「優勝」
ブレドは動揺していた。
かつて自分の足元に及ばなかった弟が今、自分を打ち負かそうとしていたからだ。追い詰められた際、脳裏にかつての記憶が浮かんだ。十年前、燃え盛る王城内で彼は化け物を見た。完全武装のローゼンの兵士達をいともたやすく斬り伏せた存在。
『夜明けの翼』首領。レックスだ。肩まで伸びた銀髪。外套から見えるたくましい腕。そして、竜の鱗のような装飾をした背丈ほどもある大剣。身内からもてはやされて良い気になっていた彼は初めて、圧倒的な強者を目にした。その日から誓った。どんな手を使ってでも勝つ。真正面でやりあって勝てないなら毒を盛ればいい。寝込みを襲えばいい。どんな手段を使っても勝てば英雄だ。勝てば良い。勝つ事こそ全てだ。そう思っていた。
しかし、狡猾さを身につけたところで過去のトラウマが拭えるわけじゃない。
過去への恐怖のせいか。ブレドにはアーケオの姿がレックスと被った。
鉛のように重い瞼をゆっくりと開けた。真っ白な天井が目に入った。近くから寝息のような声が聞こえて、眼を向けるとマシュロが椅子に座って眼を瞑っていた。
「マ、シュロさん」
蚊の鳴くような声で呟いた。彼女が目を覚ました。
「アーケオ様!」
目に涙を含んだマシュロがアーケオに抱きついてきた。
「マシュロさん。痛い」
「あっ! 申し訳ありません」
マシュロが慌てて、主人から離れた。
「僕。どうなったの?」
「ブレド様に勝利した後、突然倒れたんです。それから丸三日間、眠り続けていました。もしあのまま意識が戻らなかったらと思うと」
マシュロが両手で顔を抑えて、泣き声をあげた。彼女に心配をかけたことにアーケオは胸の奥が痛くなった。
「毒針に含まれた猛毒はかなり強力なもので、あの状態で戦っていたのが奇跡だとお医者様も大変、驚いていました」
「そっか。でもよかった。兄さんに勝てた」
「おめでとうございます。アーケオ様」
マシュロが笑みを浮かべて、祝福の言葉を口にした。
「ありがとう」
アーケオは精一杯の感謝を口にした。ここまで支えてくれたマシュロがいなければ自分はこの舞台に立てていない。彼女には感謝の気持ちでいっぱいなのだ。
「ディーノさんって今、どこにいるか分かりますか? お礼が言いたくて」
「ディーノさんは見当たりませんね」
マシュロが顎に手を添える。アーケオは少し、残念に思った。その後、医者から治療としばしの入院を言い渡された。
そして、隊員を迎えてマシュロの支えで会場に向かった。
「ここからは一人で行くよ。ありがとう。マシュロさん」
「かしこまりました。お気をつけて」
マシュロの支えから離れて、アーケオはゆっくりと闘技場に向かった。入った瞬間、空気が割れんばかりの歓声と拍手がアーケオを迎えた。
「おめでとう!」
「よかった! 帰ってきて!」
「ナイスファイトだったぜ!」
たくさんの観客たちがアーケオに賞賛の言葉を投げかけた。
「おめでとう。若き戦士よ」
大会の司会者がメダルを首にかけてくれた。メダルを与えられた瞬間、会場中から拍手を浴びた。
「おめでとう!」
「お前が新しいチャンピオンだ!」
「よくやったぞ!」
たくさんの喝采が聞こえる。今まで認められてこなかった少年が今、ようやく認められたのだ。
闘技場の入り口付近でマシュロは目から涙を流していた。かつて誰からも認められなかった主人が今、世界中の人に認められた瞬間に立ち会ったのだ。
「見ておられますか? ウィンディー様。アーケオ様はこんなにも立派になられましたよ」
歓声と祝福に包まれたアーケオを見ながら、マシュロは彼の亡き母に語りかけた。
ありがとうございます!




