04. 納豆を喰え
人集りから小さなサイタマゴブリンが、ソッと離れようとしているのを見つけた。
エロイズおじさんがずんぐりむっくりの見た目からは想像がつかないような俊敏さでそれを捕まえ、ぐいと腕を背中に捻って捕らえた。
「ギャッ」サイタマ小鬼が悲鳴を上げた。
「ギャッ」僕も悲鳴を上げた。気色悪い。
捕まったサイタマゴブリンは身の丈が僕の腰くらいしかない、本当に小さな子供のような姿なりで、何だか悪い臭いがした。まさに悪童と云った按配だった。
「アッ」群衆の中から誰かが叫んだ。「あいつだ!」
僕とエロイズおじさんと、捕まったサイタマゴブリンに一斉に顔が向けられた。
「あのサイタマゴブリンが突き飛ばしたぞ!」
「おい!」エロイズおじさんがずんぐりむっくりのらしい胴間声を出した。「嬢ちゃん、云うことはあるか!」
彼が大声を出したのは、こともあろうか皆の視線が僕らに向いたのをいいことに、さっきまでの殺気を消し去り、小悪党のようにコソコソとその場から立ち去ろうとしたからだ。
まさに、ギクリといった様子でチバエルフの足が止まった。
なんか臭う。これは臭い。
「ああそうだね」チバエルフは開き直った。「あたしの思い違いだったようだね」
そして、「一件落着」とばかりに手をパンッと打ち鳴らして、「失礼するよ」きびすを返した。
それを止めたフクシマリザードマンだった。背丈は見上げるほどもあり、大きな口から二股の紫色の舌がチロチロと覗いていた。
「どいてくれない? お兄さーん?」チバエルフは愛想よく云うが、
「キーキー!」
エロイズおじさんに捕まったサイタマゴブリンが彼女に向かって小鬼らしい情けない声で助けを求めているのは誰もが納得する所だった。
このチバエルフとサイタマゴブリンは、旧知の中で窮地にいる。
僕は心の中で座布団を重ねた。
「そうかァ」と、フクシマリザードマンは頬がなく口が大きく、だから息を漏らしながら発声され、それが特に怖かった。「アンタらつるんでたかァ」
チバエルフは、「いや知りません」ではこれにて御座候等と、そうは問屋が卸さなかった。
彼女と小鬼はお縄になった。
この場合、奉行所や目明かしに引き渡すものだが、街道には街道の掟があり、宿場町には宿場町の掟がある。
自警団によって、処遇をどうしたものかと相談が始まった。
僕は別に急ぐ身でもなかったし、エロイズおじさんも小鬼を捕まえた手前、成り行き見届けたいと云った。
「それにな、ヒカリ」とイバラキドワーフのおじさんは云った。「お前も手形を都合して貰おう」
否やはなかった。
が、悪い事もあった。今時分、イバラキドワーフとチバエルフは実に微妙な関係にあった。
チバエルフがトネ川を渡って攻めてくるとかイバラキドワーフが撃退したとか、チバラギと呼ばれる国境一帯は、火薬庫となっている。──
彼女の所持していた手形と番付の読み合わせがあった。もし、何かしらあれば、処遇も変わっていただろう。
僕とエロイズおじさんは、茶屋の縁台に並んで坐って、お茶を飲んで団子を食べた。運んできた看板娘のお姉さんはきれいだった。
イバラキドワーフには、互いの脇を嗅ぎ合い結婚の相手を探すことがある。これが地域祭で奇祭と呼ぶ程ではないがちょっと他では見ない踊りとなった。
たとえ半分とは云え僕もそういう文化に馴染んでいるから、今まさに軒先の柱にもたれて暇を持て余し物憂げな視線を街道の向こうへ放っている看板娘のお姉さんのふくよかな胸の始まりである脇の方へと自然と目が吸い寄せられて困った。
「どうなるのかな」と僕が云えば、「どうだろうな」とエロイズおじさん。「団子、もういらんか」
欲しがったので残りをあげた。
僕は縛られて不貞腐れているチバエルフを見た。
彼女は態度とは裏腹に、存外、繊細そうな身体をしてる。髪も細くぺしょっとしており、体毛も薄そうだし、実際体も薄い(腕の細さは骨に皮をかぶせたとすら見える)。
エロイズおじさんが教えてくれた。──
尊大な態度の所為で見落とされがちだが、チバエルフはボウソウに棲むまで流浪の歴史があって、長寿だけれども短命という矛盾した存在だった。──
だからといって、エルフに対して同情はし難い。実に粗暴で乱暴で、口汚く意地汚い。トウホクの山にいるヤマガタバーバリアンの連中とは親類かさもなければ本当に同族だ。
そのヤマガタバーバリアンと一線を隠すものが、特徴的な耳たぶを広げる大きな耳環──木彫りの耳飾り。チバエルフ特有の耳飾りである。
同族意識を高める習慣だろうか。耳の長さは、年輪のようなものだと聞いた。
その縛られてるチバエルフのおばさんの耳たぶの耳環の大きさからすれば、「まあ若いだろう」とエロイズおじさんが団子をもちゅもちゅ食べながら茶をずずっと啜り適当にアタリをつけた。「三〇手前かそのくらい」
僕にチバエルフの年齢は分からなかった。
母よりは若いかな、とか適当に想像した。
イバラキドワーフの男たちは髭モジャすぎて、だいたい見た目よりも十くらい引けば凡その年齢になるが。
チバエルフの耳の大きさをじっくり見る機会はなかったので、いまとっくりと見た。
親指が二本ほど通る程度の大きさを、赤味の少しかかった滑らかな木目の美しい耳環がすっぽりと嵌っている。
長い耳だなぁと思う。エロイズおじさんの見立てで通りなら、さらにあと十年とすれば、指の四本くらいは通りそうだ。
ちなみに耳に指を通されたチバエルフは、相手を愛すか殺すかしなければならない。そんな度胸試しはお断りなのだ。
耳飾りの種類は様々で、十把一絡げにチバエルフの一族と云っても土地や集落によって少しずつ異なる。
捕まったチバエルフのおばさんの物はまったく装飾はなく、磨きに磨いて光っているが、彫刻をして螺旋を描いたり滑車状だったり、民芸品のようで細工の細かさと彩色と実に様々だと云う。
長い耳の嵌める他にも、穴に環型を幾つも吊す者もいる。
自分がしたいかどうかは別として、習慣なんて互いに「ケッタイだなぁ」と思う程度のものである。
僕らがお代りのお茶を飲んで並んで空を見上げていたら(いい天気だった)、──
「イヤァ!」
まさに絹を引き裂くような女性の悲鳴がした。
僕らはすわ、とばかりに声の方へ顔を向けた──
チバエルフは様々な土地の、部族の──イバラキドワーフもフクシマリザードマンもグンマの民も──男たちに囲まれていた。
どうあれ、あまり愉快な光景ではない(こと相手が縛られている身とあっては尚のこと)。
「へっへっへ……」
男たちが手にした小鉢の中を箸でかき混ぜ──
「納豆を喰え!」
「イヤー!」
顔を背けて実に女性らしい声で叫んだ。
この世のものとは思えない悲鳴だった。
さしもの僕も胸が痛んだ。
納豆、美味しいのに。
横でドワーフのおじさんが(関わるな)的な感じで袖を引っ張っていたのを感じたけれども、──
「やめるんだ!」
思わず口に出していた。
チバエルフを囲んでいた男たちがなんじゃい、とばかりに僕を見た。
ごくり、と唾を飲み込み、「そのおばさんは嫌がっております」僕は毅然と云った。
「嫌がらせしてるんだから当たり前じゃ」
イバラキドワーフもフクシマリザードマンも、グンマ民すら皆、一様に頷いた。
倫理観とか道徳心がおかしくなるのは、チバエルフの固有の魔力によります──ッて云われたようで、「あ、はい」続けてください、って促した。
「罰なんだから相応にするもんじゃい」
という次第で、あらゆる土地の男たちがチバエルフの女を押さえつけ、──
「イヤー!」
チバエルフは納豆を口に詰められ、嘔吐いた。
ゲボして口から胃液と唾液と納豆が糸を引いて垂れた。
たいそう汚い光景であった。
サイタマ悪餓鬼は失神していた。
あるいは、死んだふりをしていたのかもしれない。




