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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

夏の出来事 ~それは愚かな勘違い~

作者: 空き缶
掲載日:2026/03/08

 俺は普通の人間だと思う。

 いい人ではなく普通の人。誰かが傷ついていれば助けてあげたいと思うし、自分が誰かを傷つけるのは抵抗感がある。

 人を殺したりするような悪人でなければ、どんな悪人でも助けようとするほどの善人でもない。

 そんなどこにでもいる高校生。それが俺、斉木優斗さいきゆうとだ。


 ―――だから、その出来事は衝撃だった。

 

 今、俺の目の前では、いわゆる殺人事件が起こっている。

 飛び散る血しぶき、絶叫しこと切れた死体、月明かりを反射し光り輝く刀、そして返り血に染まる人殺し。

 

 普通こんな場面に遭遇すれば、恐怖に支配され逃げ出すだろう。けど、今の俺の頭を支配しているのは恐怖それだけじゃない。

 

 「……………綺麗…」


 思わずそんな言葉が口から漏れ出る。


 観念して白状しよう。――――この瞬間、俺は目の前の人斬りに恋をした。

 人が殺されているというのに、倒れる死体には目もくれず、俺の視界には、この美しい人斬りしか映らなかった。



 ――   ※   ※   ※   ※   ――



 『速報です。――本日、木枯市(こがらしし)にある、A川の川沿いで、新たな遺体が発見されました』


 目の前にある黒いテレビ、その液晶の向こう側にいるニュースキャスターは、真面目腐った顔でそう言った。


 『検視によりますと、遺体は刃物のよなもので深く斬りつけられたような痕があり、警察は、またも”辻斬り”の犯行である可能性が極めて高いとのことです』


 七月上旬。夏休みが近くなり、学生ならば気分が浮つく時期。俺は学校から帰宅し、リビングでコーラを飲みながらそのニュースを見ていた。

 普段なら、帰宅してすぐ自室へ向かいゲームに興じていただろう。

 ただ、今回は違った。

 理由は見ての通り、ニュースが気になったからである。


 「怖いは~、”辻斬り”だなんて。――優斗も外出るときは気をつけなさい」


 「うん。わかってる」


 台所から聞こえる母親の声に、俺はテキトーな返事をした。テレビでは、ニュースキャスターと警察の偉い人が、”辻斬り”について話している。


 『”辻斬り”の被害者の方は、今回で五人目になるわけですが、未だ犯人は捕まっていません。――このことについて、警察としてはどのようなお考えなのでしょうか?』


 『はい。被害者の方は全員……刀で斬りつけられたことにより死亡しています。――このことから、犯人は木枯市に住む二十代後半~三十代前半の男性と思われ。また、被害者に共通点が見られないことから、恨みなどの明確な理由はなく、快楽のために犯行に及んでいるものと推測しております』



 ――この事件の六月に入ってすぐに、始まった。

 場所は埼玉県の端っこにある小さな片田舎、木枯市。俺の住む町だ。

 最初の被害者は公務員の男性。彼が住んでいる家の近くにあるごみ捨て場で発見された。その後も次々と犯行は行われ、たった一か月ちょっとで五人もの被害者を出している。


 この事件が騒がれている理由は、被害者の数以外にも約二つほどある。


 一つは、未だ犯人の正体がはっきりとつかめてはいないこと。防犯カメラに映る犯人は、後ろ姿だけだったり、仮面をつけていたり、フードを深く被っていたり、そもそもカメラの無いところで殺人が行われていたりする。他の防犯カメラで足取りを追跡しても、いつも途中で見失ってしまう。

 そのため、犯人の性別すらはっきりしていない。


 テレビで警察の人は、『犯人は二十代後半~三十代前半の男性』と言っていたが、これは刀を使って斬殺するなんて、女性の筋力でできるとは思えないから。という理由に過ぎない。


 二つ目は、先程も言った、犯人が刀を使用して犯行に及んでいる点だ。

 現代日本において、殺人事件で刃物と言えば、包丁か果物ナイフなどの小さい刃物だろう。しかしこの事件では刀。


 一つ目の理由も相まって、一部のネットでは『令和の辻斬り』と呼ばれ、ちょっとした人気になっている。中にはスリル味わいたさから、もっと殺せと発言するバカもいる。

 ただこの人気は、自分は大丈夫だと楽観視している愚か者どもによる不謹慎な人気だ。


 かくゆう俺もその手合い。

 さすがにもっと殺せだなんて…そんな人として最低なことは考えていないが、自分が犯人に遭遇するだなんて考えていなかったし、この事件にスリルを感じて高揚しているのは事実だ。


 ――だから、これはちょっとした気の迷い。


 深夜、小腹がすいて近くのコンビニへ向かおうとした。その途中、何か物音が聞こえた気がして別の道――人気のない神社――に入ってしまった。


 「―――――」


 声にならない絶叫が聞こえる。

 地面は血の湖が広がっている。

 目の前には、刀を持った人殺しがいる。


 「君は…――」


 犯人は女だった。艶のある黒い髪、端正な顔立ち、―――大和撫子(やまとなでしこ)を体現したような女だ。


 「…………綺麗…」


 俺の口からそんな呟きが漏れる。


 「フフ、ありがとう!」

 

 彼女はあどけない顔で笑った。そして――


 「目撃されたら殺すつもりだったんだけど、その発言と()()()()であることに免じて、見逃してあげる」


 それだけ言い残し、緩慢な足取りで神社から去っていった。



 ――   ※   ※   ※   ※   ――


 

 翌日。俺は午後から学校に登校した。


 理由は事情聴取。なんでも、例の死体を神社の神主が発見し通報がされ、警察が調査したところ防犯カメラに、神社から走って立ち去る俺が映っていたそうだ。

 

 聴取の内容は、犯人を見たか?という内容。

 俺は見てないと答える。通報もせず走り去った理由も、気が動転してしまい冷静な判断ができなかった。と言ったら納得してくれた。




 学校に到着。今はちょうど一時になったところだから、昼休みの時間となっている。

 外用の靴から上履きに履き替えて廊下を進む。階段を上って二階まで行くと、2-3と書かれた札が下がっている教室へ足を踏み入れる。


 そしたら、目の前に誰かが飛び出してきてた。


 「おはよう!いや、今はこんにちは、か。――まぁどっちでもいいか。とにかく今日は遅かったな、優斗!!」


 このいきなり出てきたうるさいのは、朝田という名前の男。――不本意ながら、俺の友達だ。


 「こんにちは、朝田。今日もうるさいな」


 「おうよ。――木枯高校二年朝田、生まれてから十七年。ずっとこのキャラで生きてんだよ。それを今更キャラ変なんて真似できるかー!」


 ……うざい。頼むからもうちょい静かにしてほしい。

 俺は朝田を無視して自分の席に座った。


 「優斗く~ん。俺ちゃんのこと無視しないでー」


 朝田はくねくねとしたキモい挙動と言葉遣いをしながら、俺の座る席までついてきた。


 「まぁ、おふざけはもういいとして……優斗、メールくらい見ろよ。いくら送信しても既読一つ付かねぇの。とうとうお前が死んだかと思ってヒヤヒヤしたぜ」


 急に真面目になったかと思うと、意味の分からないことを言ってきた。俺は鞄からスマホを取り出して画面を見る。すると、たしかに朝田からのメールが届いていた。十件ほど。


 「……多いな。ていうか、なんで既読つけないだけで死んだと思ったんだよ」


 「?、そりゃ今朝のニュースで六人目の遺体が発見されたって報道されてたからだよ。――場所は近くの神社だとさ」


 それを聞いて俺が驚いた表情をすると、朝田はニュース見てないの?と見つめてきた。――やめろ!その無知を憐れむ視線……殴りたくなる。


 (にしても、そうか……新しい遺体が発見されたなら、そりゃ、ニュースになるか…)


 俺の頭には、昨夜の光景が蘇った。

 昨夜、例の神社で見たものは今でもはっきりと再生できる。こと切れた死体はもちろん、あの美しい人斬りも……


 「――夜月さん」


 俺が教室で考え込んでいると、廊下からそんな声が響いてきた。

 視線を廊下に向けると、一人の女生徒が二、三人の同級生とともに廊下を歩いている。


 「今日の放課後、一緒にカラオケ行きませんか?」


 「ごめんなさい。今日の放課後は予定があるの」


 そう言って誘いを断った女は、夜月紗和香(よあかりさわか)という。”月”と書いて”あかり”と読む、なかなか変わった苗字をしている。

 彼女は、この学校では知らないものがいないほどの美少女だ。容姿端麗で、成績優秀、身体能力も高く、それでいて少し俗っぽいところもあるなど。

 入学してから二年、同級生や先輩関係なく数多くの生徒から告白せれ、その全てを振っている。


 ようするに学校の人気者である。


 そんな様子を眺めていると、不意に彼女と目が合った。

 俺の視線と彼女の視線が交錯する。そして――


 「――あ!!」


 昨夜会った人斬りと、彼女の顔が一致する。

 俺は電流が流れたような衝撃を受けて、椅子から立ち上がった。

 

 「ど、どうした優斗。そんな大声で立ち上がって」


 朝田に言われて、自分のやらかしに気づく。周囲に視線を向けると、クラス中の視線が俺に集まっていた。


 「……え~と………あ!忘れもの思い出した。取りに行かなきゃー(棒)」


 俺はいそしそと教室を後にする。






 「びっくりしましたね…夜月(よあかり)さん」


 優斗の奇行を見て、先程まで夜月と話していた女生徒が夜月に同意を求める。

 夜月本人はというと――


 「ええ。そうね」


 とだけ返事をし、走り去っていく優斗を見つめていた。

 


 ――   ※   ※   ※   ※   ――



 俺は無我夢中で走り続け、校舎裏にたどり着いた。


 「はあ、はあ……あぶねえ、つい逃げてきちゃった」


 壁に背中を預けて、両膝に両腕を置くようにして座り込んだ。落ち着いて、息を整える。


 (夜月さんの顔、どう見てもあの犯人だったよな……)


 落ち着いたら、彼女のことを考え直す。

 あの神社で見た顔と、先程の夜月さんのが同一であることを再確認して、やっぱり同じだという結論に達した。


 チャイムの鳴る音が聞こえる。昼休みは終わり、午後の授業が始まった。

 今から戻っても怒られるのは確定だし、このままさぼってしまおう。


 ――それにしても……彼女の顔が頭から離れない。

 昨夜見た、返り血で染めた美しい顔。ついさっき、見つめ合った視線も……何故か頭から離れない。


 ――これはひょっとして……あれか?あの『こ』から始まって『い』で終わるあの感情か?


 そう思い至り、全力で頭を振るい、否定する。


 (いや、ありえない。それじゃあまるで、俺が血を見て興奮する変態のようではないか。――これは単に殺人の現場が衝撃過ぎて頭から離れないだけだ)


 ……きっとそうだそうに違いない。


 俺は無理矢理自分を納得させた。そうと分かればもう悩むことは無い。俺は残りの時間をただボーっとして過ごそうとする。が――


 「――おかしいなぁ、斉木くん。君は校舎裏に忘れ物をしたのかい?」


 という声によって失敗した。


 「よ、夜月さん……」


 俺が驚いている隙に、彼女は一歩、また一歩と近づいて来る。


 「人の顔を見るなり、いきなり逃げだすなんて失礼な人……驚くのはわかるけど、あんな風にされた私だって傷つくのよ!」


 俺は必死に誤魔化しの言葉を考えようとしたが、なにも浮かばなかった。

 そもそも、今までだって廊下で軽く見かけるぐらいで話したことが全然ない。そんな相手にどう誤魔化せと言うのか。


 ……それはそうと、こうして改めて見るとやっぱり―――


 「綺麗な顔だなぁ……」


 俺の口から再びそんな言葉が漏れる。俺はそのことに気づいて、慌てて言い訳をしようとするが。


 「……ありがとう!君のそれは口癖なの?」


 彼女が見せる笑顔によって、またも失敗した。



 ――   ※   ※   ※   ※   ――

 


 「え!じゃあ私のこと警察に言わなかったの?」


 「まぁ、はい。あの時は夜月さんだって気づいてなかったですし……」


 俺は現在、校舎裏で人斬り(よあかり)さんとの会話に花を咲かせていた。

 

 「へぇ~、じゃあこれから通報するの?」

 

 「しませんよ。証拠も何もないので」


 通報しない理由はほかにもある気がしたが、それはきっと勘違いなので言わないでおこう。


 「そっか……斉木くんって、だいぶ変わった人なのね」


 それは心外、俺は充分普通の人間だ。


 ――しかしこうしてしゃべっていると、彼女が辻斬り事件を起こしてる犯人だとはとても思えない。何か理由でもあるのだろうか…


 「あの、夜月さんはどうして辻斬りなんてしてるんですか?」

 

 意を決して聞いてみることにした。


 「う~ん……どうして、か。理由はそうね………娯楽だと思うわ」


 すると、意外にも教えてくれた。


 「娯楽?」


 「ええ、娯楽。皆は暇な時とかにゲームしたり漫画読んだりするでしょ!私の場合、それが人斬りなの」


 ちょっと肩透かし。

 何か壮大な理由があると思いきや、ただの暇つぶしとは。


 「斉木くんは暇なとき何してる?」


 「俺は……ゲームですかね」


 少し考え込んでからそう答えた。こういう時に、サッカーです。とか言える好青年ならモテるのかもしれないが、あいにくスポーツ全般が苦手だ。ちなみに、最近は某インクで戦うゲームにはまっている。


 「ゲームか~、私も少しだけやってるの。あの動物が集まって町おこしするやつとか」


 「へぇ~。ちょっと意外です」


 人を殺してリアルの町を混乱に落とす傍らで、動物を集めてフィクションの町を潤してたのか……





 こうして話しているうちに、時間はどんどん過ぎている。気が付けば、五時間目をすっ飛ばして六時間目の授業が終わりを迎えようとしていた。


 「あ!もうこんな時間。斉木くん戻りましょう。――さすがに帰りのHR(ホームルーム)は出席しないと」


 「そうですね」


 名残惜しい気がしたが、仕方がない。俺は彼女の後ろについていく。


 「そういえば夜月さん」


 「なに?」


 「俺の呼び方、優斗でいいですよ。皆そう呼んでますし」


 俺がそういうと彼女はうなずき――


 「オッケー。じゃあ私のことも紗和香でいいわ!」


 笑みを浮かべながら、そう言ってくれた。



 ――   ※   ※   ※   ※   ――



 あれ以降、紗和香さんとの交流が増えていく。

 一緒に昼飯を食べたり、選択授業で席が隣になったりしたこともあった。


 

 その一方で、辻斬りの被害者は増加していった。





 ある日、ふと気になったのでこんな質問をしてみた。


 「紗和香さんって、どうやって警察とか防犯カメラの目をかいくぐってるの?」


 「やっとそれを聞いてくれましたか、優斗くん」


 紗和香さんは、待ってましたと言わんばかりにそう答えた。


 「それはね…―――――――-こうやってるの!」


 そう言うと、彼女はビルの出っ張りに手足をひっかけ、屋上へとすらすらと上がっていってしまった。

そして、見せ終わるとすぐさま戻ってくる。

 なるほど……たしかにこれなら見つからない。


 「すごっ!」


 俺はそれに驚いて、素直に称賛を口にした。





 一学期が終了し、夏休みに入る。


 その日、俺は偶然辻斬りを行う紗和香さんに出会った。


 「紗和香さん、今日も?」


 「うん、まあ。優斗くんはどうしたの?こんな夜遅くに」


 「暇だったから、散歩してただけ」


 「そう。夜道にはきをつけてね」


 「紗和香さんがそれ言うんだ」


 俺は軽く笑いながら答える。


 足元には死体が転がっている。被害者の数はとうとう二桁に到達した。これで十三人目の被害者だ。

 それはそうと、返り血に染まった彼女は相変わらず美しい。





 夏休みに入ったある日俺は紗和香さんに誘われ、隣町のショッピングモールがに来ていた。

 経緯としては、ある日突然『優斗くん私とデートしない?』と誘われたから。


 「ねえ、優斗くんこれ似合う?」


 そう言って彼女が試着して見せたのは、着物だった。黒を基調とした花柄の着物で、それを着た紗和香さんはもはや、大和撫子そのものだ。

 

 「めっちゃいい!綺麗さが倍増した感じがする」


 「本当?じゃあこれ買お!」


 時間はあっという間に溶けていく。俺たちは、その日以外にもいろいろなところに遊びに行った。

 遊園地、市民プール、花火大会など。


 時間がいくらあっても足りない。そう思えるほど二人で遊び続けた。


 そして、俺たちが遊ぶ一方で、犠牲者はまだ増えていく。


 しかしそんなことは関係ない、辻斬りは紗和香さんのプライベート。いくら仲良くなったとはいえ、そこに深く踏み込むつもりは毛頭ない。



 


 夏休み終盤、俺は朝田と二人で、夏休みの宿題を終わらせようと頑張っていた。……相変わらず殺人的な量だ――

 

 「なぁ優斗、お前いつからそんなに仲良くなったんだ?」


 宿題の量に苦しんでいると、朝田がそんなことを聞いてきた。


 「仲良くって……誰と?」


 「夜月紗和香さんに決まってんだろうが!夏休み前からお前ら二人ともよく一緒にいるなぁとは思ってたよ。けどまさか……まさか二人で買い物に行く仲だったなんて!」


 言われて気づく。


 「お前、ひょっとして夏休み中に俺らのこと見かけたの?」


 「見かけたよ!ずいぶんと楽しそうに花火を眺めてましたね!?」


 あの花大会にいたのか……いやまぁ、近くで開催されたやつだったし、こいつが花火の会場に居ても何の違和感もないのだが……。

 俺は誰かに見られるということを全く考えていなかった。


 「まあ、安心しろよ。お前が思うような仲じゃないから」


 俺は妬みを隠そうともしない朝田を、落ち着かせるように言った。

 

 「そうなの?……いや、そうでなくとも、女子と二人きりというのが羨ましい。そして妬ましい」


 朝田は食ってかかってきた。……しつこい。

 しかし、俺が言ったことは事実だ。


 たしかに、デートに誘われたことはあったが、あれは単に俺をからかう発言だろう。その証拠に、デートにありがちな甘酸っぱい出来事は皆無だ。

 実際はそんなものなのかもしれないが、とにかくなにも無かったのである。


 朝田のしつこい追及をかわすついでに、テレビを点ける。


 『速報です。本日午前九時ごろ、また新たな遺体が発見されました。遺体の状態から、今回も『辻斬り』の犯行と思われ―――…』


 例の事件が取り沙汰されていた。ニュースキャスターは相変わらず真面目腐った顔で読み上げる。


 『現場には容疑者のものと思しき毛髪が確認され、現在警察の手で調査が行われています」


 ニュースはそう締めくくられる。少しずつではあるが、警察は確実に犯人の正体に近づいていた。

 俺はただ、テレビのモニターを凝視することしかできなかった。






 宿題を終わらせ、朝田と軽く遊ぶ。しばらくすると日が沈み始めたので、お互い家に帰った。


 俺はベッドで横になりながらスマホを見る、そこには紗和香さんからメールが届いていた。

 

 『今夜、夏祭りに行こう』


 俺は『いいよ』と返す。





 

 二人で祭りの会場を進んでいく。色んな屋台をめぐっては、穏やかに時間を消費していった。

 ただ、気になることがある。紗和香さんがやたら落ちつきがないように見える。

 さすがの紗和香さんも、警察が近づいてきて焦っているのだろうか……


 「ねえ優斗くん」


 「なに?紗和香さん」


 「楽しいわね……」


 彼女は遠くを見つめながら、それだけを口にした。


 「――――、……そうだね」


 その言葉が自然と口から出た。


 俺たちはただ、並んで景色を眺めている。

 今は人々の喧騒と、祭囃子だけが、鼓膜の中を支配した。



 ――   ※   ※   ※   ※   ――



 私は頭のおかしい異常者だ。

 人を殺すのが趣味であり、人を殺すのが楽しいと感じている。

 それが人として間違っているのは自覚しているし、こんな異常者はとっとと捕まるべきだとも思う。


 そんな、どこにもいてはいけない高校生。それが私、夜月紗和香(よあかりさわか)だ。


 ――だから、その出来事は無くはないことだと思った。


 目の前には同年代らしき男の子。私が趣味に興じる瞬間を見られてしまった。

 私は口封じのため、彼を殺そうと思う。

 かわいそうだと思うけど、仕方がない。私は警察に捕まりたくないのだ。


 少年のもとへ近づいていく。――そして気づく。


 「君は…――」


 目の前にいるのは同じ学年の斉木優斗くんだ。あまり話した記憶はないが、選択授業が一緒なので覚えている。

 

 (知り合いか~、ちょっとやだな)


 気は進まないが、見られた以上は仕方ないと刀を振りかぶった。


 すると――


 「………綺麗…」


 彼の口からそんな言葉が聞こえてくる。

 どうしてかはわからないが、私はそれが面白くて――


 「フフ、ありがとう!!―――目撃されたら殺すつもりだったけど。その発言と顔見知りであることに免じて見逃してあげる」

 

 それだけ言い残して、神社を立ち去った。


 少し考える。

 ……まずかったかなぁ。


 あの後彼は、きっと警察に通報しただろう。早ければ明日の朝には、家に警察が押しかけてくるかもしれない。


 (……まぁ、いいか)


 彼が原因で捕まるのなら、それはそれで構わない。

 何故かはわからないが、その時私は確かにそう思ったのだ。





 翌日、私は普通に登校できた。


 「――おかしいわね」


 私は首を傾げた。どれぐらいかというと、ここがアニメや漫画の世界なら頭の上に?がいっぱい見えるくらいだ。


 起きたら警察に取り囲まれてるかもと考えていたが、そんなことは全くない。

 それどころか、警察の影一つ見えない。


 「まだ調べてる最中なのかしら……」


 どういうことか聞いてみたくて、三組を訪ねたが彼の姿は見当たらない。

 彼のクラスメイトに尋ねてみると――


 「――それがあいつ、今日学校来てないんですよ……メール送っても既読一つ付かないし」


 とのことだ。仕方がないので自分のクラスに戻る。





 午後一時頃、彼が学校にやってきた。教室に視線を向けると彼と目が合う。

 すると彼は、驚いた表情をした後、取り繕ったのが丸わかりの棒台詞を残して校舎裏へと走っていった。


 追いかけると、彼は校舎裏で考え込んでいた。その姿が面白くて、つい――


 「おかしいなぁ、斉木君。君は校舎裏に忘れ物をしたのかい?」


 意地悪をしたくなってしまった。

 驚いた表情も面白くて、教室でのことを責めてみた。

 仕方ないところがあるとはいえ、顔を見るなり逃げられて私も少しショックだったのだ。


 これにはどんな顔を見せてくれるのか期待しながら、彼の表情を観察する。


 「……綺麗な顔だなぁ」


 しかし期待は裏切られ、彼は再びそんな言葉を呟いた。

 私はやっぱりそれが面白くて――


 「……ありがとう!君のそれは口癖なの」


 つい笑顔になってしまった。





 いろいろ質問してみたが、やはりこれが一番の衝撃だった。

 なんでも彼は、警察に私のことはしゃべらなかったらしい。当時は単に、私が人斬りであることに気づいていなかっただけのようだが、こうして理解した今も話す気はないという。


 それがどうしてもおかしくて……。


 ――もっとこの人を知りたい。


 と、確かにそう思ったのだ。



 昼食に誘うようになった。

 休み時間に彼のもとへ向かうことが多くなった。


 そして、夏休みになってもそれは変わらない。

 彼によく電話をかけては、いろいろなことに誘った。


 一番記憶に残っているのは、ショッピングモールでの買い物。

 私が面白半分で試着した着物を彼は素直に褒めてくれた。


 それがとてもうれしくて、買うつもりのなかった着物を買ってしまう。



 しかし、その一方で辻斬りの回数も増えていった。

 それは今までの暇つぶしと違い、感情の否定による行動だった。

 

 彼といると、毎日が楽しくて仕方がない。


 ――けどそれは良くない。この感情を認めるということは彼を■すということだ。


 (そんなこと……したくない)


 自分の感情(こころ)に嘘をついて、今日も彼と町を歩く。



 


 時は流れ、夏休み終盤。スマホでニュースを眺めていると、こんな記事を発見する。


 ”辻斬りの現場で犯人のものと思しき毛髪を確認。辻斬りの正体も目前か!”

 

 この時私の中には、驚きや逃げなきゃという考えよりも諦めに近い感情があった。


 (もうすぐ捕まる。なら、その前に――)


 斉木優斗宛てに一通のメールを送信する。


 『今夜、夏祭りに行こう』


 以前の私なら、逃げるか最後に一人殺しに行こうとしていたかもしれない。けど今は――


 スマホが光る誰かからメールが届いた合図だ。


 『いいよ』


 そんなたった一言に、胸を弾ませている。



 祭りの会場で彼と私は合流した。

 周囲からは、にぎやかな喧騒が聞こえてくる。

 

 二人で一緒に祭の会場を進んでいく。色んな屋台を巡っては穏やかな時間を消費していった。

 私は少し浮ついていた気がする。彼はそんな私を不思議そうに眺めている。


 「ねえ、優斗くん」


 「なに?紗和香さん」


 「楽しいわね……」

 

 私は遠くを見つめながら、それだけを口にした。


 「――――、…そうだね」


 彼の優しい呟きが返ってくる。

 

 人々の喧騒と祭囃子だけが聞こえてくる。わたしも彼も一言も話さない。

 

 ――そんな空白の時間すら心地いい。


 こうなったら認めよう。観念して白状しよう。

 私は彼のことが好きだ。―――好きで、好きで、愛している。

 しかしそれ故に、私はこの人を傷つけることになるだろう。


 だから今日だけは、今日まではこの心地いい時間に身を預けていたい。



 ――   ※   ※   ※   ※   ――


 

 私はやはりどうしようもない異常者だ。

 彼をこれほど愛おしいと思っているのと同時に殺してあげたいとも思っている。

 今まで必死に自分の感情を誤魔化してきたが、それはもう不可能らしい。



 ――   ※   ※   ※   ※   ――


 

 夏祭りの翌日、俺は紗和香さんに呼び出された。

 時刻は深夜十一時、場所は近くにある神社。俺がはじめて辻斬りを目撃したあの場所だ。


 鳥居をくぐって境内に入ると、目の前には着物姿の紗和香さんがいた。


 「紗和香さん。どうしたのこんな時間に呼びだして?」


 とりあえず尋ねてみるが、紗和香さんは答えない。ただ、ジっとこちらを見つめている。


 「ええ……とぉ―――」


 俺はどうすればいいのかわからず、立ち尽くすしかない。


 (なんか雰囲気がいつもと違う)

 

 違うことと言えば雰囲気以外にもいくつかある。

 まず刀。普段俺と遊びに行く際、彼女は刀なんて持ち歩かない。刀を持ち歩くのは決まって誰かを殺そうとする時だ。  

 次に着物。今彼女が来ているのはこの前ショッピングモールで紗和香さんが買ったものだ。祭りのときには別の着物を着ていたし、普段から着物を着るような人でもない。


 (………もしかして)


 嫌な予感が頭をよぎる。

 今すぐこの場から逃げろと全神経が警告してくる。


 「――優斗くん」


 ここで、ようやく紗和香さんが言葉を発した。


 「殺してあげる」


 紗和香さんは穏やかな笑顔でそう言った。

 それは無慈悲であり、慈悲に溢れた宣告だ。

 俺は頭を貫かれるような衝撃を受けて、その衝撃が抜けきらないまま問いかける。


 「な――…なんで?」


 「おかしなことを聞くね。私は人斬りの殺人鬼、優斗くんもわかってるでしょう」


 「そう、だけど……殺す理由を教えてくれないと納得できないよ」


 俺はどこかずれた返事をした。

 それを聞いた彼女は俺から視線を外して、遠くの景色を見つめながら、自分の感情を吐き出す。


 「私は、君のことが好きなの。もうどうしようもないくらい……だから君を殺す」


 「い、意味がわからない。それでなんで俺を殺そうと思うの。紗和香さんにとっての殺人はただの娯楽なんでしょ、なら――」


「そうね……確かにあの時は……あの時まではそうだった。けど今は違う、君を好きだという気持ちが強くなるほど君を殺したいと強く思うようになってきた。―――それがどうしようもないほど大きくなって、もう抑えられないの……だから私はあなたをこの手で殺す」


 彼女は話し終わると、俺の返答も待たず斬りかかってきた。


 俺は急いで逃げ出す。背後を気にする余裕もないまま、全速力で家まで走った。

 しかし、相手は今までバレることなく大勢の人を殺してきた人だ。それを相手に長く逃げ続けられるはずがない。


 「―――あ」


 まず足を斬られた。俺は走る勢いにのって無様に地面へ倒れる。


 彼女は俺の上にまたがり、刀を突きたてた。

 そのまま腹部を切り裂かれ、腹から血とか内臓とかがぼろぼろと溢れ落ちる。

 

 目の前には、あの日と似た光景が広がっている。


 月明かりに照らされる刀、地面を彩る真っ赤な血液(おれ)、―――そして、やはり美しい人斬りの少女。


 見れば、彼女の目からは涙があふれていた。


 「ごめん、ごめんなさい……優斗くん」


 「は、はは…………」

 

 俺は笑った。消えてしまいそうなほどの、か細い声で。


 ――だって、目の目にはとてもおかしな光景が広がっている。

 

 俺を殺したくないのに殺したいという、矛盾を抱えた女性が涙を流している。


 ……意識が遠のく、もうすぐ死ぬ。

 だから最後にこの言葉を残して逝こう。


 「――――綺麗だ…」


 「―――!」


 その言葉に、彼女は驚きの表情を見せた。そして――


 「君のそれは口癖なの……?」


 涙をながし、ほがらかな笑みを浮かべて、そんないつかの言葉を返してくれた。





 俺は間もなくこと切れた。

 後に残ったのは、人斬りと、少年と、赤い血と―― 


 二人が残した言葉だけ。


 一連の辻斬り事件はこうして幕を下ろした。





 ――   ※   ※   ※   ※   ――


 

 

 

 俺は自分を普通の人間だと思っていた。

 ―――どうやらそれは愚かな勘違いだったらしい。


 

ここまで読んでくれてありがとうございます。

短編小説を書いたのは初めてなのですが、楽しんでいただけたのなら幸いです。


私は現在この短編以外にも『夏村晴明の非日常』という作品を連載しています。興味のある方は、ぜひそちらも読んでみてください。

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