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貴族は大地に感謝した

 

 くわを上げる。振り下ろす。

 軽く引いて土をほぐし、再び振り上げる。

 その動作を繰り返しながら、エリシオは「ふぅ!」と息を吐いた。


 空はとびっきりの晴天である。


 太陽はちょうど真上に来たところか。

 一日で一番明るい時間、けれど顔に差し込んでいた光はちょうど帽子の影に収まっていた。


 眩しさを抑え、陽の暖かさを感じられる。麦わら帽子とはいいものだな、なんて思いながら、またくわを上げ────


「おーい!あんちゃん、飯だぞ!!」


 呼ぶ声に手を止めた。


「むっ。もうそのような時間か」


 首から下げたタオルで顔を拭い、一旦くわを横に置く。

 普段触れることのない農作業は新鮮で、ついのめり込んでしまった。

 夢中になると時間を忘れるところは、エリシオの数少ない悪癖である(当人談)。


 とはいえエリシオは貴族。


 宿を借りる礼として手伝いをするのは貴族以前に人間としての当然だが、食事まで振る舞ってもらうわけにはいかない。

 ありがたいが遠慮する、と言おうとして。


(いや、違う。今の私はしがない一般旅人なのだ。いただかねば怪しまれてしまうのではッ)


「うむ!いただこう……いや、いただきます!今そちらへ!」


 エリシオは貴族である。由緒正しきレーヴァ家の次男である。

 彼はそのことに誇りを持っているし、その名を汚すまいと努力を惜しまなかった。恥じることなど何もない。

 けれど彼は、これまでに訪れた村で学んでいた。


(身分を明かしてしまっては、村の者は|歓待せねばならなくなってしまう《・・・・・・・・・・・・・・・》。本来であればありがたいが、今は隠し通さねば……!!)


 そう。

 この男、既に二回ほどやらかしている。


 村に着くと同時、ハツラツとした声で名乗りを上げ、村長の家に担ぎ込まれ、最大級のもてなしを受けそうになり全力で拒んだ一つ目の村。


 前回の反省を生かし、旅人として宿屋に泊まろうとしたところ受付のおばさんが気付いてまたもや村長の家に担ぎ込まれた二つ目の村。


 フルネームで名乗ってしまった最初はともかく、二度目に関しては家名しか名乗っていないにも関らずこれだ。どうせファーストネームでも駄目だろう。


 もはやエリシオに本名を名乗りつつ通常の宿屋に泊まる術はない。

 故に。


「遅くなってしまいすまな……すみません。お待たせしてしまいましたか」


「いやいや、手伝ってもらって待つも何もねぇよ!エリオット(・・・・・)っつったか、あんたすげえな!半日であんなに耕しちまうなんてよ!」


「ジョン殿の教え方が上手いのです、私はそれに従っただけですよ」


 そうかい、こりゃ楽できちまうなぁ!と笑う男性────宿屋の主、ジョン。

 大量の肉類を抱え、挙動不審もいいとこだったエリシオ、もとい偽名:エリオットを泊めてくれた恩人である。

 また、今さっきまで耕していた畑の持ち主でもあり。


 経緯としては、

 宿泊料が格安だったので、代金は払った上で

『何か手伝えることはあるか』とエリシオ(エリオット)が訊いてみたところ、

『客を働かせる宿屋がどこにあるってんだ』と暫し押し問答となり、根負けしたジョンが畑仕事の手伝いを依頼すると、

『くわの使い方がわからん!教えていただけないか!』とか言い出したので教えた、というものだったりする。


 結果として相当な面積が耕されたのでリターンはあった訳だが、その根気強さは讃えるしかない。


 それはそれとして昼食である。


 二人が宿屋に戻った時には、食事は既にテーブルへと配膳されていた。

 茄子とトマトのスパゲッティからサラダ、スープまで勢揃いである。奥方に聞けば使っているのは自家製の野菜らしく、新鮮さが見ているだけで感じ取れるようだった。


 祈りを捧げ、まずはサラダからいただく。


 エリシオ(エリオット)はいくつかの野菜をフォークで刺し、しゃくり、とレタスの良い音を響かせて咀嚼した。


 瞬間、脳裏に広がるのは。


(……こ、これは……!!瑞々しい葉、果物かと間違うほどに甘いトマト……!!玉ねぎもきちんと水に晒してあるな、辛みか薄く食べやすい。そして何よりこの酸味のあるドレッシング!自家製でここまでのものを……?!まさしく野のハーモニー、鮮度だけでなく心遣いが織り成すオーケストラっ)


「奥方、よろしければこのドレッシングのレシピをお聞きしたいのですが」


「ん?ああ、構わないけど。後で紙に書いておこうね」

「感謝する」


 次に手を付けたのはスープ。

 コース料理に慣れているため、好きな順で食べるという発想が浮かばないのだ。

 がしかし、これまた美味だったのでそんなことはどうでもよかったりする。


(……コンソメスープなのに、この味。なんだこの更に深いコクは……?!まさか、野菜?野菜からこれほどの味が出るというのか?!くっ、これまではロワイヤルが最も美味いと思っていたが、世界は広い……!!)


「失礼。こちらのスープのレシピもよろしいでしょうか」


「え?ああうん、いいよ」


「感謝する」


 そうしてメインのスパゲッティへと辿り着く。

 ここまで一つの外れもなく、というか外れるという可能性自体が元より彼の脳内には存在しない。

 フォークで巻き取り、口に運ぶ────


(……茄子が、)


「とろけた、だと……」


 オリーブ油を含み、形を保ちながらも口のなかでとろける茄子。

 太め、にも関らずソースを逃さない麺。

 極めつけは、酸味というサラダとはまた違う姿で舞うトマト。


 もはや言葉は不要。感動で打ち震えながら、エリシオ(エリオット)は奥方にそっと手を差し出した。

 困惑しながらも握られる手。力強い握手であった。


「……素晴らしい……と、思います。よろしければこちらのレシピも」


「ここまで言われちゃ嬉しいもんだね……もういっそ夕食の支度見るかい?」


「是非!」


 エリシオ(エリオット)は嗜みとして、ある程度は料理も身につけている。それに加えて実家では散々美食を食べていた。

 しかし、そんな彼をしてこれらの料理は絶品。


 加えて労働の直後である。美味しさはもはや五割増、留まるところを知らない。


 おふくろ(ではないが)の味はがっちりと彼の胃袋を掴み、しばらく忘れさせてくれそうになく。

 穏やかな陽気の中、エリシオ(エリオット)は宿主夫婦との食事を楽しんだ。


 村の外から感じる、嫌な視線を気にかけながら。


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