貴族は旅立った
ぶちっ、と。
音を立てて、槍が獣の喉に突き刺さった。
骨に当たる感触と共に引き、同時に石突で後方の目を狙う。
そちらを目視できなかった為感覚頼りだが、少なくとも何かしらは潰れたらしい。嫌な水音を振り払うようにして反転、穂先を眉間へと叩き込む。
エリシオを囲っているのは狼の群れだ。
群れで狩りをする珍しい獣ではあるが、この程度の数、彼にとって何の障害にもなり得ない。なんなら食料になりに来たようなものである。
────しかし、ただ一点。
ただ一点だけ、この群れはエリシオに不利益を生み出していた。
「急いでいるというのに。こういう時に限って……」
整った顔立ちを苛立ちに歪めつつ、エリシオは槍を振るう。
その動きに無駄はない。なにせ、時間が惜しいので。
その立ち回りに油断はない。なにせ、うっかり怪我など負う訳にはいかないので。
そう、邪魔なのだ。
先を急ぐエリシオにとって、こいつらは遅延以外の何物でもない。一、二頭ならともかく、いちいち立ち止まって相手をしなければならない群狼など最悪である。
それなら逃げてしまえばいいじゃない、とも思うがそれも論外。
エリシオは貴族なのだ。それも、ノブレス・オブリージュを幼少期から叩き込まれた本物の。
そんな彼が、旅人や行商を襲う可能性のある飢えた狼を倒さずに放置できるはずもない。
故に、律儀に毎度しっかり仕留めていた。
もちろん死体を放置などしない。
骨はできる限りその場に埋め、肉や皮は自分の分を取り置き、残りは処理をした上で、訪れた村に無償で提供している。
エリシオは急いでいた。いや本当、大真面目に急いでいた。
(まったく、いつになれば追いつけるのやら……もっと早くに気付けていれば、今頃追いつけていたのだろうかっ)
*
王都の自室で荷造りをしていたエリシオの耳に『勇者一行が魔王討伐のために旅立った』との知らせが届いたのは、一行が王都を発ってからおよそ一週間後のことだった。
「は?」
あまりの衝撃に、彼は持っていた杖を取り落とした。
カターン……と音を立てて杖が床を転がる。
静まり返った部屋に、その音はやけに響いた。
「今……なんと……?」
俯いたエリシオの顔は伺えない。
震えているのだけは確かだが、これが怒りによるものなのか悲しみによるものなのか、使用人に察知する術はない。
なので彼はとりあえず、誤魔化さずに真実を伝えた。
「は、はい」
「何故?!何故私には一報もなかった!」
「それが、勇者様ご本人が『一週間黙っておけ』と仰ったそうで」
「はぁ〜ッ?!」
貴族の子息が上げてはいけない感じの悲鳴を上げつつ、エリシオはわななく。
期待していなかった、と言えば嘘になる。
いや、それすら生温い。
めちゃくちゃに期待していた。
自分は間違いなく勇者パーティーに誘われると、エリシオは確信していたのである(だからさっきまで荷造りをしていた訳で)。
もちろん手放しで期待していた訳では無い。
勇者が王都にやって来たと聞くや即座に駆け付けて手合わせを依頼、彼が王への謁見を終えた後に屋敷に招いて談笑、その後夜の王都を眺めて二人で国の行く先について語り合ったりした。
だいぶ仲良くなったという手応えがあったし、エリシオ自身も勇者のことを好意的に見ていた。
だというのに現実はこの有様。
誘われるどころか、見送ることすらできなかった。
その衝撃たるや、友人同士の茶会に自分だけ呼ばれていなかった時のような、パーティーで早々に話を切り上げられたかのような────何とも言えない寂しさ、そして悔しさであった。
しかし、そこで不意に思い当たる。
「勇者……グレンは、王都で仲間を二人増やすと言っていたが。それはどうなった」
確か、魔道士と弓手を探していた。どちらにも心得が────というかこの貴族、才能が有り余っているためだいたい何でもできる────ので、その旨を伝えていたはずだが。
「魔導士にはエリシオ様もご存知の、クラウス家のアイシャ様を」
「くっ!確かに彼女ならば問題ないだろうな」
納得の人選だ、と唇を噛む。なにしろアイシャは、学生時代に魔道で鎬を削りあったライバルなのだ。
調子に乗りやすい性格が少々問題だが、些細なこと。
誰かが窘めればきちんと聞く、優秀な魔道士である。
「であれば、弓手は」
「そちらはザック様が」
「ふむ」
顎に手をやり、暫し考え込む。
しかし答えが出なかったようで、「誰だ?」と問えば、
「勇者様が酒場で出会ったという、流れの傭兵でございます」
「何故?!私がいるのに何故傭兵?!!」
「殴り合いを経て仲間となったとのことで
……」
「なるほどそれは勝てん!!」
彼と殴り合ったのであれば実力もあるだろう、とベッドに突っ伏すエリシオ。
ぶつぶつと聞こえる言葉に耳を澄ませば、
「そうか私は実力不足だったかそうだな仕方ない世界を救う旅だものな半端な輩は連れていけまい………」
としょぼくれた声が聞こえてくる。
使用人は胸が痛かった。
幼い頃から『この国の未来は私が守るのだ!ふはは!』と訓練を欠かさなかった彼を、持って生まれた才能に驕らず努力し続けた彼を見ていたのだ。
そんな彼が打ちひしがれているのが、どうしても見ていられなかった。
なので、つい思い立って言ってしまった。
「であれば、追いかけられては。エリシオ様程の方が足手まといになるなどあり得ません、今からでも追いかけて、自分の魅力を再度アピールなされては」
するとエリシオは、
「それだッ!!!!」
とんでもない速度で飛び起きた。
あまりの勢いに若干驚きつつも、長年勤めてきた使用人の勘は次に自分がするべきことを導き出す。
「承知しました。さっそく馬を用意させましょう」
しかし主の返答は意外なもので。
「いや、いい」
「……と、おっしゃりますと?」
「これは私の勝手なわがままだ。自力で歩くさ。それに、彼らも徒歩なのだろう。ならばそう時間はかかるまい、すぐに追いつくさ」
*
(甘かった。私は旅というものを舐めていた────まさか、こんなにもやることが多いとは!)
槍からナイフに得物を変え、狼の皮を剥ぎながらため息一つ。
その動作一つ取っても様になるのだから、顔の良さというものはとんだ暴力だ。手元が全て打ち消しているような気もしなくもないが。
剥いだ皮は、塩を塗り、畳む。
貴族の嗜みで狩猟の経験があるエリシオは、皮を鞣すこともできはする。
しかし、それをするには設備と時間が足りない。
なので一時的な保存措置を取り、後は行く先の村任せにしているのだ。
彼自身は行く先の職人に迷惑を掛けてしまうことを大変申し訳なく思っているが、職人からすれば大量の商品が仕入れられて万々歳だったりする。
それはそうと。
「まったく、このままでは追いつく前に魔王が倒されてしまう……いや、それはそれでいいことなのだが」
うーん、と唸る。目の前にはきっちり塩漬けにされた肉類と皮、そして骨を埋めて土を盛った墓がある。
辺りはすっかり暗くなっており、今日の野宿は確定。流石にこの二つの側で眠るのは如何なものか、と頭を悩ませていた所であった。
基本的にこの男、スペックが大変高い。
数人がかりで丸一日かかる解体作業もこの通り、たった一人で半日で終わらせてしまった。
もちろん疲労困憊だが、どちらかといえば達成感の方が強い。ハマるととことんまで突き詰める、それがエリシオである。
「……仕方あるまい。今夜は眠らず進み、朝になったら最寄りの村で休ませてもらうとしよう」
そんな彼は長考の末、不眠不休の選択肢を取ることにした。
荷を背負い込み、ランプの火を頼りに最寄りの村の方角を確認しようと────
「ねえ、お兄さん」
「うおおおっ?!!!!」
不意の声にとんでもない速度で振り向き、一番得意とする槍を抜き放とうとしてピタリと止まる。
そこにいたのは、幼い子供。それも二人。
兄妹なのか、顔立ちがよく似ていた。しかし、それよりも気になるのは。
「何故こんな時間に……いや。その傷はどうした?」
「襲われちゃったの」「怖くって」「逃げてきたの」
「なるほど、ゆっくり聞かせてもらえると助かるな」
すると二人は向かい合い、こそこそと耳打ちし合う。
少し待った後、兄らしき方が喋り始めた。
「森で遊んでたら、狼に襲われて。家に帰れなくって、怖くなって話しかけた」
「なるほど」
震える兄妹にゆっくりと近寄り、かがむ。
「もう大丈夫だ。君達はとても運がいい。なにしろ私は貴族だ。この国に住まうものを助けるためにある」
バチーンと音が出そうなウインクを決めつつ、もう何度目かもわからない予定変更を決定。
エリシオはこの兄妹を無事に送り届け、それから休むことにした。
勇者の背中は遠い。
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