2度目の人生は主人公でした /4
衝撃的な事実を明かされた日の夜。エッカルト侯爵にこの期間の専属侍女としてエラがついてくれることになった。私の身の回りの世話をしてくれるエラは、非常に丁寧な人という印象の女性だった。
夕食を食べ終えたあと、お風呂の時間が訪れた。裸になったときに、孤児院でつけられた痛々しい傷を見られるのは嫌だったが、エラは下手に心配する言葉や態度で接することはなく、お風呂上がりに専属医のテオからもらった塗り薬を全身にぬってもらい、ここに来て長く過ごした客間から、少し歩いた客人用の寝室に案内されようやく一人の時間をもらえたのだった。
状況を整理したかったため、ふかふかの大きなベッドの上で、今日ここまでで知りえた情報と、前世の記憶を照らし合わせてみることにした。
まず、金髪碧眼の少女である私は一体だれなのか?その人物像が思い当たる作品は複数あるが、どれも主人公は悪役令嬢で、孤児から公爵家の娘になるシンデレラ・ストーリーの作品はなかったはずだ…。
次に登場人物になりそうな彼らの存在。ドーナツマルク公爵とその亡くなった妻、アレクシア元公爵夫人だ。亡くなった妻の娘を捜して国中を駆け回るストーリーは過去に読んだことがあったが、そのストーリーはその作品の外伝的存在で、メインはその父親が後妻として迎えた女性と連れ子の少女が、その家の子として後々迎えられた少女をいじめてしまったせいで、婚約者や立場などすべてを奪われそうになっていたところを、転生した魂と入れ替わり、破滅の道を正していく—そんな作品だったはず…。
(あれ?たしかその作品って転生した魂が、前世で読んでた作品の内容通りにいじめたりしないように努力するときに、悲劇の子のはなしが出てきてたよね?)
(たしか、『悲劇のマリア』とかいう架空の作品で、そのマリアって子は金髪碧眼で…)
「あーーーーーーーっ!!!!」
思わず大きな声が出てしまい、急いで口を手でふさいだ。
(そうだ、『悲劇のマリア』の原作通りにいかないように努力する悪役令嬢作品で、その『悲劇のマリア』の主人公は孤児院にいたところを見つけられ、公爵家の娘として迎え入れられるんだ!)
と、まるで今の私と同じ境遇であることを思い出してしまった……。
(ということは、私このあと実の娘になって、義理の姉とその母親にいじめられるの?)
最悪な自体に陥ってしまった…。大好きな悪役令嬢作品の世界であると同時に、その作品のなかに出てくる架空の小説の主人公に転生してしまったなんて……。
「神様残酷すぎるでしょ…」
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『目が冷めたら 妹をいじめる悪役令嬢になっていました~破滅したくないので、その原作ストーリー変えさせていただきます!~』という転生令嬢漫画は、
アルマン王国の公爵家が舞台で、後妻として迎えられた、”カミラ公爵夫人” と連れ子の ”ツェツィーリア公爵令嬢” が、あとからやってきた孤児院上がりの、誰からも愛される公爵の実の娘 ”マリア” に嫉妬し、いじめてしまうことで、長女ツェツィーリアの婚約者でアルマン王国の ”第一王子ユリアン” から婚約破棄され、いじめた事実を公表され、カミラとともに修道院送りにされ、破滅してしまう架空小説『悲劇のマリア』が舞台の作品。
そんな未来を知っている日本人女性が、ひょんなことから悪役令嬢ツィツェーリアに転生してしまい、未来を変えるべく奮闘していくが、実はマリアも転生者で原作を変えさせないためにアレコレ妨害してくるのをかいくぐり、未来を無事に変えることができるのか!?という、よくある転生令嬢漫画だった。
「はぁぁぁぁ……」
(大好きな転生令嬢作品だけど、私がそのマリアかもしれないなんて……)
(地獄の孤児院から出たあとに、継母と義姉にいじめられる未来があるなんてそんなの嫌!)
まだ確定した訳では無いが、現状の情報でも十分説明がつくほど状況が似ている。とりあえず冷静になろうと、両頬を叩き冷静さを取り戻そうとする。
「まずは明日、この世界について侍女のエラから聞き込みしてみなきゃ……」
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翌日、起こしに来た侍女のエラに、体に合うサイズの綺麗なドレスと靴を履かせてもらい、用意されていた朝ご飯を食べ、昼食時に私が実の娘か確認するための検証を行う神官や医者たちと合う前に、エラからこの世界のことを、あくまで何も知らない馬鹿な子として聴き込むことに成功した。
まず、ここはアルマン王国という大国で、ドーナツマルク公爵家には後妻とその娘がいることも判明。第一王子はユリアンで、その王子はまだ婚約していないことがわかった。ただこれだけの事実で私は確信した。この世界は、あの漫画の世界なのだと…。そして『悲劇のマリア』はこの私なのだと……。
昼頃、ぞろぞろと白い衣服をまとった神官たちが、この寝室にやってきて、少しの血液を採取して、髪の毛を数本回収して早々に帰っていった。そのあと、専属医のテオがやってきて私の容態の変化を見るために、またあの魔法を私の前で使っていた。
「あの…ヴァルター様。この魔法でどんな事がわかるのですか?」
「テオで構いませんよ、お嬢さん。この魔法は全身に私の魔力を相手に流して、頭から爪先まですべての箇所を瞬時に見ることができる医療魔法のひとつなのです。これでどのように判別するのかというのは、お医者さんになればわかりますよ」
と冗談めいて話すが、おそらくいろいろ複雑な事情があるのだろう。企業秘密みたいなものかと納得し、他の質問を投げかけた。
「遺伝の話をエッカルト侯爵様がはなされていたのですが、それはお医者様では判別できないのですか?」
「そうですねぇ…。まず、職業によって扱える魔法が異なるのです。例えば、私達は病気などに対して回復力に優れた医療魔法を扱えますが、骨折や部位欠損という類のものは、神官にしか直せないのです。神官たちが扱う魔法は、人体の構造そのものに作用するのです。自然回復力では治らないものと言うのがわかりやすいでしょうかね」
「つまり遺伝は人体の構造に関わるものだから、神官の両分ということですか?」
「難しい言葉をよくご存知で…。お嬢さんは賢いようですね、まさにそのとおりです」
「さぁ、診察は終わりましたので、これにて失礼いたしますね。ああ…あと……。必ず寝る前には、体にあの塗り薬を塗って寝てください。睡眠時に人間は回復力が高まるので」
近くで待機していた世話役の侍女のエラにも聞こえるように、大きな声で伝えると、テラはこの寝室をあとにした。
「エラさん」
「はい。どういたしましたか?」
「私にも魔法は扱えるのでしょうか……?」
「基本的に魔力は皆保有しています。もちろんお嬢様もです。ただその性質などを知るためには、5歳のときに神殿や教会などで、魔力測定の儀を執り行うことで知ることができます。」
「じゃあ私はもうわからないということですか?」
「いえ。先程血を神官に渡したように、血液に含まれる魔力を見ることで判明する儀式なので、お嬢様も近いうちに知ることができると思いますよ」
「ではなぜ5歳なのですか?」
「詳しい理由は、魔塔が出している魔力に関する本にしか記載されていないので、確かなことは言えないのですが、魔力が5歳までは微弱で、血液を少し採取する程度では判別できないそうですよ」
「そうなのですね。ありがとうございます。」
「いえ、何でもおっしゃってくだされば、このエラでわかることは何でもお答えいたしますよ」
やはりエラさんは優しくて、丁寧ないい人だなぁ。としみじみ思いながら、今後のために魔法をうまく扱えるようにならなければ…。と決心したのだった。
ご拝読いただきありがとうございます。次回の更新は12月1日です。