引越し
空間を解除して戻ると
「すごいじゃないか 一発で上手くいくとは何処かの誰かと違って
スジがいいぞ 」
上機嫌な古賀さんから お褒めの言葉を頂いてしまった
彼に褒められることって滅多にないから かなり驚いた
「ありがとうございます 」
「次は 野上でやってみろ これで出来ればそろそろ実地訓練に移って
もいいだろう 」
その後 対象を変えて捕捉転移の練習を続けた何度か失敗する事もあったが
その日のうちに古賀さんからお墨付きをもらう事ができ
後から合流してきた神楽さんも 「凄いね 」と褒めてくれた
「じゃあ 今日はこのくらいにしておこうか 」
「皆さん ありがとうございました ではお先に失礼します 」
挨拶をして事務所にカバンを取りに行こうとすると
「今日は 夏美ちゃんのご両親に用があるから送っていくよ 」
と神楽さんから 予想も出来なかった言葉が返ってきた
そして 神楽さんの車に乗り家に向かったのだが なぜかそこには
智兄も一緒にいた
いったい何の用事だろう?
家に帰りつくと まだ18時前なのに珍しく父も帰っていた
「忙しい時間に申し訳ありません 」
用意されていたスリッパに履き替え神楽さんと智兄が先に上がっていく
この状況から判断するに 両親は今日神楽さんが来ることを事前に
知っていたという事になる いったい何があるっていうんだろ
「夏美は部屋で待っていなさい 」
母に言われ自室に向かったが 正直気が気ではない
リビングに様子を見に行きたくても はめ込みガラスの扉では
姿を隠して聞き耳を立てることなんてできない
部屋の中で落ち着かずうろうろしていると 何の前触れも無く扉が開き
「お姉ちゃん リビングにモデルみたいな人がいるよ ねぇ見た見た 」
興奮状態の陽菜が入ってきた
見ると予備校から帰ったばかりのようで 大きなカバンを肩から下げている
「ねえ陽菜 何話してたか分かる? 」
「え~ そんなの知らないよ ガラスの向こうに顔が見えただけだもん 」
「そっか 」
「そっか ってうちにモデルみたいな人が来てることに驚きはないの 」
せっかく教えてあげたのに というような不満顔で聞いてくるが
「あの人は 私の直属の上司 智兄も一緒にいたはずだけど 」
「えっ お姉ちゃん あんなカッコいい人の下で働いてるの 」
毎日のように会っていると見慣れてくるが 確かに神楽さんはカッコいい
陽菜の顔が驚きの表情に変わったところで 母が部屋に入ってきた
「夏美 ちょっといらっしゃい 」
何か言いたげな顔をした陽菜を残し リビングへ入りイスに座る
「東薫院さんから 仕事の都合でどうしても社員寮に入って欲しいと
言われたが 正直まだ高校生の娘が寮とはいえ一人暮らしするのは
どうかと思っていたのだが 」
父から突然思ってもいなかった話を聞かされる
「それは本当に申し訳ないと思いますが 私たちの仕事は夜遅くなる
こともあります その時間に帰宅する事を考えると寮に入って貰う方が 」
神楽さんの口から父を説得するための言葉が出ると
「そのお話は散々伺いました 今は本人の意思を聞きたいので 」
と言葉を遮り私の目を見て質問を投げかけてきた
「夏美は 今任されている仕事をどう思っている 」
「まだ慣れないけれども やりがいのある仕事だと思っています 」
「きちんと最後まで成し遂げる覚悟はあるのか 」
父は守り人の事など何も知らないはずなのに その質問は私の胸に重く響く
覚悟と改めて聞かれると気持ちが揺らぐが それは誰でも出来る事ではなく
力を宿した人がやらなければいけない事だから
「はい 」 真っ直ぐに目を見据え頷く
「そうか ならばここを出て会社の寮にお世話になりなさい 」
うん なんの話しだ? 真意を掴みかねる私の頭に神楽さんの声が響く
〝少し前から夏美ちゃんの寮への引越しをお願いしていたんだ
それで今日直接会って話すことになっていたわけ だから話し合わせて答えて〟
この二人が家にきた理由は これだったのか…
「いいのお父さん 」
「仕事なんだろ でも休みには顔を見せに帰って来るんだぞ 」
そう言った父の目は少し潤んで見えた
その後母と智兄も交え5人で話し合った結果 9月末の土曜日に寮へ引っ越す
ことが決まった
それが決まってからの日々はあっという間に過ぎ行き 気が付けば当日の朝
になっていた
約束の時間に業者の人が来て 部屋から次々と荷物が運び出されていく
あっという間に作業は終わり がら~んとした部屋を見ていたら
なんだか急に寂しくなってしまった
家族に見送られ 家を出て会社に向かう
会えなくなるわけじゃないのに なんでこんなに寂しく感じるんだろう
でも 自分で決めたことなんだから頑張ろう
会社に着くと 搬入作業を終え帰っていくトラックと行き違った
ガラス扉を開け エレベーターに乗ろうとボタンに手を伸ばすと
扉が開き遠野さんが降りてきた
「夏美ちゃん 待ってたんだから~ 今日から寮暮らしだったわね 」
部屋に案内してあげるから行きましょう と再びエレベーターに乗ると
3階のボタンを押す
「私と夏美ちゃんは3階で 男共は2階の部屋を使っているの 」
一番奥にある扉を開けると 荷物が運び込まれていたが
自分で使っていた部屋より広くて また寂しさがこみ上げてきた
「夏美ちゃん 一人じゃないいんだよ 私たちが一緒にいるでしょ 」
きっと顔に出ていたのだろう 彼女は私の肩を叩いてニコッと微笑むと
「さあ 今日の夕飯はご馳走してあげる 何食べに行く 」
と明るく聞いてきた
そうだ 家族とは別に暮らすことになったけれども 一人になった訳じゃ
ないんだ そう思うと心の中にあった寂しさは少しづつ薄れていった




