「ここは呪われたトラスト地区だよ」とクイーンは言った
いつもお読みいただきありがとうございます!
そういえばちょうど「ネコの日」でした!
「ねぇねぇ」
白い毛足の長いネコがわずかに開いた窓から顔をのぞかせている。思わずエスターの肩はビクリと揺れた。
「良い匂いね。何を作ってるの?」
「これはツナと菊芋でサラダを。あとはお魚を焼いていて」
「お魚の匂いね。ねぇねぇ。少しくれない? あんたが来てからずっといい匂いがしてて。ずぅっと食べてみたいなって思ってたのよ。もうね、匂いだけかがせるなんて飯テロよ」
ネコが喋っても驚かない。だって、ここは獣人の国だから。
「でも……誰かと勝手に喋ったらオニキスに怒られちゃうから」
「だぁいじょうぶよ。あたしね、獣人として欠陥ものだから匂いがないの。人化もできないし、透明ニャンコみたいなもんよ。バレないって」
「そうなの?」
「そうよ、あたしの匂い嗅いでみる? 無臭よ」
「お魚の匂いで分からないかも」
「じゃあ、お皿に出して置いていたらあたしが勝手に食べちゃったってことにすればいいわ。あたし、この辺をいつも徘徊してたけどオニキスに気付かれたことないもの。あんたも誰とも喋れず外出もできずにそろそろ退屈してるんじゃない? あいつ、束縛するでしょ」
「……束縛っていうか……外は危ないから家から絶対に出るなって。他の人と関わったらダメって」
「ふふ。あの男ってバカよね。ね、ご飯ちょーだい。そうしたらあたしが色々教えてあげる」
ふんわりふんわり誘うように揺れる白く太い尻尾。エスターは魅力的な提案に少し迷った。この獣人の国に連れ去られてからオニキスとしか喋っていない。しかも彼は朝から晩まで仕事でいないのだ。
一度言いつけを破って庭に出たら怒って叩かれた。「こんなに愛しているのにどうして言うことがきけないの?」と。それ以降、嫌われるのが怖くて言いつけは破っていない。
「あんた、人間の国から訳も分からず連れてこられたんだろう?」
白いネコが鼻をスンスンさせながら訳知り顔で聞いてくる。
「はい……」
「あいつはいっつもそうさ」
「いっつも?」
「ここから先はご飯をくれたら、だね」
片目を軽く瞑る白ネコ。茶目っ気のある仕草に思わず頬が緩んだ。オニキスは大切にしてくれるけれど、この生活は最近息が詰まる。掃除して料理してずっとオニキスを待つなんて。
混ぜ終わったサラダを小皿に分けてそっと窓の近くに置いた。白ネコは器用に前足を使って皿を引き寄せて食べ始める。
「うんま! やっぱりツナは格別。それにこの菊芋? シャキシャキでおいしいわねぇ」
ふみゃうみゃ言いながらサラダをさっさと食べてしまう白ネコ。オニキスも美味しいよと言ってくれるが、こういう素直な感想は嬉しい。
「ネコはこういうもの食べていいの?」
「ネコ獣人だからね、何でも食べるさ」
「お魚はまだ焼けてないの」
「匂いで分かってるよ。じゃあ、ご飯ももらったしあたしとお喋りでもするかい」
「あ、はい。あなたを何とお呼びすれば?」
「クイーンって呼んどくれよ。あんたは?」
「エスターです」
「エスターお嬢さんとやら。あんた、ここに来たのは二カ月前かい?」
「はい」
エスター・オルグレンはオルグレン子爵家の令嬢だった。といっても養女だが。
子供のいない子爵家に孤児院が引き取られたのはいいが、数年経つと待望の子供が子爵夫妻にできてしまったのだ。エスターは孤児院に戻されるなんてことはなかったが、腫物扱いされた。
数年はエスターの天下だったのだ。「お母さま」「お父さま」と呼べば大げさに喜んでくれ、綺麗な服を買い与えられ、婿を取って子爵家を継ぐのだと思っていた。
そんな日常は弱弱しいしわくちゃな弟が無事に誕生して一気に崩れてしまった。
獣人の国に来る前は貴族の学園に通っていた。その学園の寮の庭によくやってきていた黒ネコ。それがオニキスというネコ獣人だった。エスターはそうとは知らずただの迷いネコだと思って餌をあげ、さまざまな話をした。
そしてある日、黒ネコだとばかり思っていたネコは人間の姿になり「君は僕の番なんだ」とエスターを抱えてこの国まで連れ去ったのだ。
番というのは運命に定められた伴侶だそうだ。そう言われて大切にされて悪い気はしない。勝手に連れてこられたことに少し怒ったものの、エスターはいとも簡単にオニキスに絆された。
最初のうちはオニキスも仕事を休んでずっと一緒にいてくれたが、いつまでも仕事を休むことなどできない。徐々にエスターは暇な時間が増え、さまざまなことを考え悩み始めたところだった。
「どうせあいつに『番だ』って言われたんだろう?」
「はい。違うんですか?」
「ネコ獣人に番なんて概念はないよ」
「え……?」
「番の概念があるのはもっと強い動物だけさ。オオカミだのトラだのヒョウだのライオンだの」
「でも、オニキスは……」
「あんたには酷なことかもしれないが、ご飯ももらったし言うよ。計画を立ててここからどうにか逃げないとダメだよ。あんた、あいつの発情期が終わったら殺される」
一体、クイーンと名乗るネコは何を言っているのか。私が殺される?
「嘘だと思うんなら部屋の片付けを口実に探してみな。他の女の痕跡があるはずだ。あいつはね、人間の女を攫ってきちゃあ大切に扱うんだよ、発情期まではね。発情期で交わった後に女を殺すのさ。庭に出たら怒るのはそのためさ、だって過去の女たちが埋めてあるんだから。しかも趣味が悪いことに戦利品として女の何かは取ってあるんだよ。くれぐれもオニキスに質問したり、あたしのことを言ったりすんじゃないよ」
白ネコは怖い顔をしてシャーと唸ってからさっと身をひるがえして消えた。呆然としたエスターだけが取り残された。
「どうしたの、元気ないね」
夜になって食料を買い込んで帰宅したオニキスに顔を覗き込まれた。彼の黒髪がさらりと目の前で揺れる。買い物に行こうと提案したこともあるのだが、彼はエスターにそれさえ許してくれることはなかった。
「お、お腹痛くって」
「大丈夫? あっためる? 早く寝ようか」
青い目を真ん丸にしてオニキスは心配してくれる。本当に心配してくれているんだと分かる。本当はお腹なんて痛くないが、クイーンのことを聞くこともできない。
私の作ったご飯を食べて、洗い物は彼がやってくれる。孤児院で散々家事はやっていたから苦ではない、昔取った杵柄だ。
先に寝ているように言われてベッドで悶々と悩み、ウトウトしているとオニキスがするりと入って来てエスターを後ろから抱き込んだ。
「あ、起こしちゃった?」
「ううん、ウトウトしてた」
「こうするとあったかい?」
「うん」
オニキスはそう言いながらお腹に手を当てる。オニキスの手の上に自分の手を重ねると、ちゅっと首筋にキスされた。
「くすぐったい」
「可愛い」
キス以上のことはオニキスとしていない。一緒のベッドで寝てもそうなのだ。
家から決して出てはいけないというだけでそれさえ守っていれば彼は優しくて甘い。
「ねぇ」
「うん?」
「私のこと愛してる?」
思わずエスターは聞いてしまった。両親にだって怖くて聞けなかった。どうせ養女の自分よりも本当の子供である弟を好きに決まっているから。でも、どうしてもオニキスには聞きたかった。
「愛してるよ。言っただろ? 番だって」
「人間だからよく分からないもん」
「僕たちは匂いで分かるんだ」
「じゃあ、会った瞬間分かるの?」
「そうだよ」
「いいなぁ。私も匂いで分かれば良かったな」
「エスターは最初に食べ物をくれた時から優しかったし、可愛かった。番だって言ったら一緒に来てくれるかなって思ったんだけど、エスターは人間だから怖くて言い出せなくてずっとあの庭にいたんだ。でも親の決めた相手と婚約させられるかもってある日僕に悲しそうに言ったから、君を助けなきゃって思ったんだ」
「それで連れ去ったの?」
「びっくりしたよね? でも、エスターが他の男のものになるかもしれないって必死だったからさ」
後ろからぎゅっと強く抱きしめられる。
クイーンの言ったことってやっぱりウソだよね? だってオニキスは私をこんなに大切にしてくれるんだもの。養父母よりも子爵家の使用人よりもずっと。外に出ちゃいけないのも危険だからだよね。きっとそうだよね。庭でさえ危険なのかな。
翌日、クイーンに言われたことは頭の片隅に追いやって仕事に行くオニキスを見送る。
「今日は掃除をしよっかな」
どれだけ手の込んだ料理を作っても時間は余る。読書といっても本は高価で、オニキスの家にはそれほど本がなかったのですでに読みつくしてしまった。
なかなか手が回らない床や壁を綺麗にしようと雑巾を手にあちこち綺麗にしていく。手の込んだご飯を作って掃除もきちんとすると、オニキスはとても喜んでくれるのだ。こんなに大切にしてもらってるんだから彼にも家では快適に安心して過ごしてほしい。
せっせと壁を拭いてから床を拭く。
カーペットまでよけて念入りに床を拭いていた時だった。何かが引っかかった。何だろうと雑巾を持ち上げると、床の一部も一緒についてくる。床板が一枚、剝げていた。
「え、どうしよう!」
まさか床を壊してしまったのだろうか。心配になって床板が剥げたところを覗き込むと箱が置かれていた。フタなどなく、その箱の中には綺麗なアクセサリーが入っている。手を伸ばしかけて自分の匂いがつくかもしれないという不安で手を引っ込めた。
心臓がバクバクしている。
もう一度覗き込むと、無駄に良い視力のエスターの目はネックレスのチェーンに栗色の髪が絡んでいるのを捉えた。
すぐに覗き込むのをやめて床板を慎重に戻し、カーペットを元通りにする。何も考えたくなくて、雑巾を洗ってわざと部屋中のドアを開けて魚を焼いた。部屋中に魚の匂いがついてしまうように。
何をするにも手が震えた。
まさか、まさか……あれがクイーンの言っていた女の痕跡? その割には一つしかなかった。嘘だよね? もしかしたら私への贈り物かもしれないし。
そこでよせばよかったのに。
別の日も床掃除をして他にも四点、女性もののアクセサリーやシュシュを見つけた。四点目を見つけて、ショックでその場にエスターはへたりこんだ。もう、頭の片隅に追いやったはずのクイーンの言葉を無視できなかった。
「見つけたみたいだね」
三日後、料理をしているとクイーンが尻尾を揺らしてやって来た。
黙って魚をほぐして小皿にとって窓の近くに置く。
「たまんないねぇ、焼きたての魚ってのは」
猫舌などなんのその。はふはふしながらあっという間にクイーンは魚をたいらげた。
「で、どうしたいんだい、お嬢さん」
「あなたは……オニキスが連れて来た前の女の子たちも見たの?」
「あぁ、何人も見た。そしてあんたにしたのと同じ忠告をした。でも信じてくれないのが大半。一人だけ信じてくれたが……逃げるのに失敗して死んだよ」
クイーンは毛づくろいをしながらなんてことはないように話すが、声は一瞬暗く沈んだ。
「信じてくれたのは栗毛の子だった。可愛かった。どっかのお嬢さんだったんだろうねぇ、慣れない手つきであんな奴のために家事をやってさ。逃げたけど追いつかれて殺された」
毛づくろいを終えたクイーンの金色の目がこちらを向いた。
「あんたはどうする。逃げるなら協力するよ」
「どうして……私に協力してくれるの」
「美味しいご飯をくれたから。そして、エスター。あんたはこの地区がなんて呼ばれてるか知ってるかい?」
「獣人の国アマルディとしか聞いてなくて……地区名までは何も」
「ここは呪われたトラスト地区だよ」
「呪われた……地区?」
「アマルディの中でも最も異質な地区でね。ここに住んでる奴らは大なり小なり全員呪われてんのさ。そして、この地区から逃げることも出ることもできない。あたしには匂いがない。獣人にとって匂いがないのは致命的なんだよ、自分の存在を示せないからね。あたしのはそういう呪い。オニキスのだってそうさ。愛し合った人を殺す呪いだよ」
手が震えて鍋をかき混ぜていた手元が狂ってスープが少しこぼれた。
「どうせ呪われてるんだ。あたしはもう年寄りだし、呪いに全然関係ない若い女の子が攫われて殺されてんのはもう嫌でね。死ぬ前にちょこっとくらいいいことでもしようかって」
耳がクイーンの言葉を拒絶して頭がくわんくわんした。
「……オニキスは私のこと好きって言ってくれて」
「うん」
「大切にしてくれて」
「うんうん」
「こんなに大切にされたこと……人生で一度もなかったから」
孤児院でも子爵家でも。私の本当の居場所なんてなかった。
「あの男を疑いたくないんだね?」
「今が人生で一番幸せだと思ってたの。外に出られなくっても。たくさんの人に関わるの怖いし」
「うん」
クイーンは相槌を打ってちゃんと聞いてくれる。たまにふぁさっと白い尻尾が揺れる。
「でも、床下からネックレスを見つけちゃって……栗色の長い髪の毛がついてた」
「そのネックレスは、綺麗な細長い水晶じゃなかったかい?」
「うん、そうだった」
クイーンの言葉でなんとなく先が分かってしまい、スープを混ぜながら涙がこぼれ落ちる。エスターの髪は金髪で、しかも短い。
「それはあんたの前にここにいた子だよ。栗色の長い髪で、攫われてきた時からそのネックレスはしてた。あたしも見たことがあるよ」
「その子は……逃げようとして殺されたの?」
「あぁ、そうだよ。一人で逃げるって言うし、あたしもこの地区から出られないから一緒に行かずにルートだけ教えた。そうしたら、オニキスにばれて殺された」
「私も……発情期が来たら殺されるの?」
「そうね。オニキスの呪いが解けない限り殺される。解呪方法は分からない。あたしのだって分からないんだから。オニキスも解呪したくて人間の女の子を攫ってきちゃあ結局殺してる。呪いは解けていない」
「私、どうすればいいの……?」
ぽつりとこぼれてしまったエスターの声にクイーンは首を傾げる。
「人生は自分で決められる。今がどんな状態でも」
「でも……私のこと好きになって愛してくれる人なんてもういないかもしれない」
「あんた、若いのになに言ってんだい。運命の番って言われてのぼせあがったかい? そんなもんに頼ってんじゃないよ。番くらい自分で決めな」
クイーンは本当にクイーンらしくぴしゃりと言ってのけた。前足まで上げて。その迫力にエスターの涙が引っ込む。
「あんたがこいつだって決めたらそいつが運命の番だよ。運命の人、でもいい。匂いがそうでもそうじゃないって思えば運命の人でも番でも何でもない。相手が決めるんじゃない。あんたが決めるんだ」
「私が?」
「そうだよ、エスター。あんたの人生、他に誰が決めるんだい。他人に決められてずっとその上を歩く人生なのかい」
クイーンにクイーンのごとく言われて気付く。私は何にも自分で決めたことがない。子爵令嬢になった時も流れに任せていただけで、その後も連れ去られた時も今もずっと。
エスターがまた泣きそうな心境になっていると、クイーンは鼻を鳴らした。優雅に尻尾が揺れる。
「来週からこの家の前の通りで大きな工事がある。出入りも多くなっていろんな匂いが入り混じって、あんたが逃げてもオニキスはあんたを追いにくくなる」
「その時に逃げろってこと?」
「あいつの次の発情期は二か月後くらいだよ。それまでここにいればあんたは殺される。どうしたいか、だね。あんた自身で決めるんだよ」
「私、自分でなにかを決めたことなくって……合ってるのかどうか自信がないの」
「自分の心にちゃんと聞いてみな。あんたは自分の声を聞くのを怖がってるだけだろう?」
***
クイーンの言った通り、工事が始まった。
「決心できたならこれをあの男の食事に混ぜな」
咥えていた小さな袋をクイーンはぺっと投げてきた。
「無味無臭の睡眠薬だよ、朝までぐっすりさ。今日は風が強いからね。匂いが紛れやすいから決行するなら今日だね。やる気があるなら眠らせてこの家から出てきな。あたしは待ってるよ」
エスターが何も言えないでいると、クイーンは袋だけ置いてさっさといなくなってしまった。取り残されたエスターは落ち込みながら野菜を切る。
オニキスは私だけを愛してくれると思ったのに。
孤児院には流行り病で親を亡くした子供がたくさんいて職員の手は足りていなかった。子爵家に引き取られて数年愛されて、弟が生まれて放置されて。一度あの満ち足りた感覚を経験してしまったら、もう前のように諦めの境地には戻れなかった。
そうして出会ったのがオニキス。始まりは誘拐紛いだったが、彼はこの二カ月間ものすごく良くしてくれた。エスターのあの数年間の満ち足りた生活を思い出させてくれるかのように。
ぼんやりしながらスープを作っていてふと気付く。今日のメニューであるスープにならすごく睡眠薬を入れやすい。睡眠薬を入れて彼が眠るまでにどうするか考えてもいいんだし。眠っても私が出て行かなかったらそれまでなんだし。
それに、私のこと愛してるなら笑って許してくれるよね? 追いかけてくれるよね? 殺したりなんてしないよね?
一度でも彼を疑ってしまうと、白い中に黒いものを一滴垂らしたかのように疑念がどんどん広がる。ついこの前まで外に出してもらえないことさえ平気で受け入れていたのに。
「来たかい、さぁ行こう」
「はい」
玄関からこっそり出てきた私を見て、クイーンはなぜか安堵した様子だ。
「うまくいったのかい」
「オニキスはテーブルに突っ伏して寝てます」
「それなら安心だね」
しばらく地上を歩き、クイーンは工事中の札が立っているところにズンズン迷いなく入って行く。
「クイーン。いいの、ここ?」
「くっさいけどここが一番安全だよ。この時間ならネズミくらいしかいないしね。匂いも臭くって追いづらい」
クイーンとともに下りていくと下水道だった。確かに臭いがしばらく歩いていると慣れた。ところどころに明かりが灯っているが、足元は暗い。しかし、迷いなく歩くクイーンのおかげで恐怖はそれほど感じなかった。
「あんたは来ないかと思ってたよ」
「とても……悩みました」
「よく頑張ったね。攫われて支配されて。そこから抜け出すのは大変だよ。こんなよく分かんないネコを信じてさ」
なぜだろう。偉そうなクイーンにそう言われて不覚にも涙が滲んだ。足元をネズミらしきものがかすめて走っていく。鼻をすすりながらクイーンについて行った。
「あの階段が見えるかい? あそこを登れば隣の地区だよ。騎士みたいなかっちりした服を着た奴に助けを求めれば何とかしれくれるはずさ」
「クイーンはどうするの?」
「あたしゃ呪われてるからね、一緒には行けないよ。最期の善行ってやつさ」
「そっか……」
「うん?」
クイーンが急に振り返る。
「どうしたの?」
「しっ! 誰か来る」
クイーンの白いフサフサの尻尾がピンと立った。暗がりに慣れてきた目にその白さがよく見えた。エスターの耳にもズルズルと這うような不気味な音が聞こえてくる。
「ちっ! ヘビ獣人だよ!」
「ヘビ?」
「あれに捕まったら絞殺されて丸呑みだよ! あんたはさっさとあの階段登りな!」
ぺシリと足を叩かれ前に押し出される。エスターがその場からどいた瞬間、冷たい何かが足に当たった。
「クイーン!」
「いいから行きな!」
足をもつれさせながら前に進み振り返る。大きな黒い胴体がクイーンの周囲でうごめくのが見えた。恐らく巻き付こうとしている。もう一度クイーンの名を呼ぼうとした時だった。
「エスター」
「へ?」
聞こえるはずのない声が横からしてぐいっと引っ張られた。気付いたらよく馴染んだ香りの腕の中。見上げると、青い目が見返してくる。
「え、オニキス?」
「エスターの様子が変だったから食べたフリしたんだ。まさか、あの白ネコに騙されるとはね」
え? クイーンが私を騙したの?
「あの白ネコはいつもそうなんだ。騙して連れ出してここでヘビに食わせる」
「んなわけないでしょうが!」
クイーンはヘビにぐるぐる巻きにされながら叫ぶが、エスターは完全に混乱していた。オニキスが私を騙してたんじゃなくてクイーンが私を騙してる? でも、何のために?
「どうしてクイーンは私を騙すの?」
「それは呪いだよ。誰かを騙さないといけない呪いにかかってるんだ」
じゃあ、オニキスの呪いは何? そう聞こうとしてぐいっと顎を掴まれた。
「あの白ネコなんて放って帰ろう。今僕と一緒に帰ったら黙って外に出たことは全部なかったことにしてあげる」
「……ほんと?」
オニキスの青い目に覗き込まれる。吸い込まれそうなほど綺麗な青だ。この二カ月、エスターに向けてくれた青。
「うん。誰にでも間違いはあるからね」
「ちょっと! このままだとあんた短い一生で外に出してもらえないわよ!」
「こんなに外は危険なんだ。あの白ネコのおかげで分かっただろう? 外に出たらこんな奴らがいるからエスターを守るために仕方がなかったんだ」
「知らなかった……ヘビ獣人がいるなんて……」
「ちゃんと説明してなかった僕も悪かったよ。あの白ネコにヘビが気を取られているうちに帰ろう」
「あの……床下のネックレスを……見ちゃって。あの水晶の綺麗なの」
「あぁ、見つかっちゃった?」
なんだろう、笑っているオニキスのその言葉は酷く寒々しくて怖い。
「あれはエスターへのプレゼントだよ。ここに来て三カ月記念にどうかなって思って」
「……そうだったんだ。ごめんなさい、掃除中に勝手に見ちゃって」
「いいよ。あれは気に入りそう?」
「うん……」
ラッピングもしないで床下に置いてたの? 獣人だからラッピング関係ない?
なら、水晶のネックレスの存在をどうしてクイーンが知っていたの? 彼女は詳細まで知っていたじゃない。それに栗色の髪の毛が絡まってた。あれが前にいた女の子のものならば、私にそんなものを渡そうとしているの?
混乱しているとひょいっとオニキスに横抱きにされる。
「エスター! あんたね! それでいいのかい! うぐっ」
「じゃあ、エスター。帰ろうか」
クイーンはヘビに締め付けられて苦しそうな声になった。クイーンの声に被せるようにオニキスが喋る。
その時、あれほど混乱していたエスターの心は唐突に決まった。いや、この状況にならないと決まらなかったともいえるだろう。
「あのね、オニキス。今回のことごめんなさい」
「いいよ、エスターが分かってくれたら」
「ううん、違うの」
横抱きにされた不安定な体勢だったが、それに手が届いた。ポケットから出してその勢いのまま目の前のオニキスの胸に突き刺す。
「え」
「今回のこと、ごめんなさい」
オニキスは信じられないという表情で、自分の胸元に視線を落とした。
彼の家にあったナイフをいざという時のために持ってきていた。料理の時に使っていてこの二カ月で私の手に馴染んだナイフ。
突き刺してすぐに引っこ抜き、オニキスの腕から無理矢理逃れた。足をしたたかに打ちながら離れると、オニキスがショックを受けた表情のままゆっくり倒れるのが見える。
「エ、スター」
「クイーン!」
何か言いながら手を伸ばしてくるオニキスを振り切って、クイーンを助けに行こうとまたナイフをふりかぶった。
ヘビは血の匂いを嗅ぎつけたらしくクイーンを放り出して、オニキスに襲い掛かっていた。
「見るんじゃないよ!」
「そんなことより逃げなきゃ!」
後ろからはヘビがオニキスに食らいつく音がする。ヘビに締め付けられた影響でうまく動けない様子のクイーンを片手で抱えて階段に走った。
「ああっ!」
「エスター!」
急に左足に激痛が走る。思わずクイーンを遠くへ行かせようと階段へと放り投げた。左足にヘビが噛みついていた。暗がりでも分かるその赤い目。
「エスター!」
「来ちゃダメ!」
近付いてヘビにネコパンチをお見舞いするクイーンを押しとどめ、離さなかったナイフで何度もヘビの頭を刺す。
足は火傷したんじゃないかというくらい熱くて、頭の中も恐怖で焼き切れそうだ。ヘビの顎から力が抜けてやっと私の左足を離した。涙で視界が滲み息を乱しながらへたり込む。
「エスター、あんた大丈夫かい」
「うん……怖かった」
「あんた、なんであたしを信じたんだい」
あれ、おかしいな。眩暈がする。呼吸もうまくできない。
「ネックレス……の話。あとは……」
「エスター! まさかこいつの毒が!」
クイーンが白い尻尾を大きく振って慌てている。
焼けるような痛みで意識が遠のく中、どうしてオニキスよりもクイーンを信じたのか考えた。褒めてくれたから? 違う。彼女の言葉には愛があったから。
あぁ、ちゃんと伝えたかったな。私に唯一真剣に向き合ってくれたのに。愛は無条件に可愛がられることでも十二分に構ってもらうことでもなかった。ぴしゃりと叱ってもらって愛を感じるなんて、私は知らなかった。
「ん……?」
うっすら目を開けると天井が見えた。天井……屋内か。
まだ下水の所だろうかと起き上がると、ベッドに寝かされていた。噛まれた左足を慌てて見ると、やや腫れているが処置がされている。
ヘビの毒は種類によっては死に至ると聞いたことがあるが、あのヘビは毒性が強くなかったんだろうか。上半身を起こしてもふらつかないし、激痛が走ることもない。
ベッドのそばのイスに誰か腰掛けて眠っているのが見えた。白く長い髪の男性だ。この人が治療してくれたのだろうか。それなら、クイーンはどこ?
クイーンの名前を呼ぼうとしたが喉がカラカラだった。周辺を探して水差しを見つける。
水差しを取ろうとベッドの上で動くと、思ったよりも大きく軋んだ。あっと思って振り返ると、白い髪の男性もパッと目を開けたところだった。
「エスター!」
「へ?」
その男性はなぜか泣きそうな表情で抱き着いてくる。彼の目は金色だった。いや、黄色かな?
「だ、誰ですか」
「あたしよぉ。クイーンよぉ」
「え……さすがにそんなウソには騙されませんよ」
喉がカラカラなのに驚いて一気にしゃべったせいで咳が出た。慌てて男性を引っぺがして水を飲んで一息つく。
「酷いわ。一緒に逃げた仲なのに。駆け落ちってやつ?」
「えぇ……?」
目の前の男性をじっくり見る。白髪で金色の目。確かにクイーンの色彩だが……。
「クイーンは女の子でしょ?」
「失礼ね。男の子よ」
「喋り方ぁ! それにネコじゃない! クイーンは真っ白なネコちゃんのはず」
「うっさいわね、喋り方は元からこんなよ。そして、あんたのおかげで呪いが解けたのよ! 今は人化してんの」
「うそぉ。そんな都合がいいこと……」
自称クイーンな男性はかなりの美青年だ。心臓に悪い。視線を逸らすと、他にも誰かが寝ているベッドが見えた。
「あ、静かにしないと」
「あれはあんたが刺したヘビよ」
「はい?」
「あんたはあたしの呪いとあのヘビの呪いを解いたってわけ」
「ど、どうやって」
「あたしを庇って信じてくれたから。そしてヘビの頭にある呪いの核を直接壊しちゃったのね」
「核壊せば呪いって解けるんだ……」
「うーん、核の件はあたしも知らなかったわ。そもそも核がどこにあるか自分でも分からないんだから。呪いが解けて人化してあんたを背負って階段を上ったのはいいけど、解毒に困ったのよね。そうしたらあれが人の姿になって後ろから追いかけてくるじゃない。びびったわ。で、噛んだ本人が解毒に協力してくれたのよ」
向こうのベッドに眠る人はオニキスのような黒髪だった。正確にはオニキスよりもずっと黒い黒。
「そういえば、ここはどこ?」
「落盤事故があって病院に空きがなかったから、貸してもらった空き家よ。大家がいい人でね。トラスト地区から呪いが解けて出て来た獣人は百年ぶりですって! そうそう。あんたは解毒できても三日間眠ってたの」
どうりで喉が渇くはずだ。お腹も空いている。
「そっか……あの、オニキスは?」
「ヘビに丸呑みされちゃったわ。今頃消化されてるわね」
「そっか……やっぱりオニキスに騙されて殺されるところだったんだね、私」
最後まで信じたくなかった。彼を刺してもそれでも信じていたかった。
本当はおかしいと思っていた。外に出るな、他と獣人と喋るな。そして一度外に出たら叩かれた。
でも、彼しか私を愛してくれないって思っていたから心の奥底の声を無視して従うしかなかった。
「エスター。そんな顔しないの」
クイーンに抱きしめられる。彼女ではなく、彼であるのは本当のようだった。厚い胸板がそれを証明している。
「あいつも呪いを解こうと必死だったわね。何人も攫ってきて発情期の後に呪いが発動して殺して。獣人にとっては同棲が婚約で、発情期で結婚だから。でも、あんたはあいつよりもあたしを庇って信じてくれた。あたしはいつも自信たっぷりで傲慢で、自己顕示欲の塊だった。だから獣人としての存在が消されるような呪いをかけられたの。それがあんたのおかげで解けたんだよ」
「年寄りって言ってたのに」
「そうねぇ、あたしはネコ獣人だけど呪われた時の年齢に戻ったみたい」
クイーンの頭にいつの間にかぴょこんと白い耳が生えている。若干垂れ耳だ。思わず触るとクイーンは気持ちよさそうにした。しばらく撫でてやめると、もっと撫でてくれとばかりに頭をこすりつけてくる。柔らかな耳の毛が当たってくすぐったい。
「あははっ、ちょっと」
勢いに負けてベッドに再び沈み込む。クイーンの金色の目があまりにも間近にあった。
「あ、えっと」
「ダ~メよ、男の前でそんな顔しちゃあ」
チュっと額にキスされた。
「なっ!」
「男の前でそんな無防備な顔するのはダメよ?」
「いや、だってクイーンは……」
「こんな喋り方でもねぇ、あたしは男なんだけど」
今度は頬にキスされる。
「えっと、クイーン。なんで……」
「あら、呪いが解けたら男女がやることなんて一つでしょ」
「ど、胴上げ?」
「やだわ~、エスターったら。そんなユーモアを隠してたなんて最高じゃない」
今度は鼻をペロリと舐められる。
「か、乾杯?」
「それもいいわねぇ、魚も焼いて欲しいわぁ。あたし頑張って採ってくるから」
「じゃ、じゃあ元気になったらってことで」
「あたし、魚臭いキスってやなのよねぇ。ムードないじゃない?」
唇にチュっと啄まれるようにキスされた。さらにペロリと舐められる。
「ひぁ!」
「んふふ。可愛いわねぇ、食べちゃいたい」
「ま、待って!」
さらに近づいてくるクイーンの胸を押しとどめる。
「く、クイーンは私を騙してない?」
また私は流されている。オニキスの時と同じように。このままキスされて流されたら今までと一緒だ。
「騙してないって言っても信じられないかしら」
「だって一気にいろんなことあって……私、覚悟して出て来たわけじゃないから」
「そうね。呪いも解けてエスターが可愛くってテンション上がっちゃって。ごめんなさいね」
慰めるかのようにクイーンはまた私の鼻をペロリと舐める。
「エスターはこれからどうする? 国に帰る?」
クイーンは私を抱きしめて、しばらくしてから聞いてきた。温かい体温にウトウトしていたがハッとする。
「国に帰っても居場所ないもん」
「じゃあ、このままここに住む? いろんな地区に移住しながら考えてもいいわねぇ」
「クイーンは?」
「あたしは胃袋つかまれちゃったからあんたと一緒に行くわよぉ。やだわ、エスター。あたしがキスするだけしてどっか行く男に見えたの? あたしに餌付けしといて酷いわ」
私が餌付けしたんじゃなくて、クイーンが積極的におねだりしてきたんだけど……。
「え、いやでもクイーンだって呪いが解けたならもうどこにでも行けるでしょう?」
「あたしはあんたの側がいいのよ。嫌だわ~、あんたって。呪い解けたラッキー!って何にも知らないあんたをこの獣人の国に放り出す薄情な男にあたしをしたいわけ?」
獣人の国にこのまますぐに放り出されても確かに困ってしまう。これからどうするかの見通しもないまま国には帰りたくないと口に出してしまった。
でも、帰りたくない。帰ったところで、子爵家には弟がいるし。誘拐されたのだから醜聞になって婚約者も見つからない。どうせまた厄介者扱い。どうせ平民になるならここで生きていきたい。
そう考えているとクイーンから甘い香りがした。何の香りだろう、甘くて頭がぼんやりしてきた。クイーンの顔がまた近付いてくる。クイーンの金色の目に私の恍惚とした表情が映っていた。
「おい、待て」
「ちっ」
急に腕に冷たい感触を感じた。褐色肌で黒髪の男性がクイーンの肩と私の腕を掴んでいた。クイーンはどこかの貴族のような高貴で偉そうな雰囲気だが、こちらの見知らぬ男性は野性味がある。
「邪魔すんじゃないわよ、このヘビ野郎」
「うるさい、ネコ野郎。フェロモン垂れ流して誘惑するな」
ヘビ野郎と呼ばれた男性はなぜか布団を頭からかぶったままだ。それが彼の野性味を半減させている。
「今、甘い匂いがしただろう」
「あ、はい」
鋭く赤い目に射抜かれて思わず頷いた。布団がなかったら怖いと思っていたかも。
「こいつのフェロモンの匂いだ。ネコ獣人はフェロモンを使って誘惑してくる。人間相手にも有効なようだ」
「フェロモン? あ、あなたは?」
「こいつはエスターを噛んだヘビ野郎よ」
「悪かったな。でもおかげで俺の呪いも解けた。感謝する」
「えっと、どうして布団をかぶったまま?」
「まだ明け方で気温が上がりきっていない。俺は変温動物だからな、寒い」
「は、はぁ」
クイーンは温かいが、彼はひやっとする冷たさだった。
「シモンだ。よろしく」
「あ、はい」
握手を求めてくるヘビ獣人の手をクイーンが叩き落とす。
「あんた、何イイ感じにもってってんの。あんたがエスターを噛んだのよ! エスターはあんたのせいで死にかけたんだからね!」
「俺にかけられた呪いはトラスト地区から逃げようとする者を殺す呪いだった」
叩かれた手をさすりながらシモンは答える。
「あたしたち、呪いかけられてるからあの地区から出られないじゃない!」
「それは地上の話だ。地下に穴を掘れば例外だ。その例外を俺は殺していた」
「それは……あたしも知らなかったわ」
「裏技だからな。呪いを解こうとあれこれ試みる奴らはいてその例外の方法を発見した。発見して地区から出たところで呪いは解けないがな」
シモンはそう話してから傷ついた表情をする。布団をかぶって寒そうにしているから面白い絵面だが、その表情から彼だって本当は殺したくなかったんだろうなと分かる。
「俺は昔、仲間を密告したことがある。それであの地区から逃げようとする同胞たちを殺す呪いをかけられた。仲間を裏切り続ける呪いだな」
よく見れば彼の額には真新しい傷があった。もしかして、私がナイフを突き立てた傷だろうか。
「あの……あなたが私の解毒をしてくれたの?」
「あぁ、俺の毒の成分は俺が一番分かっている」
「ありがとう」
「もとはと言えば俺が噛んだからだ」
「そーよ。そーよ。礼なんて言わなくっていいわよ」
シモンは私の手を取ると、手の甲に口付けを落とした。彼は指だけでなく唇までひんやりしている。すぐさまクイーンがシモンをどつく。
「あんた! 何やってんの!」
「呪いが解けた男女がやることは一つなんだろう?」
「あんたは関係ないでしょうが!」
「彼女は核を破壊して俺の呪いを解いてくれたんだから、ある」
ヘビに関しては必死で殺そうとしただけなのだけど……。
「ないわよ! あんたなんかヘビのかば焼きにしてやる!」
「お前の毛を全部むしってやる」
明け方なのに二人が騒いだせいでご近所に文句を言われた。
結局、私はそのままクイーンとシモンと一緒に住んでいる。
「ねぇ……同棲って婚約なのよね? 私、マズイ? 二人と婚約してることになっちゃうの?」
「獣人の国では一夫多妻も一妻多夫もあるから大丈夫よ」
「そうだな。別に騒がれるほどのことでもない」
「出て行くならあんたよね、ヘビ野郎」
「隙あらばフェロモンで誘惑しようとするネコの方が一緒に住むのは危険だ」
「ねぇ、エスター。あたしとだけ一緒に暮らしたいわよね?」
「ネコでは不安だろう。俺にしておけ」
「どうするの、エスター」
「どっちを選ぶんだ、エスター」
毎日のように二人から迫られるが、私は答えを出せないでいる。
「私、こうやって三人で暮らしてる今が楽しい……家族みたいで」
孤児院ではもちろんのこと、子爵家で私は家族の中に入れなかった。だから、今みんなで仕事して帰って来てご飯を食べる生活が好きなのだ。初めてできた家族のようで。
「家族って響きはまぁいいわね」
「夫も家族だからな」
「いずれはあんたに出てってもらうわよ」
「俺がエスターの夫になるからお前が出ていけ」
「ねぇ、誰かお皿拭いて~」
「あ、俺がやる!」
「あんた皿割るからあたしがやるわ!」
クイーンが先か、シモンが先か。
あるいはエスターが自分でこの人と決めるのが先か。今日も三人の生活は賑やかに過ぎていく。