繰り返す夢
どのくらいのボリュームになるか未定な話です
気長にお付き合いしてくださると嬉しいです
私の手には刀が握られている
それは暗い空間で青白い輝きをはなっている
何かが近づく気配 そして自分に向けられる痛いほどの殺気…
恐怖に駆られ闇雲に刀を振る 何かをえぐる感触
むせかえるような血の臭いと頬にかかる生暖かい液体
何 わけわからない!
なんで ここが何処だか自分が何をしたのか…
マッタク ワカラナイ
ピピ ピッ ピピピ
耳元で電子音が響く 朦朧とした意識が現実へ引き戻される
カーテンの隙間からまぶしい太陽の光が入り込んでいる
手を伸ばし目覚ましを止めると その手を頬へと持って行き確かめるように触れる
「よかった」
手には 何も付いていない
すぐに起き上がる気分にもなれずにぼ~と手を眺める
桜の花が散った頃から同じ夢を見る 繰り返し繰り返し
闇の中から得体の知れない何かが近づいて来る そして私の手には刀がある
初めのころはそれだけだった
しばらく経って 近づく何者かから悪意ある意識を感じるようになった
そして今日は…
「私は 何を切ったの?」
ふと声が出る あまりにもリアルな感覚が今も手に頬に残っていたからだ
「夏美 起きなさい~ 今日は早く出るって言っていたでしょ」
リビングから母の声が聞こえてくる
いっけない 今日は練習試合があるんだった
慌ててベットから起き上りカーテンを開ける
抜けるような青空とまぶしい太陽 うるさく響く蝉の声
「今日も暑い1日になりそうだ!」
自分に気合を入れるように言い 制服をつかんで洗面所へと向かった
顔を洗い 寝癖のひどい髪の毛にスタイリング剤を吹きつけドライヤーとブラシを使って整える
パジャマを洗濯カゴに放り込むと白いブラウスに袖を通しスカートをはき リボンタイを結び
鏡に写して自分の姿をチェックする
「よし」
リビングのドアを開けると涼しい風があたる
「はぁ~ 気持ちいい」
夏の京都は異常に暑い 盆地の地形のせいで風が抜けずに熱がこもり 目眩すら覚える程だ
「よう 夏美 おはよう」
家族とは違う声にテーブルを見る
「智兄 いつ来たの?」
6歳年上の従兄弟 新堂 智樹が座っていた
智兄は去年大学を卒業して 実家がある東京を離れ京都にある会社に就職したのだ
「昨夜、偶然お父さんと同じ電車に乗り合わせたらしくてね」
台所から母の声がする 味噌汁のいい香りがしてきた
テーブルには、卵焼きにご飯 漬物が並んでいる
「ふ~ん あっ 時間無いから食べるよ。いただきます」
手を合わせて箸を持つ
「それで、お父さんにね たまには寄って行けって 半ば強引に連れてこられたのよ」
味噌汁をテーブルに置き 母は苦笑した
「ふ~ん それは災難だったね 智兄」
「そんなことは無いんだけどね ってか叔母さんに迷惑かけちゃいましたね」
差し出された味噌汁を手に取りテーブルに置くと
「いただきます」
と手を合わせる
「甥っ子が来るのが迷惑なわけないでしょ 智君こそ週末の予定大丈夫なの?」
「ええ 今週はのんびり過ごす予定でしたから」
2人の会話を聞きながら黙々と箸を進める ふと時計を見るともう7時になろうとしていた
まずい7時15分のバスに乗らないと遅刻決定だ まだ半分も食べれていないが仕方ない
「ご馳走様でした」
箸を置き立ち上がると智兄が
「夏美ダイエットか?」
と笑いながら話しかけてきた
「違うよ! 食べて行きたいけど 遅刻しちゃうの」
「学校か? 夏休みだろ」
「今日は部活の練習試合 うちの学校でやるから準備があるんだ」
「剣道か?」
「もちろん」
「ずっと 続けてたんだな…」
「そうだよ 京都に引っ越しても剣道部のある高校選んだからね」
私が剣道を始めたのは智兄の影響だ
私が中学を妹が小学校を卒業するタイミングで父の転勤が決まり
単身赴任を嫌がる父が、母を説得する形で京都に引越しが決まった。
それまでは智兄も通っていた近所の剣道場に一緒に習いに行っていたのだった。
うちの母と智兄の母親は実の姉妹でとても仲が良くて 家が近所だったこともあり
私たちも小さい頃から よくお互いの家を行ったり来たりして遊んでいた。
智兄には4歳上のお兄さんがいるが、年が離れすぎていてあまり遊んだ記憶は無い。
でも6歳年上の従兄弟は優しくて、上の兄弟がいない私は本当のお兄ちゃんのように思っていた。
その智兄が小学校5年の時に 友達の誘われて始めたのが剣道だった。
初めの頃はただ着いて行って見ているだけだったのだが、智兄の竹刀を振る姿がとても格好よくて
それは憧れから 『自分もやってみたい!』 に変わっていった。
小学校に入学と同時に入門し そこからひたすら剣道に打ち込んできた。
稽古は厳しかったし、怒られることもあった。
正直辞めてしまおうか…と今まで何度か考えたこともある。
でもそれ以上に剣道が好きだった。
試合に勝った時の満足感は、他では得がたいものがあった。
もちろん負ければ悔しい 不甲斐ない自分が嫌になることさえある。
1人では続けてこられなかったかもしれないが、周りには智兄や剣道を通じてできた多くの友人が
いてくれた。
みんな私にとってかけがえのない人たちだ。
引越しをして2年半が過ぎた今でも 交流は続いている。
練習試合に来てくれる東京の高校にも友人が通っている。
彼女の話によれば、今年京都で行われたインターハイに個人女子で出場を決めた選手がいて
応援と見学を兼ねて部員全員でこちらに来ることのなったのだという。
そして偶然にも両校の顧問同士が大学時代の友人であったらしく
ただ京都に来て試合を見て帰るだけではもったいない という理由で急遽決まった試合だった。
リビングに置いておいた用具一式を持ち 部屋を出ようとすると
「なぁ 試合って部外者でも見学できるのか? 」
思いもかけない智兄の言葉を聴いて 一瞬動きが止まる
基本学校内の敷地は部外者立ち入り禁止になっている でも智兄は身内と言えば身内だし
はたしてどうなんだろうか?
「う~ん どうかな? 一応守衛さんと顧問に聞いてみないと…」
「そうか 久しぶりに夏美の剣道見て見たいと思っただけだから 気にしないでくれ」
「聞いて大丈夫だったら携帯にメール入れておくね」
見に来てくれるのはちょっと恥ずかしいけど 嬉しいことだから聞いて見よう。
「じゃあ 行って来ます」
「夏美 お弁当代は?」
母が財布を出しながら聞く
「今日は午前で終わる予定だから大丈夫」
時計は7時10分になろうとしていた
「今度こそ 行って来ます」
「慌てないで 気をつけて行くのよ」
「メールよろしくな」
2人の声に見送られて玄関を後にした。