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06. 本当にチバって感じだ

 チバエルフは貰った干し芋を力任せに引き千切って半分を連れのサイタマゴブリンにやって、自分の分を飲み下した。


 あっあっあっ。勿体ない。もっとよく噛みなさい。もし母が見ていたらぴしゃりと手を叩かれたろう。母さんは余所ヨソの子でも容赦なかった。


 サイタマゴブリンはもちゅもちゅと、噛み切れない様子で、まことに変なことだが、可愛いこともないこともなかった。


 それを世話するチバエルフとは、まるで母子おやこのようだった。


 エロイズおじさんが訊いた。「あんた、名前は」


 彼女は、とうてい発音出来ない音で名乗った。


 チバエルフは音の部族である。


「もう一度」僕が頼むと、やっぱり分からん音を口からこぼした。


「やめい」イバラキドワーフのおじさんがちょっぴり怒った。「もう芋の一切れもやらんぞ」


 そんな脅しがあるか。


「キラ」むすっとした様子でチバエルフのおばさんは云った。「こっちはギー」


「嘘だな」

 イバラキドワーフは厳しく看破した。


 そうだそうだ。同意だった。サイタマゴブリンに名前をつけるなんて。


「嘘じゃないもん」むすっとチバエルフは口をとがらせた。


「いや、もっと長い筈だ」


 唇を尖らせ、むすっと腕を組んで、チバエルフはため息一つ、「キラ・メニ・ドド・アルルン・ラ・ビワモット」


「意味は?」とエロイズおじさん。


 すぅっと息を吸って、チバエルフのおばさんはぞんざいに云い放った。「おお世界の星は全て光り輝く枇杷びわ大好き」


 僕らが無表情でいると、


「先祖代々よ!」チバエルフが顔を赤くして怒った。


 何に怒ったか分からなかったけれども、「食いしん坊一族か」エロイズおじさんの言葉に、チバエルフのおばさんがグッと詰まって、口を尖らせ頬を膨らませ真っ赤になって涙目になるの見ると何だか優しい気持ちになった。


 これは騙される。これで騙せる。


 チバエルフは野蛮なのだ。忘れていたら寝首を掻かれる。


 チバエルフのおばさんのご先祖はまさにそのつもりであったろう。なんて奸計に長けた一族か。恐ろしいものである。


「じゃあキラおばさん、」と僕が呼ぶと、チバエルフのおばさんは右の手のひらで制し、「ビワで」


 果実でなく楽器のそれを口にしたように感じた。


(脚注・現代アクセント辞典を確認するにイントネーションに違いはない)


 チバエルフは大きな耳をしている。──

 音楽に通じるのは広く知られている。


 彼らの奏でる楽器、歌声、それと少しの舞い、それらは耳を絹のように包み込み、胸に郷愁や思慕の念を思い起こさせ、人々は時に落涙し、時に鼓舞され時に闘いへと駆り立てられる。


 チバエルフの竪琴の奏でる音が慈愛に満ち満ちていることは、けだし彼らの粗暴であることに起因しているのであろう。


 心置きなく闘って死ね。と。

 彼岸は佳い処だ。安心して死ね。と。


 野蛮な性根に美しき音を与えられた一族。──


「竪琴はどうした」

 疑うようにエロイズおじさんが訊ねた。


 チバエルフの荷は、楽器一つに得物を九、それすなわち十手と呼ぶ。


「質流れしちゃった」


 どうしてか残念な気持ちになった。


「ほんとはそれで小銭をせびってたんだけどなぁ」


 少しも恥じ入った様子もないので、まあそうだろうなぁと変に納得した。


 しゅっしゅっと、彼女は手刀で空を切って見せ、「こっちのほうがお金になったから、支度のために質草にしたんだけど、」


 なんでも、苗を植えたばかりの田んぼにイタズラするカッパの皿を割って廻って小銭稼ぎをしてたと云う(カッパは新しい皿ができるまで姿を消す)「楽な仕事だったわ」にゃははは。


 たいして大事にしてなかった。


「そうかぁ……」

 なんか悪い事を訊いちゃったなあ、とエロイズおじさんが幾許かの憂鬱を含んだため息を吐いたものだから、他人事かい、と思った。


 他人事である。


「そっちのギーとやらはどうした。いったいどこで拾ったんだ」


「卵よ」ビワおばさんは云った。「拾ったの」


「嘘だ」僕は云った。

「嘘じゃないもん」チバエルフのおばさんはまた唇をとがらせた。


 もうそう云うカタチの口なんだと思う。


「気色悪いなぁ」イバラキドワーフが顔をしかめた。


 サイタマゴブリンがキーキー鳴いて怒った。


「気色悪いなァ」

 僕とエロイズおじさんは口を揃えて云った。


 ところで、サイタマゴブリンは群れである、とは先にエロイズおじさんの話であるが、後に二人、三人、と気づかぬ内に本当に増えていったが、それはもう少し先のことになる。そんな事態になって欲しくなったのである。


素寒貧すかんぴんになって腹を空かせてうろついていたのか」


 エロイズおじさんの言葉に、

「まあ、そう」悪びれる様子もなく、ビワおばさんは「もっと頂戴」と手を向けて干し芋を無心した。おじさんはそっと渡した。おばさんはまたびいっと引き裂いて、半分を小鬼にあげた。サイタマゴブリンは嬉しそうにキーキーと声を上げた。


「なんで宿場に居たの?」

 僕が訊ねると、「それはちょっと云えないかな」、チバエルフは、ちらりとイバラキドワーフを見た。


 エロイズおじさんは両腕を組んで睨んだ。「それで美人局なんぞしておったか」


「違いますぅー」

 チバエルフは、今度は芋を端から大切そうにもちゅもちゅ食べながら云った。


「なんじゃい」イバラキドワーフは憤慨した。「飯を喰わせて貰ったらウンコで返せば──」


 イバラキドワーフの顔面にチバエルフの拳が入った。鼻から血しぶきが散った。


 眼前に突如として顕現した暴力に、僕は凍りついた。


 イバラキドワーフの面の皮は厚い。それを突き破るって。


「なんじゃい」エロイズおじさんはぐいと鼻を拭っただけで、しかも「大丈夫じゃ」と僕に向かって笑って云った。


 チバエルフは尊大にもふんッと荒い鼻息を吐き出し、くっちゃくっちゃと干し芋の続きを噛み、ごくりと飲み下した。


 器の違いを目の当たりにした。


 面の皮が厚いのはどっちだ。

 僕は慄いた。


 エロイズおじさんの話はおかしな話でもない。前置きなしに叩かれる謂れのない話である。


 チバエルフ豆と呼ばれるそれは同じ重さの金と取り引きされる。──


 あくもでも聞いた話である。あくまでも。頂いたことも見たこともない香りを嗅いだこともない。


 チバエルフの地は落花生の栽培に適しており、だから盛んでチバエルフがもっぱら豆食を好んでいるのは事実である。


 つまり、こうだ。


 豆を噛まずに飲み下し、お腹の中で一昼夜、出てきた豆を洗って干して炒って挽いて煮出した落花生珈琲は、まさに黄金のように深く滑らかに光り輝く漆黒の飲み物で、豊潤な大地を想起させる。


 しかも滋養に良い。


 後付けだな。

 尻豆を飲みたいだけで、もっともらしい理屈をつけたに決まってる。


 京では、チバエルフが囲われ、日夜、豆を飲まされ、豆を出していた。これに奉行所へ訴えが出たとは聞くが。尻豆である。なんとも、なんともな話である。


   *


 幸先が良いとは云えないものの、僕らは結局は同行する羽目になった。


 成り行きとは怖いものである。

 なんとなくで他人を信じちゃいけないのである。


 とは云え、道中は非常に呑気なものだった。剣呑なものが同行していること以外には。


 すれ違う者同士会釈したり譲り合ったり、噂話を交換した。


 早馬が通り抜け、飛脚が褌を流して駆けて行った。


 その中にあって、僕らは間違いなく珍妙な取り合わせ一行であったろう。


 旅は道連れ、とは云うが。

 地獄の一行ではないか。

 ()()()になってはことである。


 なのに僕は尿意を憶え、「ちょっと、」草むらのほうに親指を向けて「花に水をやって来るね」


 腰を突き出し、遠くに見える紫峰、霊山ことツクバ山に向かって雑草に水をやってると、


「あたしも」ってチバエルフのおばさんがやってきた。

 なんで?


 チバエルフのおばさんは僕の横に立ち、「ふうん」僕の手が支えてるものを見て「ふうん」嘲笑して、「よいせっ」と尻を端折って、尻を突き出し、「んっ」


 ぷぅ、と笛を鳴らした。


 仮にも霊山なのだぞ。

 ツクバ山に向かって尻を向け、あまつさえ屁をるとは。


 これだからチバっやつは。


「にゃはは」


 何がおかしい豆喰らい。


 くすくす笑いながらチバエルフはやっとこ草木に水をやる気になったようで、──


 それがまあ尻の下でしとどに草花を濡らす勢いだから重ねて驚く。


 雨が降り、岩をも削り川となり、やがて大海へと流れ着くだろう──。


 そんな次第で、何故か一緒におしっこしていたわけだが、「チバエルフの尿って高く取り引きされるんだってね」ってこれまた聞きかじった話を振ったらめっちゃ汚いものを見るような目をしてきたので、やっぱりチバエルフは感じ悪いなぁって僕は思った。


 良い処の肥は買い取りが高いのだから、そんな話があってもおかしくはないだろうに。本当にチバって感じだ。


 チバの蛮族がくいと顎を動かし、「あんたグンマでしょ。なんでアレとつるんでるの?」


「おじさんのこと? いい人だよ」


「ふうん」


 なんかムッとした。


「ふぅうん」


 チバエルフは遠くを見つめながら、物憂げに盛大に尿いばり威張ってた。


 滝じゃん。


 誰が欲しがるんだ本当に。僕はこのおばさんの脇だけは絶対に嗅ぐことはあるまいと確信した。


 それから僕らは同行人の待ってる処へ二人して戻った。


 是に先立つこと、少し前に、僕とエロイズおじさんはちょっとした相談をしていた。


 関所は金町カナマチマツドにある。マツドはチバである。


 蛮族の地である。


 ミト街道、トー京へ上るには、チバエルフと一緒ならわりとすんなり通れるのではないか? と。


 打算である。


「マツド? あたしの郷里だよ」

 チバエルフのおばさんは事も無げに云った。


 僕らは、わりと慄いた。


 関所がマツドにあるのは取りも直さず、治安がよろしくない故である。地方剣呑番付が在れば、東横綱は難くない。むしろブッ千切りかもしれない。


「まあ、そこまでよろしくだよ」チバエルフのおばさんは軽く云って楽しげに笑った。


「裏切られるかもしれないが」とイバラキドワーフのおじさんはいつになく真剣な面持ちで云った。


 ──チバエルフの手引きで僕らが差し出されることもあるだろう、と。


 おお何てことだ。


 こうして図らずも、チバラギグンタマの行旅一行と相成ったのである。──


 そして最後のイバラキトリデ宿場町へと向かったのだが──ここ過ぎれば次の宿場はチバアビコである──街道沿いに、チバの幟旗のぼりばたを下げた街燈が突き刺さっていた。


 イバラキドワーフが呻いた。


 陣取りだ。


 街燈は、不吉な様子でぽつねんと立っていた。

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