貴族は空を見上げた
明け方になって、母狐は目を覚ました。
重ねて言うが、エリシオは急いでいる。
だから一刻も早くここを立つため、傷薬を惜しまずに使用し、体力を失わない程度の加減を行いながら最速で回復魔法をかけ続けたりはしたが、そんなことは当たり前なので時間的ロスに入らない。
だが、一番大きかったのは、常に母狐に寄り添って顔を舐める兄妹狐の存在なのではないか、とエリシオは思う。
母が子を想うように、子が母を想う気持ちもまた、強いのだ。
「それでは、そろそろお暇しよう。少々急ぐ旅なのでね」
エリシオがそう言えば、狐たちはぱたぱたと尻尾を振った。
狐は魔力を持つとされ、比較的知能が高いとされる。
故に化けて助けを求めることができたし、今の言葉も理解されている、と考えていいのだろう。
すると、兄妹が揃って近くの木の根元に向かっていく。
不思議に思ってそちらを見れば、なにやら果物や木の実を咥えて戻ってきた。どうやらそこに食糧を貯め込んでいるらしい。
兄妹はそれをエリシオの目の前に落とした。
彼らなりの礼なのだろう。しかし、一人旅には少々量が多い。
けれど遠慮しすぎるのも悪いと、その中からりんごを一つ頂いた。
狐たちと別れ、村への道を行く。
(それにしても、竜の死霊とは。やけに狼が襲ってくるとは思ったが……まさか、それが原因か?)
りんごを齧りながら今回の顛末を辿る。
そういえば、解体した狼の腹がやけに小さかった。
(あれほどの肉食獣が暴れ回っていては、狩りなどできるはずもないか。彼らも被害者だったのだな)
しかしそれは今更だろう。
きっちりと感謝した上で、何一つ無駄にしない。
それが、狩ったエリシオにできる最大限なのだから。
空を見上げる。
日が昇ったばかりの空は、仄白くも青い。
この道を進んだ同じ空の下に、勇者がいる。
出会ったばかりのエリシオの夢物語に目を輝かせ、賛同してくれた友が。
「未熟な私だが、少しでも君の役に立ちたいのだ。待っていてくれるか、友よ」
寄り道の成果を片手に、エリシオは歩き続ける。
友たる勇者の背を追って。
*
一方その頃。
それなりに離れたとある街道にて。
三人の旅人が歩いている。
勇者パーティとして世界の命運を任された彼らだが、晴天、そして何もない道ともなれば気も緩む。雑談を交えつつ、次の村に向かう途中だった。
「それにしても、ほんとによかったの?」
三角帽の少女────アイシャは、横を歩くグレンに向かって問う。
「何がだ?」
「ほら、エリシオのこと。あんな優秀な人材、早々いないと思うけど」
本人もだいぶ乗り気だったみたいよ?と加えれば、グレンはうーんと唸って、
「そりゃあ、アイツと旅できたら楽しそうだなー、と思ったけど」
と頬を掻く。
「あら、それならなんで置いていったの?」
「そりゃあ。あんなにこの国のことを思ってるやつなんて、なかなかいないだろ?だからさ」
そこで、彼は一度言葉を切った。そして少しだけ迷ってから、
「アイツなら俺たちが……もし、もしもだぜ?負けたとしても、王国を守り切れるんじゃないかって」
真剣な表情で、そう言った。
それを聞いたアイシャは一瞬ポカン、と口を開けて。
「……それ、言わないほうがいいわよ。当人には絶対」
脳裏に過ぎる『まず君達が負けた時の想定をするな馬鹿者!!勝ちたまえ意地でも!!』とか言ってるエリシオをかき消しつつ忠告した。なんだろう、そのまま数時間説教されるビジョンまで見える。
ちょっとおかしくなって吹き出せば、グレンを挟んで反対側から声が上がる。
「そんなに強い方なんすか、エリシオさんって?」
王都出身ではないザックは、あのとんでもない男のことを知らない。疑問に思うのも当然だった。
だからこそ、アイシャは胸を張って自分のライバルを誇る。
「ええ!なにしろこの天才と張り合うほどよ」
「あのアイシャが人を褒めたぁッ?!」
「あらぁそれどーゆー意味かしらグレン?」
「いや別に、って杖こっち向けんな!!詠唱やめ!やめ!!!」
旅は続く。
長く長く、けれどその終着点だけを確定させて。
エリシオが彼らに追いつくまで、あと────
短編として書いた分はここまで。




