【幕間】カスパー・ドーナツマルクの8年間 /3
令状を手にし、貧民街にそぐわない服装の男たちが、密偵の報告から挙がっていたあの女らしき人物の住む家に向かって歩く。ハーラー領の貧民街は、北部にある貧民街と比べても、生活環境は劣悪だった。路地には糞尿が撒かれ、道は舗装されておらず、野良犬を狩って食べている人もいる。
「本当にこんなところにいると報告があったのか?」
「カスパー……。だからまだ確証はないと言っただろ。似ている容姿の女と、金髪の子ども。それだけの情報だ」
「作戦としては、まずハーラー領の自警団に扮した俺の部下が、女に接触する。確実な形を取るために、絶縁状態ではあるが、両親の話をちらつかせて、まずは情報を照らし合わせる」
「合っていたらそのまま強制連行可能だ。ハーラー伯爵の印が押された令状があるからな」
「では、手筈通りに……」
そうして、作戦が始まった。私含めた他の者たちは、少し離れた納屋を事前に貸し切っていたため、そこで待機している。
”コンコン”
「はぁい」
体格のいい自警団に扮した騎士のせいでよく見えないが、おそらくあの女が出てきたのだろう。
「急な訪問失礼する。ハーラー領直轄の自警団のものだ。数日前に起こったことについて聞き込みをしているのだが、時間をもらえるか?」
「はあ……。私でわかることなら。どうぞ……」
「とある平民の夫妻なのだが、家出した娘を捜していると、ここの自警団本部に訪ねてきたんだ、茶色の髪で目は緑、背丈は小柄で歳は30後半、名前は『エッダ』。以上の情報を下に、自警団で捜索を行ったところ、あなたにたどり着いたというわけだ」
「わ……私は両親がおりませんので、他人の空似ではないでしょうか?」
「お名前を伺っても?」
「エルマです……。家名もない平民です……」
「出身は?」
「アルトマン男爵領です……」
「南部の出ですか。こんな離れたところに来たのはいつ頃ですか?」
「4年前……。い、いや……5年前です!」
この発言を聞いた騎士は、疑いの目を彼女へとむける。
「君、嘘はいけない。この貧民街で家を持てる人間は、必ず身分証を提示している。」
「君のもとに来た時点で、いつから住んでいるかも、本名もすべて知っている」
「そ……その! こっちに来てから暦を読み間違えたのかもしれません……」
「君が来たのは7年前……。合っているね?」
「お、おそらく……」
「そして、近場の孤児院に何度か通い、子どもを養子に迎えた。合っているね?」
「はい……」
「でも、名前が違います!自警団の方がおっしゃる情報と食い違いが……!」
そう彼女が声を大きく出した時、騎士は彼女の腕を後ろへまわし、捕縛した。
「……っ!いたい! なにするのっ……!」
「名をエルマと言ったな?それは我々騎士団が調べた情報で、買い取った名前だと割れているんだ!」
「本物のエルマはこの街ですでに死んだ身だ! その程度の虚偽で、騙せると思うなよ!」
「な……!なんの話をっ!!!」
その時、彼女の眼の前には、金髪碧眼でドーナツマルク騎士団の黒い騎士服に身を包んだ、貧民街にそぐわない見た目の男が現れた。
「こ……。公爵…さ…ま……?」
「そんなすぐにボロを出すなら俺が捕まえても変わらなかったかもしれないな」
「家の中を調べろ!くまなく探せ! 金髪の子どもがいたら丁重に保護しろ!」
「ま……待ってくださいっ……! あの子は……!」
「お前……。今更何を……!」
「聞いてっ! あの子は……私が見つけた大事な……」
涙でぐちゃぐちゃな顔面で、彼女は衝撃的な話をする。
「あの子は……! 孤児院で見つけた公爵様に似た男の子ですっ!」
「なに?ふざけたことをっ!」
「公爵様!」
罵詈雑言を浴びせようと声を荒げた時、それをかき消すように、家の中を調べていた騎士の一人が声を掛ける。そして、連れられるように奥から連れてきたのは……
「お……おかあ…さん?」
「あぁ……」
「ど…どういう状況ですか……?」
「あああああああああああああ!!!」
子どもに見られ錯乱する彼女の存在よりも、私は奥から出てきた子どもに驚愕していた。奥から出てきたのが娘だと思いたかった。だが、青い目ではなく、緑色に青が混ざった色の目で、金髪もくすんだ色味の男の子だった。
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それから、男の子は元いた孤児院で保護し、逃げた乳母は侯爵邸の地下牢へと繋がれた。取り調べには自白剤を用いて行われた。プロの犯行ではなかったため、自白剤を飲んだ彼女の口からは、あっさりと罪を認めた証言を得ることが出来た。
あの日、愛してしまった公爵と、憎い女の間に生まれた子どもを魔道具を使って誘拐し、この西部にやってきたこと。その後、子どもに罪はないという罪悪感から、数日間は育てる意思があったこと。
ただその後、憎しみと、この子がそのまま大きくなれば、あの公爵夫人の顔に似ることに嫌気が差して、幼い赤子をどこかわからない場所へ捨ててきたこと。
それから、偽名を取得し家を買い、たまたま見かけた孤児院の奉仕活動中だった金髪の男児を、過去に愛した男に重ねて育てていたこと。
すべてが白日のもとにさらされたが、結局娘の居場所はわからないの一点張りで、どこかの民家だと言ったり、もしかしたら孤児院かもしれないと話したり、事実は一つも出てこなかった。
「すまない……。結局公爵の娘に関する話は出てこなかった……」
「お前が謝ることじゃない。あの女の処罰は決まったことは喜ばしいさ……」
「でも、もうここに滞在することは出来ないんだろう?」
「あぁ……」
侯爵領に来てから4日が経った。まだこの地で娘を捜したい気持ちはある。だが、それを公爵という身分が許さない。公爵領に投げ出した雑務をこなさなければならないし、近々国王に謁見する予定もある。ただ一人の父として行動できないことを、心から悔やんだ……。
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あれからまた一年が経ち、妻の死と娘の行方がわからなくなって8年。ついに実の娘が見つかったという話を、戦況確認で訪れていたヴェルトシュタイン伯爵領で受け取った。まさに吉報だ。
その後、勅命で受けていた用事を済まし、中央のアルマン王国首都ベリテンにて国王に戦況の報告をし、遺伝子検査のため神殿へ向かい、結果が出るまで神殿に滞在した。
「ドーナツマルク公爵。この3日間ここに滞在するとは思わなかったよ」
「司教様。私は実の娘であると確信を持ってきました。それが判明するのならここで待つことなど大したことではありません」
「では……。これを渡そう。」
「……!!!」
「よかったな。公爵の実の娘だ。女神の名のもとに証明された公的な文章だ」
まだ会えてもいない娘の姿を想像し、おもわず涙がこぼれた。8年だ。あの日私が子どもを預かればとなんども後悔し、自分自身を恨み続けた8年でもある。だが、これでようやく娘を抱きしめられる。名前を呼んであげられる。
「公爵。娘の名前は決まっているのか?」
「『マリア』ですっ……! 亡き妻とともに考えた、大事な…大事な娘の名前です!」
「北部の広大な海を想像する良い名前だな」
そうして、すぐさま西部のクライスト侯爵邸へと馬車を走らせた。北部の屋敷には、実の娘が見つかったこと、すぐに迎えに行くため帰らないこと、それと歓迎の準備をするようにと伝えた。中央から西部まではおよそ5日かかるため、娘に会いたいとはやる気持ちを抑えてくれる時間に使おうとしたが、私はより一層娘のことを思うばかりで、早く向かわなければと、落ち着くことが出来なかった。
ご拝読いただきありがとうございます。次回の更新は12月6日です