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2度目の人生に転機が訪れました /2

 空腹を紛らわすために、無理にでも眠りについたが、おそらく3時間ほどで目が冷めてしまった。


”ぐううううう”


私の決して健康とは言えない、貧相で小さな身体は、3日ぶりの食事を求めて唸り続けている。それも、前世を思い出したせいで、毎日のように食べていた、この世界にはないであろう携帯食料(イン◯リーやカロ◯ーメイトなど)を無性に食べたくなるほど、空腹は限界を迎えていた。


(よりによって、3日前の食事にありつけていた日じゃなくて空腹の絶頂を迎えた今日だなんて……)


この孤児院では、このようなバツを受けると、唯一の食事が抜かれてしまうので、皆真面目に働くのだ。どんなに限界を感じても、晩に訪れる夕食時は、身よりもない孤児にとって生きていくための大切な時間だ。出される食事は、固く黒いパンに、おそらく孤児に与えられる労働によって収穫された、売ることのできない出来損ないの野菜、そんな野菜をお湯で煮出しただけの味を感じることがないスープが食事のメニューだ。


(あんなのでもこの場所じゃ貴重なのに……)


「くさい……」


空腹の悲しさと、晩メシ抜きにされた悔しさから、膝を抱え込むように丸くなる体勢をとるが、1週間ほど洗えていない、労働し続けた体から、ドブ清掃のときについた臭いと、カビ臭い衣服のにおい、汗が固着したような臭いが同時に鼻を刺激する。


(女なのに髪はゴワゴワ、皮膚はザラザラ……)


この世界が日本ではないことは確かだ。労働で外に出る機会はあったが、町並みはドイツのローテンブルクに似た風景に、家庭で出た糞尿を回収する業者が、朝になれば外を駆け回る。文明レベルは、前世の日本とはかけ離れており、はるか昔の時代へと巻き戻ったような場所。

それが、2度目の人生を過ごす場所……。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 朝を迎えた。この約8年でなんども見てきた朝だ。ドアの向こうが騒がしくなりはじめ、早起きの孤児たちが、朝の支度をはじめているのだろう。そろそろ院長の補佐をしている、いつも陰険な笑みを浮かべる、肩までかかる髪の毛が特徴の、「デニス」が私をこの納屋から追い出して、いつもと同じ説教をしにやってくる頃だろう。


だが今日は朝から違う出来事が起こった……。


「おい! 反省の時間は終わりだ!」

「今からお前を磨かなきゃならん…。洗ってやるからありがたく思え…っ!」


「デニス」の口調は荒いが、無理に引っ張るわけでもなく、この納屋から自主的に私が出るまで、荒々しく開けたドアの前で仁王立ちをして待っている。


「なんで…急に」


恐ろしかった。自分より2倍以上でかい男が、いつも通り強引に引っ張るわけでもなく、ただ待っているのだ。これはなんの遊びなの?と考えてしまうほどおかしな光景だった。


「今日、お前の引き取り手が見つかるかもしれないからな」

「後で恨まれないように、丁寧にしてやってるんだ」

「気が変わらないうちに動け……」


そこからの出来事は一瞬だった。デニスに体を洗われ、きれいな既製服に着替え、いつも入ることすら許されなかった、ソファーと暖炉がある客間のような空間に通された。この世界に来て初めての経験を、わずか数時間で体験してしまった。


「てか、私の髪の毛金髪なんだ……」


この世界で初めて、柔らかな泡で洗髪をして、ギトギトしてゴワゴワのくすんだ髪の毛が、サラサラの綺麗な金髪だと洗われたときに知ることになった。体にはアザや、ムチによる傷跡が生々しく残っていた。更に骨は浮き出て、頬はコケていて、お世辞にも綺麗とは言えないが、青い海のような色の目に、スッーゥっと通った鼻筋。まさに外国人という顔立ちに、平々凡々な顔立ちの前世からは想像もできない見た目に少し感動を覚えてしまう。


「いいか。今日この3人の中から1人でも気に入られれば、貴族の養子か遊び相手、まぁ女は愛玩用かもしれんが、とにかく金に糸目をつけない上客が来るんだ。媚でもなんでも売って気に入られろ。」


ひどく残忍な顔つきで話をするデニス。心のある人間から出てくる言葉とは思えない発言だが、私はこの人生を変える転機だと喜び勇んでいた。


「デ…デニス…先生…」

「ん?」


なんだ?発言を許可したつもりはないぞという表情で、声をかけた男の孤児を睨むデニス。


「今日、誰も選ばれなければ、そ…その……、どうなるのでしょう?」

「またここで働くだけだ」


そうだ。ここで選ばれなければ当たり前にここへと引き戻される。こんな綺麗にされるのは今日が最後かもしれない。先月も体調を崩した孤児数名が、この孤児院から姿を消した。ここでは、生き残るために最低限のことは許されているが、最低限を超えることは死に直結している。だからこそ私はここで選ばれなければならない。


”ガチャ”


この客間のドアが開き、おそらく騎士であろう人を先頭に、鍛えられた体の男達3人が入ってくる。身なりは綺麗で、貴族という言葉は嘘ではないのだろうと実感した。


「クライスト侯爵閣下。お待ちしておりました。」


デニスは、眼の前に現れた貴族に、媚びへつらうかのように手をこねて挨拶をする。あのデニスが笑顔で挨拶をしたことに私は驚いていた。


「小綺麗なやつを紹介しろといったが、これがまともなやつらか?」


冷たい目をしていて大柄だが、気品の良さを感じる出で立ちの、『クライスト侯爵』と呼ばれた男が淡々とした物言いで私達を見つめる。


「我が孤児院でも、かなりきれいな者たちです。一人は身分すらわからぬ子ですが、ほか二人はもともと他国の戦災孤児でして、両名とも他国の元貴族家の人間です。」


あぁ。理解した。この場で身元が不明なのは私だけだ。この二人には、元貴族という立場があり、他国の戦災孤児を多く受け入れた話は、この狭い世界で生きた私でも知っているほど有名な話だ。その中でも、戦災孤児だが、元貴族という立場の子どもは、この国の貴族たちには安く恩を売らずに手に入る養子として人気だということも有名だ。つまり私はこの場で、見定められる対象ではなく、ほか二人を売るための比較対象なのだ。


「この女は金髪だな。それに目も青い。これが意味することをお前が知らないわけではないだろう?」


見た目をよりよく見せるためだけの存在である私になぜか興味を示す侯爵。私は思わず動揺して、引きつった笑顔を見せてしまう。


「あはは…」

「名前は?」

「わかりません…」

「両親は?」

「わかりません…」


何度か意味を持つのかわからない問答をした後、侯爵はデニスの方へと視線を向ける。


「デニスとか言ったか?」

「は、はい!何でしょう?」


わずか一瞬の出来事だった。侯爵と呼ばれる男の周りにいた二人の騎士が剣を抜き、デニスへと突き立てる。


「閣下っ…!!」

「お前がこの国で生きている以上、この()がどんな存在かわからないわけがないだろう?」

「ですがっ…! この娘は赤子のときに当院のまえに置かれた孤児ですよ?」

「だが、()()()というのは周知されていた。どんな立場であれ報告するのが義務だろう」


何を話しているのかわからない。私の見た目から急に話が進みだした。それも、『捜し者』という表現から、誰かが私を捜しているということしかわからない。


「この()に関する資料をもってこい。お前たちの処理は、あいつが直接下すだろう。」

「あ…あぁ……。そんな…。」


絶望という表現が正しいほど青ざめるデニス。理解のできないこの状況に、私含めた3人の孤児は呆然と言葉を発することなく立ち尽くしていた…。

ご拝読いただきありがとうございます。もう数話でこの物語が進みます。次回更新は11月29日です。

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