現実
【第4話】現実
彗星群は大気に触れることで、白いきつねのしっぽのように尾を伸ばす。宇宙の温度はマイナス270.4℃の寒さで、彗星を冷やし氷を纏わすのだ。太陽の様な星、恒星に近づくとその氷が溶けだし、あの尾を残してしっぽになるのだ。その一致団結したように目的地もなく進む彗星群の姿はとにかく、生きろとみなに言ってるように思えた。
トロイの体には、宇宙船の中は窮屈に感じるのか、セラと話している時以外は大抵、後部のスポーツルームへ行き汗を流していた。すると、東洋風の男が夢中になって運動するトロイに話しかけてきた。
「おれは韓国人のホンシクだ。ストレス発散かい ?」
「おう。おれはトロイっていうんだ。見てわかるだろ ?ずっと部屋なんかにいたら、気が変になっちまう」
「そうか。じゃーおれと暇つぶしにボクシングでもしないか?」
トロイは、それを聞いて嬉しそうに言った。
「おー。いいなー。よし勝負だ。」
両腕を広げてもまだ壁に届かないぐらいの円柱の形をした個室のスポーツ装置二つにそれぞれ入り、操作画面のバーチャルボクシングを選択した。360度景色が変わり、その場所はアメリカボクシングヘビー級のタイトルマッチのような活気にあふれたステージを想わせるかのようなリアルなスタジアムに集まる数万人の映像が3Dで再現された。外にいるスポーツルームのみんなもトロイとホンシクがボクシング対決をするのを知って、集まって来た。巨大スクリーンボタンを押すとスポーツルーム一面が二人の闘いの映像を映し出すようにスクリーンで、見る事が出来た。
そして、ゴングが鳴り響いた。ホンシクはトロイに比べれば少し小柄だが、まるで拳法使いの様にすばやく動き回り、ジャブなどを当てながらトロイを翻弄させる。トロイはその体格もあってか大振りなので、なかなかホンシクに当てられないが、当たれば一発KOだろうと思わせるぐらいの迫力のあるパンチで空をブンブンと切り裂いていた。トロイが疲れ始めた時、ホンシクがパンチを繰り出そうとしたのをトロイは見逃さず、カウンターぎみにストレートパンチでホンシクへ強烈なパンチを当てた。ホンシクのキャラのゲージは一気に0になってKOされた。二人は、大いにストレス発散ができて、満足そうに個室から出てきて、お互いハイタッチを交わした。
「お前やるなー」
と、ホンシクはトロイに話しかけた。
「ホンシクお前の動きも凄かったぞ」
と、トロイもハァハァ息をあげながら話す。
そんな、二人に感化されたのか、次はドイツ人のジークベルトとヴァルが、グローブをはめてバーチャル装置へとはいっていった。みな楽しそうにそうやって、毎日を過ごすのだった――――
それが起こったのは地球を出発して1ヶ月経った地球と火星との丁度中間ぐらいの距離の事だった。マザーコンピューターの緊急サイレンがA0998号の全室に鳴り響いた。
ビービービー!
『緊急事態デス。緊急事態デス。』
それを聞いた多勢の人たちが何事かと思い情報処理などをつかさどる先頭のコンピューター室へと集まって来た。そして、ひとりが
「どうしたんだ ?」
と、マザーに質問するとマザーは全ルームに聴こえるように答えた。
『地球ト火星ノ我ガ国ニ対シテ、他国カラノ ハッキング攻撃ガ オコナワレマシタ。ソノ為、長距離瞬間移動装置ガ 使エナクナルトイウ、事態ニ陥ッテイマス。マタ、通信ニモ影響ガアリ途絶エタママデス。』
「・・・・・。」
「ということは、俺たちの必要な資源が両惑星から送られてこないんじゃないのか ?今の宇宙船の現状と資源とのデーターを教えてくれ!」
『長距離瞬間移動装置ノ使用不可ニヨリ、食糧・酸素・水ナドノ、資源ノ供給ガ ストップ サレマシタ。緊急時ノ為ノ、ソレラノ資源ハ、中間室と緊急脱出装置ニ、アル程度ハ、保管サレテハイマスガ、酸素ニ至ッテハ、20人デ1週間ト モタナイ量デス。ソシテ、A0998号ハ火星ヘノ距離ガ近イ為向イ、約1ヶ月デ火星ニ到着スル予定デス。』
「・・・・。」
全ての必要な物は、瞬間移動装置により手に入っていたが、使えなくなるという事はもう助かる見込みがないと宣告されたに等しいことだった。ほとんどの乗組員はまだ一体自分たちに何が起こったのか把握できないのか、したくないのか、宇宙船の床に力をなくすように座り込む者までいた。マザーコンピューターに頼り切ったこの時代の人間には、マザーコンピューターの不備など考えれるすべもなかった。そんな恐怖心から男が惑星通信装置のボタンを押して叫んだ。
「おい!誰か。聞こえないのか?おい・・・・おいー!」
ただ叫ぶだけの男を数人が落ち着かせるように止める。
「マザー酸素などを節約してどうにか1カ月間を乗り越えれないのか?」
『今ノ酸素ノ残量デハ、節約シタトシテ7日ト約20時間デ、無クナル計算ニナリマス。』
「誰かいい方法を思い付かないのか?!」
そんな質問もむなしく、誰もいいアイディアを出すことも出来ず、ただ茫然と時間をつぶす事しか出来なかった。ハイテクノロジーで出来た宇宙船だけに人間が出来る事は限られていて、宇宙船は主導操縦することさえ出来なかったのだ。ただ、時間が費やされるだけだった・・・。
そんな状況の中、セラはトロイの近くの壁にもたれかかりながら、うつろな顔で不安を隠しきれずにつぶやくのだった。
「この20人っていう人数だと、どうしても酸素が・・・酸素が足りなくなるのね・・・」
セラの目からは涙が流れた。だが、トロイだけはその言葉を聞いて、セラを強く抱きしめた。その目は鋭く光り、何かを心に誓う男の目だった。
【第4話】完