歌に乗せた思い出
ある時少年は、夕日色に染まる公園で
透き通るような優しい歌声を耳にした。
歌の嫌いな少年が心惹かれるほど、
それはそれは美しい旋律だった。
まるで魔法にかかったように歩み寄る
少年の姿を見た少女は、そっと歌をやめた。
「こんにちは。あなた、歌はお好き?」
少女がヴァイオリンのような繊細な声でささやく。
少年は、首を横に振った。
少女は、続けて少年に好きな歌を尋ねた。
少年は好きな歌などなかったが、
少女の綺麗な声に興味があったので
今学校で習っている曲、『遠い日の歌』を挙げた。
少女はそっと息を吸うと、
またさっきと同じ声で歌い始めた。
少女は、音程や声質だけではなく、
人の心を惹きつける魅力のある歌を歌うんだ、
と少年は音楽に無知ながらも思った。
少女は歌い終わると、強風と共に消え去った。
それから毎日、少年は公園へ通った。
その度に少女はリクエストの曲を歌った。
少年は歌なんてほとんど知らず、
今まで学校で習った合唱曲を順番に言っていった。
少年もリクエストのネタが尽きてきた頃、
少女は歌った後にそっと口を開いた。
「あなた、歌はお好き?」
最初に出会った時と同じ質問だった。
少年は、その時とは違って首を縦に振った。
少女は、長い髪を耳にかけて嬉しそうに、
でもどこか寂しそうに空を見て話した。
「私、歌って好きよ。
歌はね、思い出をのせるの。
恋をしているときに歌った曲なら、
その時の甘酸っぱい思い出が蘇る。
失恋をしたときに歌った曲ならば、
いい思い出となって蘇ってくる。
それって、とても素適なことだと思わない?」
少年は黙ってうなずいた。
少女は、少年を優しい目で見つめて、
出会ったときに歌っていた曲を歌った。
少年の頭の中には、思い出がいっぱいだった。
この少女と出会った時のこと、
この少女が歌ってくれたたくさんの歌、
この少女のおかげで少しだけ積極的になれた
クラスの歌の練習。
そして、少女は歌い終わると
少年の頬に軽くキスをして、
強風の中に消えていった。
その日を境に、少女はあの公園に
1度も姿を現さなくなった。
少女は、歌声の精だったのかもしれない。
少年は、そう思った。
そして、もう1度会いたいと願いながら、
少女の口ずさんだ歌を歌った。
木々のざわめきの中に、少年は確かに
あの少女の歌声が自分の歌声と重なるのを感じた。




