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2度目の人生は驚きの連続でした /3

 人生は私の意思とは関係なく物事が進んでいく時がある。ついさっきまで、孤児院の反省小屋に閉じ込められていたはずなのに、クライスト侯爵邸の客間にいるという状況がまさにそうだ。平民の着る麻で繕われたワンピースに似た服装に、裸足で皮のボロ靴を履いた痩せた幼女が、隅々まで清掃の行き届いた部屋の、赤を貴重としたソファーの上で、紅茶と茶菓子を貪る光景は、異質そのもの。


”ボリボリ”

”ゴクッ”


「ふーっ…」


貧民街にある孤児院を出るという目標はかなったが、この光景を未だに飲み込めていない。まるで、物語の主人公のような天と地がひっくり返るようなできごとが、眼の前で起こったのだ。


「でも、こんな小説や漫画を読んでた記憶がないし…」


 前世の私には趣味があった。架空の恋愛ゲームや小説の『悪役』に転生して、本来の主人公が進むシナリオ通りにはさせないぞ!と抗う女性たちが主役の漫画を読み漁ることで、自分の平凡な人生にこんな転機が訪れないかと妄想すること…。”自分がこの立場なら~…” ”自分ならこんなセリフで~…”と、そのような漫画に出てくる、自分の人生を変えようと奮起する女性に自分を投影しては、

「まぁそんなこと起こるわけないよね…」

と、有り得もしない未来を思い描いては、諦めてを繰り返していた…


「悪役令嬢にここからなるとかそんなわけ無いだろうし…」

「侯爵は養女として向かえる感じでもなかったしなぁ」

「なにかの物語に転生する系は読んでたけど、これは私の記憶にないものだ…」

「”クライスト侯爵”なんて人出てくる作品あったかなぁ」


一度読んだものを思い出すのは得意な方だった私でも、この情報だけではどの作品か思い出せないし、そもそも悪役が主人公のものを読んできたから、ベースとして金持ちだったり権力者だったりする。

(この状況はどちらかというと悲劇のヒロインの成り上がり転生モノだな)

と妄想していると…


”ガチャ”


「そんだけ物が食べられるなら、それなりに健康なのかもしれないな」


 そう言いながらこの屋敷の主である、私を地獄から救ってくれた侯爵が客間に入ってきた。

後ろには執事とはこういう人だ、という綺麗な出で立ちの老紳士と、まさに医者ですという白衣を纏った優しそうなおじさんがあとに続いて入ってくる。


「これからお嬢さんを診察する、クライスト侯爵家の主治医、テオ・ヴァルターです。」

「は…はじめまして…名前は知りません。」


「ふふっ」とテオは微笑み、おもむろに手を私の胸の前に向ける。

するとたちまち、テオの手から薄緑色の光が出て、私の体全体から温かい感覚を感じ取る。


「わぁ……」

「魔法を見るのは初めてですかな?」


また、「ふふっ」と微笑むテオは、2分ほどこの状態を続け、手をかざすのを止めたと思ったら、今度は持ち込んだ紙に、真剣に何かを書き込み始めた。


「魔法が存在するんですね」


この私の一言に周りの大人達が驚いた表情で見つめてくる。


「見るのは初めてだとして、魔法の存在を知らないのか?」


侯爵は真剣な顔で尋ねてくるが、私は「うん」と首を縦に振り、紅茶の残りを手に取り飲み干した。


「どうだった?」

「ええ…。詳細は紙面でお伝えしますが、栄養が足りておらず、しばらくは栄養価が高いものを食べさせて、徐々に肉料理などで人体に必要なタンパク源を与え、太らせるのが良いでしょう」

「アルノー。厨房に伝えてなるべく栄養に良いものを用意させろ。侍女にはこの子が着れる綺麗な服と靴を用意させておけ。あのことは手紙で連絡を取るから、後で執務室に取りに来てくれ。」

「かしこまりました」


流れるような会話の内容に耳を傾けつつ、老紳士執事の名前がアルノーというのだと知った。かっいこいいオジサマだなぁと眺めていると、侯爵が私の左側にある一人掛けソファーに腰を掛け、話し始めた。


「お前は名前がないと言っていたが、なぜ孤児院では名前をもらえなかったんだ?」

「名前をもらうには、その日に必要な仕事を何個もこなせた優秀な子供だけがもらえる”権利”だったからです。」

「”権利”か…やはりあの孤児院は調べる必要がアリそうだ。」

「今何歳だ?」

「8歳になるかと…」

「敬語は孤児院で学んだのか?」

「侯爵様と呼ばれていたので、偉い人にはそうするべきかと思って……。だめでしたか?」


(子供らしくないと思われたのかな…?)


「いや、変に知識がないだけでまともなんだなと感じただけだ。」

「今日はこのままここで休んでもらう。昼食はここに運ばせるから、大人しくしていろ」


そう言うと、侯爵は部屋を出ようと立ち上がりドアの方へと向かっていく。


「あ、あの…っ!」

「お名前は…?」


あぁそういえばという顔でこちらを振り返り


「エッカルト、エッカルト・クライストだ。」


それだけ言い残し部屋を出ていった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 部屋に一人残された私は、ここまでで得た情報を元になにか当てはまるものはないか?と考えてみることにした。

まず、この世界は貴族が存在する、民主制ではなく貴族制のまさに古代ギリシアやローマのような世界だということ。さらに、前世では創作物にしかなかった、『魔法』が存在していて、まさに『中世ファンタジー世界』だということがわかった。

何よりもヒントになるであろう人物、『エッカルト・クライスト侯爵』の存在からなにか紐解けないかと、考えては見るものの、未だ判断材料が足りていない。


”ぐううう”


「あっ…」


やはり食べ盛りの体に、茶菓子と紅茶を少し入れただけでは足りないらしい。運ばれてくる昼食を食べてからまた考えることにした。


 しばらくして運ばれてきた昼食は、私の体を考えられた献立で、野菜が沢山入ったスープにホットミルクが添えてあり、白く柔らかいパンがバスケットの中にたくさん入ったものが出された。食事を運んできた侍女たちが見守る中、マナーを気にせず食べて良いものかと悩んでいると、


「自由にお食べください」

「今お嬢様はお客様で、私どもの前で気を使う必要はございません」


その言葉に甘えるように、美味しそうな匂いを漂わせる料理に勢いよくがっつき、バスケットに5、6個はあったパンも平らげ、私はそのまま気絶するように眠ってしまった。


「おい、そろそろ起きろ」

「ん…んんっ…」

「無防備に寝るな。少しは人を疑って警戒をしろ」


いつの間にかエッカルト侯爵が部屋に訪れていて、また一人掛けのソファに座っていた。


「夕食もここに運ばせるが、昼食を食べて気絶するようならやめておくか?」

「い…いえ…。すいません久しぶりのまともな食事ではしゃいだだけです…。」


食い意地が貼ってると思われたら嫌で、顔が赤くなる。恥ずかしくて仕方がないが、今は現状を知るためにも情報がほしい。私はエッカルト侯爵に勇気をもって聞いてみることにした。


「あ…あの。侯爵様はなぜ私を引き取られたのでしょうか?」

「その……。長い話にはなるが、今から8年前に亡くなられた、『ドーナツマルク公爵家』のアレクシア公爵夫人の子どもが誘拐された事件が発端だった。公爵夫人は出産後すぐに体調が悪化し、生まれたばかりの子どもは乳母へと預けられたんだが、その乳母がその子とともに行方をくらましてしまったんだ」

「それが、私を連れてきた理由となにか関係が…?」

「まあ聞け。その後公爵はすぐに捜索隊を組み、自分自身も国内を探し回っていたんだ。だが有力な情報は得られず、時折金髪に髪を染めてこの子が捜していた子です!と公爵家とつながりたい者や、報奨金目的の大人たちがこぞって集まる変な事になってしまい、(おおやけ)に捜索することを辞め、極秘裏に探すようになったんだ。そんな事情を知っているうちの一人がこの俺だ。」


(大変だったんだなぁ…と思わず同情しちゃうなぁ)

(でも結局なにが私と関連しているんだろう……?)


「ドーナツマルク公爵は、綺麗な金髪碧眼で、この国でこの髪色と目の色を持つのは、ドーナツマルク公爵以外いないとされているんだ。亡くなられたアレクシア公爵夫人は遠縁の貴族家から生まれた方で、遺伝し辛いとされていた金髪が隔世遺伝で現れたこともあり、彼女もまた金髪だった」

「つまり……。その子どもは金髪碧眼であるとしており、お前はその条件に完全に当てはまっている。」


衝撃の事実がエッカルト侯爵から告げられ、私はなにも言葉を発せなかった。孤児院で暮らした8年の辛く苦しい時間、私の実父とされる人が捜していたという、信じがたい話を聞かされたからだ。


「いきなりお前が公爵の娘らしいと言われて、理解できないのも無理はない」

「ただ髪色や眼の色だけで判断するのは早計だというのも事実だ。確証が得られるまでは、見つけ出した我が侯爵家で保護することが決まった」

「ほ…本当に、私はそんな高い身分の方の子どもなのでしょうか?孤児院の先生から説明があったように、赤子のときからあそこにいるのですよ?」

「だからしばらくは保護という形で、数回検証に付き合ってもらうことになる」

「違った場合は…?」

「あの孤児院に戻すようなことはない。平民の養子を求めている家に君を送ることもできるし、それが嫌なら、我が家で下女として雇うことも可能だ。」


あの孤児院に戻りたくないという気持ちを、このエッカルト侯爵は汲んでくれていた。あのおぞましい場所から抜け出せるのなら、下女でも何でも構わない。

ただ、いきなり公爵家の子どもとして暮らしていけるかの自信はない。なにせ、前世ではただの一般人。今世では孤児だったのだから…。

ご拝読いただきありがとうございます。次回の更新は11月30日です

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