トロイとヴァル
この小説は残虐な表現が出てくるのでそういう内容が苦手な方はみないようにしてください。
【第1話】トロイとヴァル
トロイという男はお世辞にも良い男だとは言えなかった。その目はキツネのように吊り上がっていて、何をするにしてもその顔からは動揺する気配を感じなかった。何よりも好かれないのは外見というわけではなく人間性、いや人格に問題があったのだ。また、189cm筋肉質のその体格からはあまり想像できなかったが、陰険な雰囲気でよくしゃべる男だったこともその理由の一つだろう。
「おい。もうそろそろ時間じゃないのか ?」
トロイが話しかける隣の男は、子どもの頃からの付き合いのあるヴァルで、トロイと一緒になって昔から暴れていた悪友だ。その体格はトロイにも負けないほどの大きさで、見た目通りの力自慢の持ち主だったが、それほどしゃべるという性格ではないヴァルはトロイにとっては友でもあり、トロイの言う事ならなんでも聞く従順な僕でもあった。
イギリス育ちのトロイは小さい頃、よく生き物を捕まえてはそれを壁にぶつけたりして遊び、笑っていた。生き物たちは、壁にぶつけられるとトロイの並はずれた力のせいか、まるでスイカが飛び散るように弾け、血しぶきなのか体液なのか点々とトロイの顔に付いた。トロイはその異様な状況の中、なんでもないかのような顔でヴァルの方を見て、自慢げに首を縦に振るのだった。その姿を近くで見る幼いヴァルは、脅えた目で怖がったが、トロイのその鋭い目つきに逆らえず、嫌々ながら同じ事をやらされるのだった。人間というのは不思議なもので、怖がっていた事も何度かするうちに何でもないと思えてくるものだ。ヴァルもカエルをわしづかみにして、壁に投げることを平然とするようになった。
トロイという男は親からの躾はほとんどされず、放任されて育ったので、良心の呵責がほとんど無かったし、親は親で人を信じるようなまっとうな人間ではなかったので、幼いトロイを見てもまるで邪魔な存在であるかのような物を見る目つきをする親だった。そのせいか、普通の人ならその心に道徳心がある程度は育つはずだが、トロイは人に対して嘘をつくことは当たり前で、あることないことを軽々しく口にするのは、日常茶飯事の人間だった。
「・・・そうだな。うーん。あと2時間弱っていうところ・・・かな」
ヴァルは口ごもりながらトロイに答えた。そんなヴァルの肩に腕をまわし、ガシッ!と掴みいつもの少し気味の悪い笑顔で
「俺たち二人ならどんな事でも出来る!気合い入れるぞ!」
幼いころからトロイはそのような似た強気の言葉をヴァルに言い続けたが、ヴァルから見ると自分に暗示をかけるかのように映っていた。それもそのはず、実際この歳になってもトロイの言う大きな出来事は何一つ実現できていなかったからだ。だが、ヴァルもそんなトロイに嫌気も無く付き従っていたのは、単純な性格もあるが、ヴァルに対してはトロイは特にひどい事もしてこなかったし、一緒に悪い事をして少しは良い思いもしてきた経緯があるからだ。トロイからすると唯一気をゆるせる仲間がヴァルだった。
二人は一緒にその高くて大きすぎるほどのこれから自分たちが乗り込むことを想像できる、海の上に映し出された宇宙船の実物大3D映像を見上げた。実際にその宇宙船があるのは地球の外で、大気圏外をぐるぐるとまわり、そのイギリスに集まった乗客を待つのだった。
この24世紀に製造された宇宙船に乗り、向かう先は新天地 火星だ!
二人の胸の奥に込み上げるのは、まだ見ぬ景色が広がるであろう、火星への現実にはまだ味わった事のない夢と希望だった。イギリスの領土海域に浮かぶ基地は、その波の揺れに合わせて波とは逆に動くことで、揺れをまったく感じさせないハイテクノロジーが駆使されていた宇宙基地で、短距離なら人間にも使える、宇宙船へと向かうためのテレポーテーション装置が、その基地の大半を埋め尽くしていた。そして、その装置は天高く聳え立ち、大気圏外まで長く長く続いていた。大気圏外からでた装置の先には巨大なソーラーパネルが、直接太陽光のエネルギーを吸収して、地球へと送っているのだ。そこにつながるように宇宙船が、宇宙で待機している状態だ。22世紀までは、無駄に地球の重力に逆らって巨大な飛行物体で空を飛び、その必要なエネルギーのほとんどを地球から飛び立つためだけに使われていた。それだけではなく、それらの部品などが大気圏で燃える物はいいが、そのまま地球と一緒にまわり、物凄い数の鉄のゴミが漂っていた。その鉄の弾丸があることで地球から出れなくなるのじゃないかと言われていたほどだった。今ではゴミの清掃業能力が進み宇宙へ出るにしても安全に、火星や月へと向かう事ができるのであった。
【第1話】完