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エピローグ



「……結局、横槍のお陰で大会の正式な勝敗は決しなかったか……畜生。賞金も出ないし、ハッピーエンドとはいかないかよ」

 その数時間後。頭と手首、そして腹に包帯を巻いたボロボロの須賀谷は夕方の学校の昇降口で少し残念そうな顔をしながらも、慨嘆をした。

「途中から要人目当てに指名手配中の賞金首が校内に入ったんだって? 何もこんな日に来なくてもいいのに、やべぇよなぁ。優勢だと聞いたのにノーコンテストとはついてねぇし」

 同じく未だに腕にギプスをぐるぐる巻いているニリーツも納得のいかなそうに、地団駄を踏んで悔しがってくれる。どうやら異界の人間の事は、医務室で寝ていた彼らには伏せられているらしい。

「ま、まぁ仕方ないよなー、外部からの侵入者じゃあ」

 アルヴァレッタも続いて労うように言葉を掛けてきたが、やはり建前上抑えに回っているだけで本心は普通科が優勝を取れなかったことに不服そうだ。

 もう試合後から大分経つ。……今は大会の打ち上げの為に、これから町に行く事にしたのだ。

「だがお陰で自分の未熟さに気付けたよ。……私だってまだまだだとね、本当に……自分はバカだったと目が覚めた」

 順が、元気のなさそうな顔をして呟く。

「ああ、お前らは犯罪者相手に大立ち回りしたんだってな? 全く、賞金くらい出てもいいと思うのになぁ。というか今回に限っては実質あの渡辺に対する怨恨を持った奴らのせいだろ? 生徒に尻拭いさせるとか学校としてアレ過ぎるだろ」

 結局助かった俺が順に聞いたところによると、あの後に校内で学年主任の渡辺の死体が発見され、捜査のために大会自体が覆水と化したのだ。突然閉会式において事件のために、『この大会は中止だ』と教頭経由で命令が出てきやがった。順にしてみれば名誉と賞金を渡されるチャンスであったのに勝負を潰すなどふざけるなと言いたい訳だろう。

「……いや、何が原因かはしっかりと分かっている……ただ、色々と満足が出来ずに面白くもないだけだ。金だけならまだいいのだがな」

 それに対し順はまだ納得のいかない様子で愚痴を言う。……本当に優勝、いや二つの意味でさっきまでが悲惨な戦いだった事が悔しそうに見える。確かに、須賀谷自身でも他人事ではなく悔しい。今でも、目を瞑れば少年や渡辺の憎らしい顔が脳裏に浮かんでくる。 自分を落としたり幾万の人間の未来を奪ってきた、あの唾棄すべき顔を直接殴り倒せなかったのは、無念だった。

「で、でも、半期の成績が良ければ生徒は一気に特進Aに皆で行けるってダリゼルディスが大会後に言ってくれたじゃないか」

 そこでアルヴァレッタが、慌てて話題を変えようと頑張ってきた。……流石な気転だ。空気を変えようとするとは。

「――いや、あれはだって建前だろうし仮に俺が特進Aに今行っても、絶対学力ですぐ落ちる事になるだろうよ。リップサービスだろ」

 だが須賀谷は首を横に振り、目を瞑って弁解をした。

 (俺に関しては堕落の肺炎自体が、そもそもの足を引っ張っているのだからな。技術で越えるかこれを完治させなけりゃ、速やかな昇格は望めない)

 内心ではついでにいじけて、そう思う。

「そう悩まずともお前は十分強くていい男だぞ、士亜。むしろ私自身が欠陥を持っていると自覚している」

 すると順はそんな須賀谷を横目で見て落ち着いた顔に戻り、そう諌めてきた。

「……そうかよ」

 ……彼女は恐らく、須賀谷の病気を見抜いているのだろう。しかしあえて、力づける為にこんな風に言っているのであろうと考えられる。

「しかし……これから、色々と点数を稼ぐ為にはどうするかだな」

「お前が悩むとは、進級の事か?」

「ああ、そうだ。このままでは渡辺に嫌われた俺はどうしようもない。どうせ後任人事も似たような奴だろ。特進が遠のくぜ」

「その辺は考えようだろ」

「まぁな。だが、この手の組織では何をやっても上で潰される気がするんだ。だからいつになっても壁は消えない。嫌になるね」

 だから須賀谷は、自分が露悪的だと自覚しつつも続けて反論をした。世界が下らない、劣悪の情に満ちたものであると言いたいが為に。

 ――根拠は、ある。この世界において上の人間に疎まれるという事は、やや厄介な事だ。奴等は狭い世界の可能性を片っぱしから塞いでくる、世界最悪のキーパーでもある。

 自分は子供だからいいものの、この世界は大人の平騎士の場合上司に気にいらないからと言われロクな装備もないままで辺境に飛ばされて、その後に凶悪な魔獣や翼竜に殺される運命を辿るという人間も珍しくはないという話もある。奴等は人を人とも思いやしない、下衆共だ。

「……それが村社会って奴だ。渡辺は私が生徒会に居た時からいけ好かん人間だったからな、本当に」

 順は一応、それに同意をする。しかしそこで、言葉をつづけてきた。

「しかし、悔しいがそれでも我慢して生きて行かなきゃならないのが人生なんだ。嫌なら自分で道を作り上げるしかない、無ければ作ると同じ事、私のような例外にならなければ媚び諂って生きるしかないんだ。だがただ耐えるんじゃ無く、努力をする事だ。根回しでも何でもしてな……。私は色々あって、神経質になって塞ぎこんでいたのだが」

「本当、気に食わない事だけどな……。この学校の場合は評価の裁量は渡辺のみに与えられてたから、どんなに自分が変だとか明らかにおかしいと思う人間でも歯を食いしばって従わなくてはならなかった。これは事実なんだよな。矛盾を孕んだ世界だがよ……」

 ニリーツがそれに目を合わせながら、相槌をそう打った。

「……それはニリーツが色々と下手なだけだろ、大人は生活がかかっているのだからムキになりやすいはずだよ」

 それに対し、アルヴァレッタがやれやれといった様子で口を挟む。

「何だとおいコラぁ……ヘフティヒ!」

「怪我人の癖にやる気か? その腕関節を綺麗に逆パカしてやんよ」

 売り言葉に買い言葉で鬱陶しいことに、小競り合いが始まる。

「……やれやれ。話が逸れるので私が主導して良いか?」

 そこで順がまた、片手でジェスチャーをしながら口を開いてきた。

「……いいよ」

 須賀谷は小声で、呟く。

「……ありがとう。……前に私は言ったろう? 尖った人間は何かを尖らせる事により、社会で生きていくと。……だからもしそんな奴と軋轢があったり邪魔されたら、そいつとは別方向から奴等の壁を叩き割ってざまぁと叫んでやればいい……幸いにも今は、混沌の世の中だからな」

「……というと?」

「そいつに邪魔をされない、目に見えないところで反撃をすればいいのさ。喩えば、学校外の何かで実績を上げるとかな。……力さえ蓄えてしまえば、もうそんな奴に好き放題は言えなくなる。……皮肉だが、老害に真正面から戦う力は我々生徒は持ち合わせてないから逆に言えばそのような手しかないのだが。貴重な一年間と思い生きている生徒の気持ちは、所詮一年と思う大人にゃ分からんさ」

 順は軽く、笑った。

「アルヴァレッタもニリーツも、何かあったら私の知り合いの騎士団やら何やらを紹介してやるぞ。無論、士亜もだが。……薄給とは聞くが、飯に困る位になれば就職先くらいにはなるだろう、辺境勤務なのできついとは聞くがな」

 そして、須賀谷の頭の上に手を置いてくる。掌の様子が温かくも感じられる。

「ブラックじゃないのか……、それ?」

「今時ブラックじゃ無い世界なんてあるのかよ? アルヴァレッタ。 何処へ行こうが腰どころか全身をクラッシャーされちまうぜ。ブラックバイトランキングで検索してみろ、今の時代じゃ、ロクなものはない」

「……検索ねぇ、暇があったらな、分かったよニリーツ」

「……まぁ三人とも。下手に社会に出れば戦闘勤務終了間際に来週までにやってくれとか言って変な用紙の山を渡される事もあるんだ。軽い不満でもそれ位はある。ましてや気に食わない人間などいくらでもいるだろう。学閥とか派閥とか、下らん報復人事とか色々気に揉む事はある……と言うか私にさえもむしろ気に食わない人間が多いが、そんなのを一々気にしていると頭髪が薄くなるからやめた方がいい、まぁ凡俗騎士でいい私には無関係なのだがな」

 そう話を続ける。喧嘩っ早い順だが、一応怒られたくはないのか自分の身を気にして話を吹っ掛ける相手は選んでいるようだ。

「……それよりも、だ。世界には、悪い事をして私腹を肥やし、平気で子供を潰しに来る癪に障る悪徳な人間がはびこっている。だが、私達もけして性格はいい方じゃ無い、むしろただの人間から見れば嫌な方だろうと判断は出来るだろう? ……ではその子供を潰しに来る屑と私達では何処が違うのか、そこからの違いを考えてみれば、おのずと分かるのさ。 ……しかしまぁ、こんな妙な事は大会も終わったしもう話す必要もあるまいな、今は。私も、嫌な話はしたくはない」

 そしてそう言い終えると、顔を顰めてこの話は此処で中断だ、と告げた。

「……あぁ、何を言おうとしてるかは分かるよ。確かに、成功したい俺達がどうしたいのか……そこにヒントがあるというのはもっともな話だよな。だが、これ以上そこの事を言っていると説教臭いし、空気が疲れてくる上に飯が不味くなる」

「空気が疲れるとか何年前の言い回しだよ、自己中以上に死語だぞ」

「茶化すなよアルヴァレッタ、後で可愛がるから。……そんな事は歳を食ってからでもいい、講釈垂れずに飯を食いに行こうや」

 そこでニリーツが、アルヴァレッタの肩に手を回しつつ言ってきた。

「妙に偉そうなのはともかく概ね同意だね、大事なのはこれからでもあるし。……あと尻を触ったらバックブリーカー決めるよ」

 アルヴァレッタも嫌ではないのか、然程嫌な顔をしないで頷く。……途中から語気が荒くなったが。

「そうだな。……あぁ、腹も減ってきた……。決勝ボーナスはダリゼルディス先生が私費で1万エルカタルもくれたから予算は一応あるが、本当にどうしようか?」

 須賀谷も学校への不満を一時的に気にしないようにして気を取り直すと、姿勢を向き直す。

「俺は高級なモンが食いたいなぁ、肉とか寿司とか」

「順は何がいい?」

「私は皆の意見を聞くとしよう、足りなければ多少のポケットマネーもある」

「それじゃま、パーッとやろうか、パーッとね。二次会でダーツやりにいこうぜ」

 ……それから他の皆に何を頼むかを訊ねながらも、皆で街の食堂街へと歩いていった……。

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