第9話:強欲の影と、絶対領域の洗礼
『魔の森』の開拓村に、またしても静かな朝が訪れるはずだった。
村の広場では、鍛冶師のガルドが『神の錬金窯』の碧い炎を自在に操り、農夫たちの道具を打ち直している。
その横では建設工のミナが、アルスの付与した『軽量・超強度』の建材を軽々と持ち上げ、新しい集会所の骨組みを組み上げていた。
「アルス様、今朝も村の皆さんは活気に満ちていますね」
セラフィナが焼きたてのパンと、疲れを癒やす加護をかけたお茶をテーブルに並べる。
「ああ。みんなが自分の技術に誇りを持って笑顔で過ごしてくれている。……ここを作れて本当に良かったよ」
アルスが微笑んだその瞬間――。
村全体を包む『絶対不可侵の聖域結界』が、微かな振動とともに警戒の重低音を鳴らした。
「アルス様……! 結界の外縁に、大人数の武装集団が接近しています」
セラフィナの表情が瞬時に引き締まり、その美しい瞳に冷徹な龍の威圧が宿る。
「ただの冒険者ではありませんね。重装兵の足音……そして、殺気を含んだ集団です」
森の境界線へ向かうと、そこには数百人に及ぶ私兵団と、豪奢な馬車が陣を敷いていた。
私兵団の前に進み出てきたのは、王都の悪徳貴族・ハイド子爵と、その傍らでコソコソと身を小さくしている元『光の剣』のレオンだった。
「ふははは! ここが噂の『魔の森の聖域』か! 大した土地だな!」
ハイド子爵は肥満体を揺らし、下品な笑みを浮かべながらアルスを見下ろした。
「おい、無能錬金術師アルスとやら! 貴様がこっそり溜め込んでいた古代の遺物『神の錬金窯』と、この豊かな領地をすべて我がハイド家に引き渡せ!」
「子爵様……! あいつです! あいつが俺たちの道具を手品みたいなイカサマで奪い、こんな森の奥に隠れ家を作っていたんです!」
レオンはハイド子爵の威光を背に受け、醜い嫉妬と欲望に満ちた顔でアルスを指さした。
自らの実力不足で落魄れた現実を受け入れられず、ついに悪徳貴族に尻尾を振り、アルスの成果を奪い取ろうと画策したのだ。
アルスは冷ややかな視線をレオンに向け、静かに口を開いた。
「レオンさん……どこまで惨めになれば気が済むんですか。あなたたちが失ったのは装備の加護だけじゃない。冒険者としての誇りまで捨てたのか」
「黙れ黙れ黙れ! 俺はSSSランクの天才剣士なんだ! お前みたいなゴミがこんな素晴らしい街の主になっていいはずがないんだよ!」
発狂したように叫ぶレオンを制し、ハイド子爵が好色な目つきでセラフィナを見つめた。
「ふむ、その龍人族の女も素晴らしい逸品だな。我が屋敷の奴隷にしてやろう。おい私兵ども! 反抗する者は殺せ! あの錬金術師は生かして捕らえ、死ぬまで我が家のために働かせるのだ!」
数百の私兵が一斉に剣を抜き、大声を上げて開拓村へ押し寄せる。
「アルス様、私の炎で焼き尽くしましょうか?」
セラフィナが静かに一歩前へ出ようとしたが、アルスは優しく彼女の肩を制した。
「ううん、セラフィナ。手を出さなくていいよ。……この村は、もうただの隠れ家じゃないんだ」
アルスは腰の作業用ナイフを抜き、地面に深く突き刺した。
付与する概念は――『侵入者絶滅の重圧』および『武器の絶対無効化』。
「『概念錬金』――『聖域領域・完全発動』!」
ドォンッ!!
地響きのような衝撃波とともに、村全体を守る『神の錬金窯』の碧い光と、アルスの金色の魔力が融合し、天空へ駆け上がった。
次の瞬間、襲いかかってきた数百人の私兵たちが手にしていた剣や槍が、まるで砂のようにサラサラと崩れ落ちた。
「な……なに!? ワシの自慢の鋼の剣が!?」
「手、手が重い……! 体が動かねえええっ!?」
重力そのものが数百倍に増幅されたかのような圧倒的な威圧感が私兵団を襲う。
兵士たちは戦うどころか、悲鳴を上げながら次々と地面に膝をつき、平伏させられた。
「ヒッ……ヒイイイッ!?」
ハイド子爵は恐怖のあまり泡を吹き、その場に崩れ落ちた。
レオンもまた、絶望的な力の差に刃一つ立てられないことを思い知り、歯をガタガタと鳴らして腰を抜かしている。
「レオンさん、ハイド子爵。……これが、俺とこの村の仲間の『誇り』で作られた領域です。あなたたちの欲望ごときで踏み荒らせる場所じゃない」
アルスの静かな、しかし絶対的な言葉が森に響き渡る。
その時――。
「そこまでだ!」
凛とした声とともに、馬に乗ったエレナ率いる王都騎士団の本隊が駆けつけてきた。
「ハイド子爵! 私兵を無断で動かし、王都の協定を結んだ『魔の森の聖域』へ不法侵入および略奪を企てた罪で拘束する! レオン、お前もだ!」
「な……騎士団!? なぜここに……!?」
エレナは背中の細身の剣――アルスが『記憶の継承』と『不滅の絆』を付与した愛剣を引き抜き、ハイド子爵の首元に突き突き突きつけた。
「アルス殿から連絡を受け、すぐに駆けつけた。……我が愛剣が与えてくれた絆の導きにな」
騎士たちによって手縄をかけられていくハイド子爵と私兵たち。
レオンは連行される間際、力なく項垂れ、アルスとセラフィナが並び立つ温かな領域をただ指を咥えて見つめることしかできなかった。
欲望の影は完全に払われた。
「アルス殿、見事な手際だった。……いや、君たちの絆の力というべきだな」
エレナが兜を脱ぎ、清々しい笑顔を向ける。
「ありがとう、エレナさん。助かりました」
村へ戻ると、ガルドやミナたち村人が大歓声で俺たちを迎えてくれた。
「さすがアルス様だ! あんな悪徳貴族なんて一蹴だ!」
「俺たちの街は世界一安全で、世界一最高の場所だぞー!」
歓喜に沸く村の中心で、セラフィナがそっと俺の隣に寄り添い、腕を絡めてきた。
「アルス様……これからもずっと、この温かい場所で貴方様と共に歩ませてくださいね」
「もちろんさ、セラフィナ」
最果ての地に築かれた聖域は、虐げられた者たちの希望の光となり、これからもどこまでも温かく、強く発展し続けていくのだった。




