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2度目の人生がはじまりました /1

 『転生』とは、一人の人生を終えた人に与えられる、新たな生命として誕生を向かえる権利…。


 都内でそこそこの企業に就職し、変わらない日々を生きていたが、駅のホームへ下る階段で足を滑らせ、後頭部を強打し、苦しみの中25年の人生に幕を閉じた『平凡で独身の日本人女性』それが私、『久住かおり』の短い人生のなかで起きた大きな出来事だろう。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 ”バコン”


 後頭部を強く殴られた感触とともに、ホコリまみれで掃除もされていないような、板張りの床に全身を打ち付けられる。強い衝撃を受け、誰がこんなひどいことを! と睨みつけるように殴られたであろう方向に目線を移すと、


「まともに仕事もできないのかい! 本当に使えない子だねぇ!!」

「今日もここで反省しな! 当然メシは抜きだ!!」


と、罵声を浴びせる恰幅のよい、後ろで髪をひとまとめにした女性が、数枚の板に釘を打ち付けて”かろうじてドア”と呼べるようなものを強く閉じる。


「な…なんなの…」


全く状況が掴めない。暗く、ホコリが舞い、木箱やおそらく土のうのようなものが積まれた、狭い空間に”私”はいた。


「ここ…どこ?」

「死んだ…よ…ね……? あのとき駅の階段で……」


でも間違いなく痛みを感じるし、体を起こそうと地面に手を付けば、荒い木目を感じ取れる。


(夢じゃないみたいだけど……)


ふと、ホコリまみれになった両手を見ると…


(小さい!? 子供の手みたいな……)

(なにがどうなって……)

「痛っっっ!」


その瞬間脳に電撃が走った。私が確かに死んだという”25年間の記憶”と、この体が味わってきた”生まれてから今日までの記憶”が鮮明にリンクした瞬間だった…。


 イマまでの人生で経験したことのない、脳を締め付けられるような痛みに、私はまだホコリまみれの両手で頭を強く抑えるが、全く緩和されない。体感にして5分ほどその激痛に苦しめられたが、急激に痛みが引いていき、現状を整理できるほど冷静になる事ができた。


(そうか…私は一度死んでいたんだね……)


こんな感想がでるのも、この体の記憶の片隅には、おそらく前世と呼ぶべき「久住かおり」の生活していた風景や、匂い、音をおぼろげな記憶として持っていたからだ。だからこそ、ようやく「久住かおり」の死を受け入れることができた。


(この体に”私”が定着したってことなのかな?)


推定ではあるが、”約8年” という時間をこの小さく痩せた体で暮らしてきた記憶は、しっかりと私が生きた記憶であると認識できた。なぜなら、追体験したわけでもなく、私は確実にこの体で過ごしたことを覚えているからだ。

たぶん、いままで前世の記憶が今世の記憶に馴染むまで時間がかかり、前世の死因と同じ後頭部への強いダメージで思い出せたのだろう。


(今日ばかりは、あのおばさんに感謝でもしてみる?……)

(いやそれはないな…)


”ぐうううう”


大きくお腹がなる。それも当然だ、私は前世の記憶を思い出せたからと言って、喜べる状況ではないからだ。


(これで3日連続晩御飯にありつけていない…)

(やっぱりあのおばさん嫌いだ…)


膝を抱え込むように丸くなって横たわる。この状況は、前世の私がいきなり経験していたのなら辛く泣いていただろう。だが、私はこの状況を慣れてしまっている。『反省小屋』と呼ばれるこの場所を、この小さな身体がもっと小さいときから体験しているのだから……。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 この小さく痩せた体は、間違いなく”私”であるが、前世の「久住かおり」とは全くことなる体だ。

名前はなく、生みの親も知らないこの体は、孤児として赤子同然のころから今まで、孤児院に在籍している。

この孤児院は、『どんな年齢、境遇の子どもも引き取る慈悲深い孤児院』という世間のイメージに反して、立って歩ける体なら、幼子でも労働をさせ、”しつけ”という名の暴力も厭わない、残忍な大人たちが運営している、地獄のような場所だ。


(クソみたいな環境だ…)

(前世を思い出したせいで、今の環境がどれほど酷いのか実感した…)


”ぐううううう”


「……お腹…すいたなぁ……」


3日連続で食べ物を得ていないこの体は、悲痛な悲鳴を繰り返し上げていた。

今日は床の掃除当番だったが、よくある孤児への嫌がらせで、男性職員がバケツを引っくり返し、水浸しにしたことを、私一人の責任として、あのおばさんに報告され、”しつけ”を受けてここに閉じ込められた。


 あのおばさんは孤児院の院長で、豊かさを表す太った体に、きれいな服を着ていて、何故か私にあたりが強い、嫌いな大人の一人だ。嫌がらせをした男性職員は、最近彼女に振られた腹いせに、私達孤児をいじめて、嫌がらせをしてストレスを解消している、最低な大人だ。


(はやく良さそうな家の人に引き取ってもらわなきゃ…!)

(このままじゃまた死んじゃうっ……!)


唇を強く噛み締め、今の環境からの脱却を夢見て、鳴り止まない腹の虫を抑え込むように、丸くなって眠る…。前世では想像もしていなかった”2度目の人生”は、どうやら劣悪環境の孤児に転生するという、ハードモードの人生らしい……。

ご拝読いただきありがとうございます。次回更新は11月28日です

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