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ツインテールにご用心

作者: ただの物書き

お題「所与の場面からの展開」


登場人物:

主人公:童貞男。

女:髪型ツインテール。かわいい娘ぶりっ子な声質。


場面:

主人公、座って食事中。女が声をかけてくる。

女「隣、良いですか?」

主人公「え、ああ良いよ」

女「失礼します」

女、席に着く。主人公、女にかまわず食事を続ける。

 おいしい、ご飯がおいしいことが嬉しい、そう考えながらひとりの男は口のなかで踊る味のしみこんだ野菜や肉類を大事に大事にかみしめながら、その日の昼食を丁寧に頂いていた。

 場所は男が通う大学の食堂、昼の混雑を避けた三限目であるため人影はまばらでしかなく、男が座っているテーブルは左右にも正面にも誰も座っている様子はない。だが、ひとりで昼食を食べている男にとって、周囲への関心はない。ひたすらつぎつぎ箸で口のなかへと暖かいご飯や総菜、主食である豚の生姜焼きをほうりこんでいき、だらしないまでに頬を膨らませながら笑顔で味わいのみこんでいく。

 口内の食べ物をのみこんだあとは、脇においてある茶色いガラスコップに並々とそそがれてた氷入りの水を、喉をならしながらコップを傾けて一気にのんでいき、飲み終えたあとは顔を上にむけて「はあああ」の言葉をつけて口を広げて男は悦に入っていた。だからか、男はすぐそばにまで来ていた少女の存在にまるで気づいてもいなかった。


「隣、良いですか?」

 

 耳障りの良い高めの声が人の少ない食堂に響く。男以外にも食卓で昼食をとっていた学生が、いまさらになって少女の存在に気づき、興味深そうに視線をこっそりと向ける。なぜなら少女の髪型は漫画で見るようなツインテール、しかしだ現実で見る髪型ではない。だからこそ周囲で静かに飯を食べているものたちは興味を抱いた。

 声をかけられた男はというと、しばらくの間悦にはいっていたためか、少女の掛け声にまるで気づいていなかった。むしろ彼は自分の喉もとを通り過ぎていったおいしい食べ物のことにしか頭のなかがいっぱいで、周囲のことなどなにも見えてなかった。

 ゆえに少女はもう一度言う。


「隣、い・い・で・す・か?」


 はっきりと、強く、ひとつひとつを区切って、言う。瞬間、いままで悦に入っていた男の身体がびくりと震え、おそるおそる背後へと振り返り声の主であるツインテールの少女を認める。すると、すこしだけ驚きの表情を見せたあと彼は口を開く。


「え、ああ良いよ」

「失礼します」 


 男の歯に張り付いた海苔が見えたものの、ツインテールの少女は気にも留めないまま男の隣へと腰をおろし、両手にもっていた昼食がのせられたプレートを机に置く。少女だけでなく、少女の隣にいる男へも周囲から好奇心の視線がふりそそぎ、浸っていた世界から急に現実へと叩き起こされた男は、刺さる視線と隣からただよってくる食事とは別の、そう女性が持つという「良いニオイ」を、小さく鼻をひくつかせながらかいでいた。もちろん、できるかぎり平然とした表情と態度を保ちつつ、だ。

 しかし平然としているつもりなのは男だけで、周りから見ているものからすれば不自然きまわりないことが明らかでもあった、そのことに苦笑を得るものがいれば、そのことに呆れるものもいたりと、反応は様々。なかには腕をふりかぶって口だけで「いけ!」と男に遠くから促すものまでいる始末。

 なんに対しての「いけ!」なのか。視界の片隅で体育会系な学生からのアピールを受け取っていた男は内心にひどい焦りと緊張を得ながらも、理解していた。隣のツインテールの少女へと話しかける、そのことを周りは期待しているのだと。

 けれど、と男は弱気になりつつ自分の服装を見る。靴は星印のはいったスニーカー、ズボンは色褪せてきたジーパン、上着は英語でなにが書いてあるのかわからない灰色のパーカー、髪の毛はぼさぼさで整えてあるわけがない。眼鏡は四角ではないが、良いとも悪いとも言えないいたって普通の眼鏡。唯一、お洒落と言えるのは左手首にみにつけてある高級感のある腕時計。

 携帯電話の普及によって腕時計にたよらずとも時間が確認できるようになった現在、わざわざ腕時計をお洒落以外の目的でみにつけようとする人間はいない。むしろ腕時計なんか貧乏であることが多い大学生がつけてるほうが不自然で、男の少ない友人でも腕時計を持っている人間は少ない。ではなぜ男は腕時計をみにつけているのか。それは男が少しだけ持っていた見栄がさせた買い物だった。

 どうしてそんな買い物をしたのか。理由は故人となった男の祖父が語ったのは「どれだけ貧しくてもどれだけ苦しくとも、時計だけは時間だけは常に見ておけ」という言葉にあった。かつて起こった世界大戦にて戦場の指揮官であった祖父は、作戦の指揮をとるにあたって常に時間を意識しており、古く頑丈な時計を生涯持ち続けていた。

 そんな祖父の生き方と言葉に男は小さいころから憧れを抱いており、もしも腕時計を買うならば上等なものを買いたいとずっと思っていた。そして良い腕時計を買うためにバイトをこなし、食費を減らし、光熱費を減らすため大学にいりびたり、知り合いとの交遊ですらけちっていた。

 ケチで貧乏で腕時計以外は冴えない男。それが自分への他人が持っている印象。男はそう自覚していた。だからこそ、自由に座れる食堂において隣へと座ったツインテールの少女がどういう理由と目的で隣にいるのかがまるでわからなかった。どうやって声をかけていいかも分からなかったのだ。

 さっきまでおいしいと感じていた食事はもはや味を感じなくなり、ただ作業のごとく箸をうごかしては食事を口にはこび、のみこみ、水で潤すだけ。男の隣に座った少女も、なにも言わずに淡々と食事をしており、段々とプレート上にある食物が消えていくだけ。男と少女の周囲、二人をみていたものたちはもはや時間が少ないことを思い焦れていた。

 はやく声をかけろ、骨はひろってやる、爆ぜろマダオ、あることないことを含めた声のない言葉が男の耳には聞こえてくるようだったが、決心はなかなかつかない。どうするかどうしようか、爺さん助けてくれ、天にもすがるようなことを考えている間に声。


「……ごちそうさまでした」


 男が思考している間に、高い声が、食事の終わりを告げたのだ。まだ男は食事途中だったが、そこは男と女が食べる量の違いから起こる時間の妙、量が少ないゆえにあとから食べ始めた少女が先に昼食を食べ終えてしまったのだ。周りから落胆と失笑の声が少ないながらもあがる。駄目だった、こいつはチャンスを生かせなかった、これだから毒男は、心ない声がちいさいながらも男の耳に届いてしまう。落胆、その感情だけが男の全身を一気に染め抜いていき、同時に脱力が起こった。

 しかし、しかしだった。少女が食事を終えプレートを持って立ち上がろうとしたとき、床に落ちた音が響いたのだった。それは脱力した男の指からすりぬけるようにして落ちた箸。右が落ち、左が落ちたことで音は確実に少女の耳へと届き、どういう幸運か箸はころがってツインテール少女の足元へとその身を置く。

 一瞬、少女はどうするか迷った表情を見せたあと、もういちど腰をおろし、上半身をおりまげて足下へころがった箸へ手を伸ばし、片手で箸をつかんで顔をあげた。そのまま立ち上がり、歩き出したかとおもうと少女は箸だけを持って食器を返す場所へと向かう。


「ごめんなさい、箸を落としてしまいました」


 そう言って返却台に男が落とした箸を置き、今度は食堂入口へと足を動かし、入口付近においてある無造作におかれてある大量の箸から二本取る。そして元の席へともどってきた少女は、さきほどから呆然としている男の背後にたって言う。


「どうぞ」


 短いながらも言葉には笑みが付いており、眼鏡をずらしながら振り向いた男に強烈な印象を与えた。可愛い、と。ツインテールという現実離れした髪型であるにも関わらず、男の視界にはもはやツインテールの少女しか映っていなかった。

 勢いとともに片膝を椅子にぶつけて立ちあがった男は右手に受け取った箸を握りしめて口を開く。


「あ、あの!」

「なんでしょうか」


 その行動に周囲のものたちが「オォ!」といろめきたち、熱い視線を男に送る。


「僕と、僕と……!」


 周囲の期待を一心に背負いながら、冴えない男が一世一代の賭けに出ようとした。

  

「僕とぉ!」


 ツインテールの少女はちょっと困った顔ながらも言葉を待っている。


「僕とぉぉぉ!」


 男は腹を括った。


「毎日一緒に昼食をとりませんか!」 


 男と少女の周囲、ずっこける音が複数生まれていた。

 しかし、少女は頬に手をあてわずかに顔を朱にそめながら恥ずかしそうに頷く。


「はい……よろこんで」


 いいのかよ! という周囲から野次が飛ぶものの二人は無視。


「毎日、ということは……プロボーズと受け取ってもよいのでしょうか」


 今度は周囲からの野次が止まり、全員が「!?」の顔。


「そ、そそそそう取ってもらららっても、カマイマセン!」


 最後だけ妙に高い声で返した男に、少女は喜びを笑顔で示す。

 そして少女は箸を握ったままの男の右手を両手で掴み、言った。


「嬉しい! 我が宗教に婿入りしてくださるなんて!」


 場が凍った。


「……しゅう、きょう?」

「はい! 我が家では先祖代々続いている宗教があるのです!

 あ、でもカルトとかではないんですよ? れっきとした唯一神を……」


 もはや嬉々として話し出す少女の言葉は男の耳には入らず、遠い世界からの語りかけにしか感じられていない。周囲も悟りを開いた表情をして、そそくさと食堂からその姿をひとり、またひとりと消していく。厨房で懐かしむように細い目をして二人を見ていたコックのおっさんまでもが、顔に手をあてて左右に振っている。

 すでに立っているだけの肉体と化した男と、笑顔のままツインテールを揺らしながら怪しい単語を連発しだしている少女、その二人を視界から外したおっさんはつぶやく。


「見た目が電波な奴は、中身も電波ってことだ」



カッとなってやった。反省するつもりなど一片もない。

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