北海道土産の木彫りクマに託された願い
挿絵の画像を作成する際には、「Ainova AI」と「Gemini AI」を使用させて頂きました。
大学生になる娘の希望が正月に連れてきたのは、ゼミ友だという女子学生だったの。
「お母さんに紹介するけど、この子は王美竜さんっていう台湾からの留学生なの。日本の一般家庭のお正月を体験したいんだって。」
「明けましておめでとう御座います。私、中華民国の台南市より参りました王美竜と申します。不慣れな日本生活、蒲生さんには何かと御世話になっております。今後とも何卒お見知りおきの程を。」
言葉とは裏腹に、多少の訛りに目を瞑れば文法も発音も完璧な日本語だった。
台湾には「哈日族」と呼ばれる親日家の若年層が沢山いるとの事だが、彼女もその一人なのだろう。
「そう…美竜さんですか。こちらこそ、うちの希望が御世話になっております。どうぞお上がり下さい。」
「ありがとう御座います。蒲生さんのお宅は和風とお伺いしていたのですが、これは聞きしに勝る見事な普請ですね。上がり框の木材に至るまで素晴らしいですよ。しかしこれでは『池田の牛褒め』の甥みたいですね、私ったら。」
当たり前のように上方落語の知識が出てくるあたり、彼女にとって日本文化は単なる学問ではなく生きた教養として血肉となっているのだろう。
知的で日本文化への造詣が深く、オマケに好奇心が旺盛で礼儀正しい。
そんな娘の学友に、私はすっかり好感を抱いていたの。
そんな娘の学友が次に興味を抱いたのは、全く予想していなかった物だったんだ。
「あっ!蒲生さん家でも木彫りクマを飾っているんですね。この鮭を咥えて中腰になっている感じ、私の家のと全く同じですよ!」
そうして娘の友達がしげしげと手に取っていたのは、下駄箱の上に飾っていた北海道土産だったの。
新婚旅行で買って十数年間も置きっ放しだったから、今こうして指摘されるまで半ば忘れかけていたわ。
ぞんざいに扱っていたのではなく、あって当たり前の存在になっていたのだけれど。
それを聞くと、娘のゼミ友は「納得がいった」とばかりに何度も頷いたのよ。
「私の家にある木彫りのクマも、日本法人の駐在員として単身赴任していた父が北海道出張の時にお土産として買い求めたんですよ。確か、『クマのように力強く立派になって欲しい』という、まだ幼かった私の成長を祈願する形でね。きっとこのクマも、これから出来るだろう新しい家族の健やかな成長を願う形で下駄箱に飾られたんでしょうね。ねっ、蒲生さんもそう思わない?」
「えっ、新婚旅行のタイミングで意識していた『これから出来るだろう新しい家族』の為…それって私の事なのかな?」
驚きが六割に、照れ臭さが四割。
ゼミ友の問い掛けに頭を掻く娘の心情は、概ねそんな所かしら。
だけどそれは、見事に正鵠を得ていたわ。
「そうね、希望…この鮭を咥えたクマの力強さにお父さんもお母さんも随分と惚れ込んだものだけど、『産まれてくる子には、このクマみたいに健康で力強くなって欲しい』と思っていたんだわ。」
「お母さん…それならこれからは、この子をもっと大事にしてあげなくちゃね。」
そうしてゼミ友から木彫りを受け取った娘は、愛おしそうに一撫でしながら定位置に戻したの。
その一瞬だけクマの顔が嬉しそうに見えたのだから、不思議なものよね。
その後は娘のゼミ友も交えておせち料理で昼食と相成ったのだけど、例年になく鮭の昆布巻きと幽庵焼きが人気だからおかしくって。
「ああした良いお話を聞いた後だと、クマが咥えていた鮭を意識しちゃうんですよ。私も荒波を越えて生まれた川に帰る鮭に肖って故郷に錦を飾りたいですし、それに鮭だけに今年一年の災いを避けたいですからね。」
娘のゼミ友がそんな風に言いながら美味しそうに食べるもんだから、鮭とばまで出しちゃったわ。
昔から「一年の計は元旦にあり」と言うけれど、この元日というタイミングに家族のルーツを再確認するのも悪くはないわね。
それを思い出させてくれた木彫りのクマを、今年はもっと大事にしてあげなくちゃ。




