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苦手な方はご注意ください。

転生聖女は勇者ルートも王子様ルートも嫌だそうです…あの、じゃあ俺はどうすかね??

作者: ぶんのしん

先日書いてみた転生聖女のお話リメイクしてみました。ソロプレイからメインキャラ増やして恋愛要素入れた感じです。どうぞよろしくお願い致します。


※勢いで書いてしまってタイトルがしっくりこないため、何度も書き換え中です、すみません。


※初ブックマーク!!

ポイントもありがとうございます!


※ポイントありがとうございます!!

もうすぐ100だー!


※ポイントありがとうございます!!

祝!100超えです!!


※ポイント&ブクマありがとうございます!!

自分の中での新記録ポイント達成です✨

「わたし、が、せいじょアイリ…?」


アイリが頭を抱えてつぶやいたのをたまたま聞いたのは、俺が8歳でアイリが6歳くらいの頃だった。


「は?」


戸惑って声を漏らすと、


「あ…」


聞かれていたことに気づいたのだろう、アイリがこちらを見て視線を揺らした。


「神託を受けに行くのはまだまだ先だろ?」


先ほど、今年の聖女の神託を受けてきた孤児仲間が土産話をしてくれていた。毎年神託を受けに集められるのは10歳前後の子どもだ。

そういえば去年の今ごろから、アイリの様子が変わった気がするな。それまで幼児だったのが急に対等に喋れるようになったなーというか。


「いや、ぜんせで、じゃなくて、うん、なんか、よかん?なんだけど…いやしかし、ゆうしゃパーティーの中で、よりによってせいじょか…だってせいじょってさ…」


俺に答えるような、途中から独り言のようなことをモニョモニョ言って、ため息をつくアイリ。幼児とは思えない、妙にやさぐれた雰囲気はなんなんだろう。


「はぁ、せいじょ、やだなぁ…」


深刻そうに大きなアイスブルーの目を伏せて言うアイリを元気づけたくて、俺は軽々しくも言った。


「嫌ならならなきゃいいんじゃね? 神託なんて仮病使って何年かサボればうやむやになるだろ」

「サボる…」


聖女なんてお話でしか聞いたことない。

百年とか前には本当にいたらしいソレをどこまで本気で探しているのか、子どもの俺はよくわからないが、孤児院の先生たちは病気の奴まで連れて行くことはなかった気がする。

むしろ、めったに行かない大きな街までお出かけして、神託を受けたご褒美にちょっとした菓子が貰えて、本来子どもが楽しみにしているイベントだから、サボるなんて普通考えない。

しばらく思案していたアイリが俺を見てニッコリと笑った。


「ステフ、それいいね! ありがとう! メカラウロコ!」


何やらよくわからない呪文を言われたが可愛いなぁと思っていた俺は、何故かはさみを持ち出して綺麗なプラチナブロンドの髪をジャキジャキ切り出したアイリを見て慌てることになる。




     ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「今思うと、よく信じてくれたよねステフ」


森の中を歩きながら、アイリが言う。


「あの時は信じた訳じゃなかったよ」

「なのにここまで一緒に来ちゃったの?」

「俺はもともと冒険者志望だったし」


首から下げた冒険者タグをカチャリと触って言う。ーーもともとだったかなー。なりゆきかなー。


アイリが髪を切ったあの日から5年が過ぎた。

あまりに酷い髪型になったので、俺は慌てて年上のお姉さんたちに助けを求め、ある程度アイリの髪を整えてもらった。

あれからずっと、アイリの髪は男のように短く整えられている。

髪だけでなく、服装もだ。

今のアイリは、寄付品のボロいシャツとズボン。その上からやはりボロい革の胸当てと、腰に履いたボロ剣。

知らない人から見れば、細身の少年だと思うだろう。

なんで髪切ったの?と尋ねた俺に、あの時アイリは


「せいじょだってバレないように、おとこのこになろうとおもって!」


と言っていた。それ意味あるのかなぁ。


そこからはなかなか徹底していて、男の子とばかり遊び、孤児院の役割も男児用の手伝いに混ざるようになり、冒険者志望の特訓にも参加するようになった。

アイリの世話役づらしてそれについて回っていた俺も、なんとなーく冒険者志望になって、13歳の今年冒険者登録したわけだが。


孤児ではっきりした年齢はわからないアイリだが、9歳だと思われる年には初めて神託に誘われていた。その時は来年行くとごまかし、10歳の年には本当に熱を出した。

今年もどうやっているのかうまいこと熱を出したのだが、院長が「遅れてでも連れて行ったほうが…」と言い出したと聞き、脱走を計画。


「ステフにはお別れを言おうと思って」


と打ち明けてくれたのを必死で説得しようとして、説得失敗し、だったら俺も行くと言ってーー今に至る。


「ま、今はお前が普通じゃないのは知ってるけどな。で、本当に大丈夫なのか? 行き先は」


「ステフが冒険者登録した街まで連れて行ってくれたからね。もう少しでつくと思う。あー、オレも早く経歴ロンダリングして冒険者登録したいなー」


「その、ろん?だりんぐ?つーのは必要なのか? そもそもそうやって男のふりするのも」


アイリの一人称がオレに変わったのも、髪を切ったときからだったな。


「一応、あらゆるフラグを回避したいんだよね。強制力でメインキャラに会っちゃった時にモブ化できるようにしたい」


「うん。何言ってるかわからん」


「そんな何言ってるかわからんやつについてきちゃって、ステフは困ったやつだなぁ」


「そんな何言ってるかわからんやつを野放しにできないだろ。困ったやつはお前だ」


こつんと頭を小突くとケラケラ笑うアイリ。

そして。


「あ、あれだ! 手前に薬草畑、後ろに大木のある煙突屋根の小屋!」


走り出したアイリを見て、子どもってほんとよく走るよなーと俺は後を追った。



「たのもー! たのもー! …たーのもー!!」

迷うことなくドアを叩くアイリを、いざとなったら家主に平謝りする覚悟をしながら眺める。


がらりと戸を開けて顔を出したのは齢80歳ほどの強面の老人だ。


「こんにちは! 剣聖ロドリゲスさんですよね! 弟子にしてください!」

「何故その名を知っている。お前は何だ?」


初対面から無茶を言い出すアイリに視線を険しくする老人だが、アイリは意に介さない。


「オレはカイリ! こっちは兄のステフ! 両親が魔物にやられて、兄弟でなんとか生きてきたけど、もっと強くなりたくて来ました!」


道中考えてきたアイリの偽名と生い立ちだ。まぁ確かに孤児院で兄弟のように育ってはきたけど。


「…そっちはともかく、お前はまだガキじゃねぇか」

「ガキだから、試練は無理だと思ってる?」

「なぜそこまで知っている?」


老人の目に浮かぶのは、警戒の色と興味の色。


「まぁまぁ、それはともかく。やってみてダメだったら諦めるよ。とりあえず試練だけでも、お願いします!」


ぺこりと頭を下げるアイリにならって、

「…弟がすんません」

俺も頭を下げる。


「ふん、大怪我しても知らんぞ」

どうやら興味のほうが勝ったようだ。


連れて行かれたのは小屋の裏手だった。

ひときわ大きな木が生えていて、その周りの地面は固く踏み固められている。


「一人ずつだ。どっちからやる?」


「はい! オレ!」


老人の問いに迷わず手を挙げて、アイリは剣を抜いた。

頷いた老人が大木を無造作に蹴りつける。


すると。


ヴヴヴヴヴヴ…

木の中から振動音のようなものが響き、頭上のウロから何かが出てきた。


「魔蜂か! でかい!」


犬くらいのサイズの魔蜂の群れに、俺も思わず剣の柄に手を掛ける。

その横でアイリは魔蜂に突っ込んでいった。


まず先陣をきってきた一匹をすれ違いざまに斬りつけ片羽根を落とす。

落ちた魔蜂の腰に斬りつけて切断。胸と頭部だけでまだ生きている一匹目は放置して次々と、羽を狙って落としていく。

落ちた蜂は遠ければ放置、近ければ硬い頭部は避けて胴体を傷つけるか足を落とすかして戦闘不能に。


「合格だ…」

迷いのない動きで10匹倒したところで老人の声がかかった。


「その細腕で、大したもんだ。息が上がってないのも見上げたもんだ、若さかねぇ」

「あざっす」


そうなんだよなぁ…普通に10歳かそこらの女とは思えないくらい、強くなったんだよアイツ…

本人は『ちーと』だなんて言ってるけど、よくわからん。


「じゃ、次は兄貴のほうか」

「頑張れよステフ!」


…アイリよりずっと苦戦したが、俺もかろうじて合格し、俺たちは3年間を剣聖ロドリゲスのもとで過ごすこととなる。



     ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「本当にもう行くのか」

そういうロド爺は寂しげだ。


なんだかんだ楽しく…ん? 楽しかったかな? 俺はわりと死にそうな日もあった気がするけど。まぁロド爺はアイリと楽しそうだったから、寂しいだろうな。


「ん! 元気でねロド爺。今までありがとうございました!」

対するアイリはけっこうドライだ。


13歳くらいになったら剣聖ロドリゲスを後見にし、「カイリ」として冒険者登録して出てくって、最初からの計画だったからな。


とはいえーー


「ロド爺寂しそうだったぞ」

姿が小さくなるまで見送ってくれるロド爺を振り向きながら言う。


「いい人だったよね。でもあんまりあそこに居座って、女だってバレるのも嫌だし、勇者とかち合っちゃうのも嫌だから」


まー、さすがに一緒に住んでるとバレてもおかしくないよなぁ。


浄化が全てを解決する!とか言って、水浴びも着替えも浄化で済ませてたけど。さすがに便所は解決してくれないだろうし。


「ロド爺んとこ、勇者も来んの?」


「うん。ストーリーが始まるまであと2、3年かなぁ。できたらその前までに、やっておきたいこともあるし」


「何?」


「聖女じゃないと解決できない、女神の泉の浄化とか」


「あれ? 聖女やるのが嫌なんじゃなかったの?」


「聖女扱いされるのが…つーか、聖女としての人生を送るのが嫌なの。でもさ?」


「うん」


「聖女じゃなきゃできないこと知ってるのに放置して、そのせいでこの世界が平和にならないのは嫌じゃん」


「そりゃな」


アイリの両親が死んだのは魔物のスタンピードだったって話だ。俺の家族も魔物にやられたって聞いてる。


「だからこっそり、やれるだけのことはやるよ」


「それってどれくらいあんの?」 


「えっとーーって。待ってステフ、お前っていつまでついてくるの?」


あ、今更そゆこと言う?

時々死にそうになりながらロド爺のシゴキに付き合ってたの、何のためだと思ってんだコイツ。


ジト目で返す俺に目をパチクリさせるアイリ。


「え…だって…危ない…よ?」


「お前が危ないことするときに俺がいなくて、誰がフォローするんだよ」


「え? え、えー…?」


「俺だってロド爺に鍛えられてんだ。足手まといにはならねぇよ」

なんだか腹が立って、早足で先に進むと。


「…ありがと」


聞こえるか聞こえないかくらいの小さな礼が、背後から追ってきた。




     ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「と、言うわけで、ここが瘴気に汚染された女神の泉その1です」


そう言ってアイリが示す先には、いかにも禍々しい黒い霧がかかった泉がある。


「あと2、3年でもっと瘴気が増えて、森全体を飲み込んで近隣の村まで被害が出たあたりで勇者が来る予定ですが、そうなる前に浄化しまーす」

「お願いしまーす」


などとやっていると気配を感じたのか、霧からゆらりと出てきたのは大型ネズミのゾンビだった。

一応剣を抜いて構えるが、ネズミが間合いに入る前にアイリがーー


「浄化!」


「…効いてないな?」

「あれー? あ。最近生活浄化ばっかり使ってたから間違えた。コレじゃバイ菌と汚れしか消えてない」

「アホかっ」

「浄化っ!」


襲いかかってきたネズミがわりとぎりぎりのところでチリとなって消える。が、ボケをかましている間にネズミゾンビに囲まれた。その後ろにはもっと大型の動物らしきゾンビも霧から出てこようとしている。


「ごめんてば、じゃあまとめていくよ! 浄化!!」

手を上にかざし、そう高らかに宣言すればーー


ふしゅる〜


動物たちのゾンビどころか瘴気の霧さえ消えて、残ったのは泉のほとりに佇む黒いローブの男。

「え」

突然瘴気が消えておろおろしている。


「誰あれ?」

「エリアボスのネクロマンサー。ほっとくといっぱいゾンビ出してくる」

言いながらアイリが剣を抜きーー


シャララララーンと澄んだ音が鳴った。そして。


「よくぞ悪を打ち倒し瘴気を払ってくれました。私はこの泉のめがーーきゃー?! まだ魔族がいる?! え?! なんで?! 何?!」


清楚系お姉さんが出てきて騒ぎ出した。


「あれは誰よ?」

「ここの女神さま。敵がいるのに浄化は終わったから出てきちゃったんだねー」

出てきちゃったんだねーじゃねぇよ。


「くっーーおい、女神がどうなってもいいのか?! 今すぐ武器を捨てないと女神縊り殺すぞ?!」


ネクロマンサーがおもむろに女神を羽交い締めにする。


「きゃー?! いやー! 助けてー!!」


カオスか。どうしたもんかなーとアイリを見遣るが。


「おい、聞いてるのか?! 武器をーー」

「うっせ」

アイリは振りかぶって剣を投擲した。


「?!」

ネクロマンサーのフードの中に刺さる剣。たぶん眉間のあたりを貫いているだろう。

それでもさすが魔族、倒れずに頭に刺さった剣を抜こうとするが

「過回復」

間を置かずアイリがかけた術が発動する。


あー…

孤児院近くの森でよく実験したよなぁ。

虫とかトカゲとか捕まえてさぁ。

トカゲの尻尾は「回復」で再生するけど足は再生しないとか言って、本当に再生しないかなぁって出力高めまくってさぁ。

そしたらさぁ…


パぎゅッ…

聞いたことのない音を立てて、ネクロマンサーの頭が内側から破裂した。

四散する肉片や脳梁、目玉。

それを真横で浴びる女神。


「人型の敵でソレやるのはマジグロいって…」

俺がため息ついて言ってるうちに、絶命したネクロマンサーと気絶した女神が、それぞれバタンと倒れた。



     ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「よくぞ悪を打ち倒し瘴気を払ってくれました。私はこの泉の女神。どうか同じように瘴気に囚われた私の姉妹も助けてください。あなたが傷つき疲れたときには私が癒しを与えましょう…」


目覚めるなり一気に喋った女神は、はたと俺たちを見つめた。

ちなみに、猟奇死体は女神から見えない場所に捨ててきたし、女神についた血や肉片はアイリの「生活浄化」の方で綺麗に消した。


「わかりました女神さま! ではオレらはこれで…」

目覚めたのさえ確認すれば用はないと、さっさとその場を立ち去ろうとしたアイリだが


「お待ちなさい! あなた、聖女でしょ? 何その格好…てゆーか何さっきの?! 癒しの力をあんな禍々しく使っていいと思ってるの?!」

怒られた。

つーか、聖女ってわかるんだな。

つーか、…本当に聖女なのか…


「いやあの、その件に関しましては不快な思いをさせたこと深くお詫び申し上げますのでほんとごめんなさい」

両手をすり合わせて平謝りするアイリだが、女神は許してくれない。

「どういう状況なのか説明なさいって言ってるのよ!」


ーーアイリがしぶしぶ始めた説明は、俺も初めて聞く内容が含まれていた。


「オレには、前世の記憶らしきものがあります。前世ではこことは違う別の世界で、オレは普通の学生でした。その世界にはいろんなゲームという娯楽があって、そのうちの1つが、こっちの世界にそっくりでした」


「げえむ??」


「物語のようなものだけど、遊ぶ人間が選んだ選択肢とかによって少しずつ話の内容が変わったり、戦いに負けちゃうとお話が終わっちゃったり。いい終わり方に持っていくように頑張る遊び、なんですけど。


 オレが遊んでいたゲームに聖女アイリが出てきます。孤児のアイリは神託で聖女と認められ、教会で聖魔法の修行をしていて。

 15歳になる頃に、浄化の力を求めてやってきた勇者の仲間になって。

 ここにも、本当は勇者たちと一緒に来るはずでした。


 でもオレ、そうやって勇者の仲間の聖女になるのが嫌でーー」


「どうしてかしら?」


「物語が進んでいくと、恋愛イベントがあったんですよ。

 それまでに仲間の中の誰と仲良くなっていたか親密度が測られたりとかして、勇者が好きな女の子を選ぶんですよね。

 そこで勇者が聖女を選んじゃうと、勇者と聖女は恋人になっちゃうし」


「えっ…」

思わず声が漏れて、俺は慌てて口を塞ぐ。


「勇者から選ばれなくても、なんかその後ぽっと出の王子に見初められて、あれよあれよといううちに物語の最後で王子と聖女が結婚してて…」


「けっ…?!」

塞いだ口からまた思わず声が漏れるが、喉の奥に重いものが詰まったようで、それ以上は声が出ない。


「なんかそういう、こっちの気持ち考慮せずに物語の歯車として誰かとくっつけられるの、嫌だなあって」


「それは確かにそうね!」

急に力強く同意してくる女神。アンタなんかあったんか。


「だから、聖女の神託受ける前に孤児院逃げ出してきたんですけど、オレが逃げたせいで女神さまの泉がいつまでも浄化されなくて、そのせいで人が死ぬのも嫌なので…」


「そうね、一度瘴気に汚染されたら、いくら魔物を倒しても、聖女の浄化がなければ私は復活できなかったわ」


「なのでできるとこまで強くなって、記憶をたよりに一人ででも最短で泉を浄化して回ろうと思って…今に至る感じです」


アイリが…勇者とか王子とかと結婚…

勇者に王子…

ビッグネーム過ぎんだろうがよオイ…


「あら、1人じゃないじゃない?」

何故か楽しそうな女神の声色とともに視線を感じて俯いていた顔を上げると、アイリと目が合った。


「ステフは…」


「彼は?」

ずい、と身を乗り出す女神。


「オレが聖女嫌だって落ち込んでた時にアドバイスしてくれた、オレのーー」


「アイリ…?」

ごくん、と思わず喉を鳴らす。なんだか頬が熱い。


「お節介な兄貴分です」


…知ってたよ、クソっ。



ニヤニヤと楽しそうに笑う女神から、俺らは2人分の炎の加護を賜った。



      ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




そんなこんなで。

なんだかんだまた3年くらいかけて、全ての女神の泉を浄化した。

長かったような、あっという間のような。

アイリは「無職そろぷれいだと移動ちーとが使えないからなぁ」と、謎の愚痴をこぼしていたが。


旅の途中で、「勇者が各地で魔物を倒している」という噂も聞くようになった。

アイリの言うところの「すとおりい」が始まったようだが、幸いここまで、勇者とアイリが出会うことはなかった。

もちろん王子ともな!


相変わらず「カイリ」と言う名で男装しているアイリは、俺とそう変わらないくらい背が伸び、細身の美少年剣士として違和感がない。


俺ももう少し背が伸びる予定だったんだけどなー。

俺だって成人男性の平均程度はあるのになー。

アイツが女としては高い方なんだよなー。

それも「ちょっと成長ほるもんいじってみた」とか謎発言してたけど。

なんだか知らんけど背を伸ばす裏技があるなら俺にも使ってくれよ!


「で、とうとう来ちゃいましたね魔王城」


1人物思いに耽っていた俺は、アイリの言葉で現実に引き戻された。


「来ちゃいましたねえ。ーー来る必要あった?」

「うーん。勇者さまに任せてもいい気はするんだけどね。なんか成り行きで来ちゃったよね。徒歩移動のおかげでちりつも経験値もいっぱい稼いじゃったしさー」


そうだな、ただでさえ剣聖仕込の剣術だけでも普通の冒険者より強いのに、やたら変な新技研究してたもんな。


「じゃ、サクッと魔王倒してきますか」

と、城への一歩を踏み出したその時ーー


「貴方がたは…?!」

後ろから声をかけられて振り向くと、そこには高身長のイケメンと、寄り添う魔導師の女性、僧侶の男と魔獣を従えた男ーー噂に聞く勇者さま御一行の姿。


「げ」

と声が出たのはアイリだけでなく俺もだ。俺は主にイケメンを見て。

ちっ、何食って育ったらそんな身長と等身が高くなるんだ。


「…た、ただの通りすがりです。それでは失礼…」

胡散臭い仕草で片手を上げてその場を立ち去ろうとしたアイリだが。

「諸国をめぐって女神の泉を浄化しているという、聖剣士様ではありませんか?!」

曇りなきまなこでイケメン勇者にたたみかけられ、うぐ、と言葉につまる。


…聖剣士…これほどコイツに似合わない称号はあろうか。


「貴方様のおかげでどれだけ我々の旅が楽になったことか…!! もしやこれから魔王討伐でしょうか。よければ我らも、ともに戦わせてください!!」


「いえ、そんな、自分らなんて勇者さまの足を引っ張ったら申し訳ないですし…」

と、俺も横から助け舟を出そうとするが。


「そんな…神がかり的な強さだと噂で聞いていますよ。ああ、しかしもしも身の危険を感じることかあれば、うちの僧侶の離脱魔法で貴方がただけでも逃がすことも可能です。世界を救うため、せめて途中まででもご尽力いただけないでしょうか?」


世界を救うため。

確かにそのために今までやってきたアイリだ。


どうする?と視線を送ると、口を尖らせて逡巡した後。


「…わかりました、お供させていただきます」





互いの役職を差し障りのない程度に明かして隊列を決め、魔王城に乗り込んだわけだが。


どうしても女神の加護全部持ってるような自分たちと比べると、勇者たちが少し頼りない。

アイリはこっそりと全員に身体強化の術をかけた。さらにオート回復も。


おかげでしばらくアイリが猫をかぶったままでも順調に進んだのだがーー


魔王戦。

さすが魔王。

連続で来る広範囲攻撃。

倒しても倒してもすぐまた生み出される複数の魔獣。

こちらの攻撃がどこまで効いているのかわからない、はてなき耐久力。


勇者たちも俺も、疲弊の色が濃くなる。

アイリももちろん疲れてはいるようだが、表情は無だ。

「知ってた。こんな感じだった」と無の顔に書いてある。


まぁアイリが折れていないのなら、このまま続ければ勝てるということだろう。

そんなことを考えて、少し気が緩んだのかもしれない。


後衛の魔導師の女性の死角に魔獣が生み出され、至近距離から襲いかかろうとしていた。

1番近くにいた俺は、咄嗟に下から斬り上げた一閃でその魔獣の顎を落としたが、こちらは爪で肩口をやられた。

傷はそう深くないが、魔獣も顎のない顔でこちらに狙いを定めてくる。首ごと落とせていたらよかったのだが。

魔導師は咄嗟のことに動けていない。


「ーーステフ!!」


アイリの声に、大丈夫だ、利き腕じゃない、と答えようとしたのだが。

それより先に魔獣の傷口がじゅわっと蒸発するような音を立て、そしてデロデロと崩れて頭部が消えた。


だからぁ…頭部の傷でそれやるのグロいんだって!

至近距離だったので腐臭が鼻を突く。

腐るってことは過回復プラス微生物活性も入ってるな。


さらにグジュグジュ腐っていく魔獣の身体を蹴飛ばして遠ざけた。

アイリのオート回復は俺にもかかっているので、肩の傷はもう塞がりつつある。


「…! …?!」

顔を引き攣らせているのは目撃してしまった魔導師。


「うちのステフにっ…!!」

あ、アイリ怒ってる。


次の瞬間、急に苦しみだして血を吐く魔獣、傷口から膿を撒き散らして悶える魔獣、仰け反って痙攣し始める魔獣。

その場にいた魔獣全てが一気にのたうち回りだす。


これアレだー、1番死ぬまで苦しいやつだー。

確かういるす活性あたっくだー。

傷口から入った微小なオウショクブトウキュウキンとかハショウフウキンとかをなんとかかんとかー。


突然始まった地獄絵図にドン引きの勇者一行。

その中で1人冷たい表情で魔王を睨みつけるアイリ。

血と腐肉と膿の匂いが玉座の間に充満する。


あっ、魔王も吐血し始めた。

静寂の中、皮膚や肉が腐り落ちる音だけが微かに聞こえる。

「き、さ…ま…!!」

何やら最期の力を振り絞って反撃しようとする魔王だが。


「爆ぜろ」

病巣に蝕まれまくった肉体に過回復でもかけたのだろう。

ミシミシと骨が軋む音をたてたあと、魔王の身体は爆散した。


例によって腐肉や内臓やなんかそういうものを撒き散らして。


あとに残ったのは。


後ろを向いてしゃがみ込んで、魔王の残骸が顔に直撃するのだけは防ぐことができた俺と。


呆然としたまま全てを全身で喰らってベットベトグッチャグチャの勇者一行と。


「ふん」

と誰もいなくなった玉座を睥睨する、壮絶なまでに血肉まみれで、それでもなお美しい、うちのアイリでした、とさ。



ほんと、聖女でも聖剣士でもない、なんなら魔王だよ。まったく。



さて。

勇者一行が呆然としているうちに、お得意の生活浄化をかけて全員洗いたての洗濯物のように綺麗にし、

「いやぁさすが勇者さま! 見事な戦いでしたね! これで世界に平和が訪れてオレも嬉しいです! では!」

と、アイリは魔王城をあとにした。





「で、これからどうすんの?」

うっかり見つからないように道を外れたところでひと休みしながら、俺は尋ねた。


「んー。考えてなかったけど。とりあえずロド爺のところに顔を出そうかな。それからはアレかな、のんびりスローライフってやつ。マヨネーズとか作って」


「うん、相変わらず何だかわからんが。とりあえずもう、お前の冒険は終わったんだよな」


「うん。これでもう、この世界には魔獣とかいなくなると思うよ。そうしたら冒険者も廃業だね。ステフどうするの?」


またお前は今更そゆこと言う?


「じゃあその、まよねえず?作るの手伝うよ。でさ」


「ほんと付き合いいいなぁステフは」

呆れたように笑うアイリ。うるせえよ。


「落ち着いてすろおらいふ?するなら、また髪伸ばさない? 子どものときみたいに」


「へ?」


「今のままでも似合っちゃいるけど、お前が髪切ったとき、俺はけっこうショックだったんだからな」


「なんで?」


「好きだったからだよ」


「何が?」


「アホなの?!」


俺はがーっと頭を掻きむしった。

アホなのは! 知ってたけど!


「お前が好きで! 長い髪も綺麗でよく似合ってたから! 俺の不用意な一言でずっと男みたいな格好してたのショックだったんだよ! お前がどんどん綺麗になっちまうから、その格好の方が悪い虫つかないと思ってほっといたけど!」


「え、」


「お前が! 好きだからずっとついてきてたの! そうでなければこんな命がけの旅しないの!!」


勢いで喚き散らして息がぜぇぜぇするし、心臓はバクバクする。


「し、知らなかった…」


だろうね。お前女の自覚もなければ自分の外見にも無頓着だもんね。


俺はなんとか呼吸を整えた。

言ってしまったからには、この長年の思いに決着をつけたい。


「…勇者も王子も嫌だって言ってたけど…俺は、どうすかね…?」

真っ赤になって言う俺に、アイリも頬を染めて、恥ずかしげに視線を逸らす。


「お…お友達から、お願いします?」


「友達ですらなかったの俺たち?!」












ま、そんなこんなで。

まだ先行きは長いけど。






後に、勇者の自著で出てくる「悪魔のように強く恐ろしい聖剣士カイリ」の描写に2人でゲラゲラ笑いながら、長いプラチナブロンドの髪を触れるくらいの仲にはなれました、とさ。


めでたしめでたし。








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