマレ〈凶〉に騒然とする一同。

 ライラ導師に至っては既にホロスコープ〈星図〉を起動させていた。彼の指示によりすぐさま何人かの星読師がニアンナの側に立つ。玉座の傍らに控えている騎士隊長は剣を抜きこそしないものの、柄に手を掛けて油断なく構えている。

 戸惑いながらもそれぞれ警戒態勢に入ったのを確認してから、トレミーはカボチャ人を改めて見た。

「ご挨拶だね」

 顕著な反応にカボチャ頭をかしげる。多数に無勢。それも天星宮内――マレフィック〈凶星〉の力を排除する領域にいるマレとは思えない態度だった。

「マレが何の用だ」

 ライラ導師がホロスコープを起動させたままで問う。

 マレ――マレフィック〈凶星〉の加護を受けた者の総称。忌むべき民。呪われたもの。呼び名は様々だが、大陸より赤海を隔てた孤島ネメシスに住む者達は皆マレであり、ベネフィック〈吉星〉の加護を受けて大陸に住むベネとは敵対していた。全てはたった一つの星を巡ってのこと、と言われている。

 極星、と人は呼ぶ。神話の時代、あまねく世を照らし導いた至上の星。星々を司る天上人はこの星を巡って、ベネ〈吉〉とマレ〈凶〉の二つにわかたれ地に落ちたという。そして千年以上が経過してもなお、唯一の極星を我らがものにせんと両者の争いは続いている――その極星は今、王妃ニアンナの胸に宿っていた。

 しかし、マレの男は極星の姫ニアンナには目もくれず、肩を竦めた。

「その呼び方は嫌いじゃないが、できればハリスと呼んでいただきたい。さっき言ったじゃないか。せっかくの祝福式だというのにいつまで待ってもご招待がないから、ハストラング様は少々気を悪くされている。そこで私が代理としてお祝いに出向いた次第さ」

「マレの大公が?」

 ライラ導師は鼻で笑い飛ばした。たしかに冗談にもならない話だった。

 ハストラング。〈不死の大公〉の異名を持つマレを知らない者はいない。マレの三大勢力の一つを率いる大公。その中でもハストラングは一度も代替わりをしたことがない大公として名を轟かせていた。彼が胸に抱く〈星〉に勝るのは極星のみ。ゆえに誰にもまして強く極星を我がものにしようと執着している、と言われていた。

「本当さ。我が主は大層お喜びだ。そちらの無礼にも寛大なお心でお許しになる。その証として、新たな姫君に〈予言〉を贈るよう仰せられた」


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