英知
【第3話】英知
とても蒼い海と晴天の青い空がこれから宇宙へと向かう皆に、地球の素晴らしさを記憶してほしいと脳の回路へ流れ込むように包んでいた。海風は気持ちよく爽やかに体を突き抜けた。
イギリスの宇宙基地に集まった20人の男女は、ほとんどがイギリス人だった。同じ島国の日本とはいまだに提携をする間柄で、セラもそんなイギリスから火星へ向かう事を決めて数年前から準備をしていたという。
『瞬間移動装置へ、オノリクダサイ』
機械のアナウンスが鳴ると、20人の人々は、流行る気持ちが抑えきれないように、落ち着かない様子で次々と装置に入っていく。全ての持ち物はチェックされ、火星に持っていけるものは着替えなどの限られた物だけだった。
1~10番の瞬間移動装置は宇宙船へと無事について、次の乗客を飛ばせる準備が整うと順番に白く光り一瞬で、宇宙船A0998号へと運ぶのだった。
A0998号へ乗り込んだのは、男女20人で宇宙船へと着いた人は大抵、不思議な面持ちで両手をみて無事なのを確認する。宇宙船へ飛ばされると衝撃を和らげる為、無重力のままなので体が浮いた。そして、まず先に自然に皆が向かった先は、地球が見える側の窓だった。皆は慣れない無重力を楽しむように、プカプカと浮きながら窓へ向かい地球を見降ろした。なんという蒼さそして、美しさなのだろうか。
20人全員が宇宙船へと乗り込んで、数分経った時、マザーコンピューターからアナウンスが流れた。
『イマヨリ、無重力 カラ 地球ト オナジ 重力ヘト ヘンカン シマス。ゴ注意ヲ!』
『イマヨリ・・・』
と、2度の同じアナウンスが終わると、ドーナツ状のルームがゆっくりと回り出し、自分たちの体重が重くなっていく。そして、やっと宇宙船の床へ足をつけた。
『コノ航海ハ、約2カ月間デ、終了イタシマス。ソノ間ニ、火星ト オナジ環境ヘト 変ワルタメ 火星ノ重力、マタ 大気ノ気圧ナドモ カワリマスノデ、ヨロシクオネガイシマス。』
地球が見えなくなるとオスカルは、瞬間移動装置から自分の荷物を取り出し、自部屋のA04号室へと向かった。その部屋は白いスッキリとした部屋で、ソファーもベッドも机も用意されていた。地球や火星から配信されているテレビ放送もモニターから自由に選び見る事が出来るのだ。そして、部屋を管理変更できる制御装置に、自分のパスワードを入力するとベッドの色や形を選択することができて、セットするとベッドはオスカルの好みに変更できた。オスカルの部屋には他に丸い球体の両手いっぱいに広げ掴めるぐらいの大きさの銀色の物体が5つあって、装置からいろいろな家具を選び出し、好きな家具のボタンを押すと球体がその家具へと変化した。
オスカルはA04号室をセットすると、隣のセラの部屋へと向かった。
セラの部屋の前には、認証装置があって、ボタンを触ると扉の前の物がスキャンされ、中で表示されるようになっている。セラは、オスカルを確認すると
「オープン」
と、小さく言った。すると、セラの部屋の扉が開いた。その部屋の所有者の声で反応するのだ。
「セラの部屋はワインレッドか。女の子らしい部屋だね。良いと思うよ。」
「ありがとう。もうそろそろ、わたしも設定が終わるから、その後スポーツルームにでもいきましょうか?」
「OK」
セラとオスカルが部屋の設定を終えて、最後尾の部屋スポーツルームへと向かうと、多勢の男女が色々なスポーツなどをして楽しんでいた。首に変装チップをつけて、色々な犬や猫の顔になり動物同士がしゃべっているように楽しんでいる人たちもいた。その犬の顔は異常に精巧で、あたかも本物の犬のように見える。その部屋は壁も天井も透明で、宇宙の景色が広大に広がっていた。様々な多種多様な星はもちろん、渦を巻いた銀河系まで見る事が出来た。ある程度は銀河を撮影して、それを拡大して映し出すため、スポーツルームはとても綺麗な世界を再現していたのだった。
「ねーオスカル。少し紫色に見える銀河系とても綺麗だと思わない ?」
と、セラは言いながらその銀河系に指を突き出し自分のほうへ腕を引き寄せると、映像がズームされて銀河系はこちらへ接近するような感覚でみることができた。
「そうだね。綺麗だ。」
と、話しているとセラを見付けたトロイが、二人が話しているところに割り込むように、はいってきた。
「探したよセラ。君と出逢ってから君のことずっと頭から離れないんだ。また、こうやって会えてうれしいよ。」
セラはそれを聞くと笑顔をトロイに向けた。そんなトロイに向かってオスカルが
「君がトロイだね。よろしく。」
と、手を差し伸べるが、トロイはオスカルの手を無視して通り過ぎ、セラに10cmも無いほど体を近づけて話を続けた。女性のセラは大きな男がこれだけ近くへ来たので、少し戸惑っている様子だった。オスカルは少し不機嫌そうな顔になるが、トロイは特に気にかけずに話す。
「宇宙を楽しんでるようだね。」
近づいたトロイが話を続ける。
「うん。わたし宇宙に来たのもはじめてなの」
「そうか。おれは前に宇宙の清掃作業をしていたことがあるから、宇宙の事なら普通の奴より詳しいんだ。君が見ているのはお隣の銀河M31アンドロメダだね。俺たちの銀河よりも少し大きくて、2000億個もの星の大集団。距離的には200万光年なんだ。だから俺たちが見てるあの光は200万年前の光なんだよ。」
話している途中、多勢のひとがいるこのスポーツルームの中でトロイはセラの肩に手をやって馴れ馴れしくしてきたが、セラはうまく話をそらすこともできずに、苦笑いをすることしかできなかった。トロイと負けないぐらいの体格をしたヴァルが、逃げ道すらも立ち塞がり離れる事もできなかった。
それから毎日、トロイは和を感じさせるセラの事が気にいったのか、事あるごとにセラの部屋へ彼氏の様な顔で訪れるのだった。トロイはセラの部屋にいくたび、いつもすぐにセラに近づいて話してくる。
「なーセラ。おれの親は、俺が生まれた事をよくは想ってなかったんだ。酒もドラッグもする始末でろくに飯も作ってもらえなかった。料理をつくったとしても、まるで餌をやるように、おれに料理を差し出してくるんだ。おれはそうやって育ったから何をするにしてもイライラする気持ちになって、悪い事をして気持ちを落ち着かせたこともある。そうするしかその時は出来なかったんだ。そんなある時、イタズラがすぎて警察に捕まってさ。おれは親に言った。たすけてよってね。親は何て言ったと思う ?」
少し考えたがセラは
「警察に謝ってくれたんでしょ ?」
「いや、あいつらは言ったよ。そんな奴知らない。母もそんな奴、産んだ覚えがないってね・・・」
その話を聞いたセラは少し黙ったあと涙を流した。トロイは涙するセラを抱きしめた。だが、トロイの顔はどことなしか笑っているようだった。
そんなトロイの生い立ちなどをセラはオスカルに安心してほしくて話した。
「トロイはあまり好かれないタイプだけど、本当は可哀そうなひとなのよ」
と、セラが話すとオスカルは注意をした。
「君はすぐ人を信用してしまう。そんな話をしたからといって、トロイの性格が変わるわけでも何でもないんだよ!?おれが見たところ彼は少し異常だよ。」
セラは、オスカルの言う事が正しい事もわかっていたが、トロイの生い立ちを思い出すたびに、また悲しくなると言いながら落ち込む様子だった。オスカルはそんなセラをみて小さくため息を吐くのだった。
【第3話】 完