12. 弾丸列車
そもそもの話である。僕らは発車時刻に余裕を持って駅につき、列車が入ってくるのを並んで待って始発駅から乗ったのである。
「えー、キタセンジュ付近の線路に侵入があったとのことで、対処しております。お急ぎのお客様には大変ご迷惑をおかけしておりますです」
車掌さん特有の咽喉を窄めるような声で案内があった。
これが前述の鹿行ゴリアテによる線路侵入の件である。ダイダラボッチは失恋してうずくまっているという大層迷惑な真似をしでかした。泥人形のくせに。
車両は前から二両目で指定の座席を探していると、軽い三和音で曲が鳴った。チバエルフのおばさんのケータイだった。
やけに安っぽくて軽い曲の着メロのセンスってなんだろうな。チバ流行は謎であるが特段知りたいとも感じないのである。
チバエルフのおばさんは、二つ折りケータイを取り出しパカッと開いて耳に当てた。
「あ、パパ? どうしたの」
そうそう。天狗のお城ばーんてなって。
あたしもいたよー。無事だってぇ。怪我ひとつないよー。もうっ。
あ、それから新幹線に乗ったからー。
うん、そう、マツドも通るよー。
チバエルフはケータイ電話を仕舞った。
「車内マナーに反するぞ」イバラキドワーフのおじさんが注意した。
あ、そっかぁ。「アルミホイル巻いとくね」チバエルフのおばさんは素直に応じた。
僕は棚に自分の荷物ぽいぽい放ってさっさと座った。
「ギー、ギー」サイタマゴブリンたちがなんか云ったけど、知らんぷりした。僕は窓際がいいのである。相手が子供だからって譲ったりしないのである。
程なく列車は動き出した。
*
「パパからの情報よ」チバエルフのおばさんは、普段から想像もつかないような神妙な顔つきで、やっぱり普段からは想像もつかないような──周りにきかれないように──声を落とした。殆ど囁きと云っても良かった。なのにきちんと聞こえる、さすがは音の部族の面目躍如なのかもしれない。
現在、マツドでは天狗殿襲撃はイシヲカの不満分子とチバ連と呼ばれる若い与太者集団の仕業でないかと睨んでいる。──
それがエロの独占規制と密造酒の販路のアガリで揉めていたことからミトの息が届かないツクバ天狗を相手に弓引く形になったであると。
イシヲカがミトに与したと考えられることは幾つかある。商材の卸しで揉めた。密造された酒、自販機に補充されるエロ本。裏取引されるえっちなビデヲ。どれも表立って出来ないものの必要不可欠である。お上と袖の下を交わし合い、上手に踊れるかどうか。
ツクバ天狗はニッコウトー照宮へ参拝の名目でトチギ者と接触をする。同盟か不可侵か、どんな取り交わし目論見があるか不明だが、それに先んじてイシヲカが仕掛けた。
イシヲカはチバにも引けを取らない余り触れたくないものであった。
チバ連の与太者がエロ本自販機前で邪魔をしていたこともさもありなんである。ツクバ天狗の邪魔をすることは取りも直さずイシヲカ者への便宜にあたる。街燈の幟旗と同じく掘っ立て小屋も陣取りに他ならない。
そしてツクバの山には、ミナノと呼ばれるちょっとエヘヘって思うような川がある。水は澄んでおり、だからいい酒ができるし、男女の川となれば「酔わせてどうするの」えっ、何もしないのっ、ひどいっ、ってなことにはなるまい。
街道の往来はわりとのんびりしているが、やはりミト公安とミトATFは厳しい。
とは云えワイセツなるものは適切に申請と定期的な上納でナアナアにでき、たまの「ガサイレじゃ」不良在庫を手土産にパクられ要員が出頭しているのは社会の歪みであると思うけれども圧力釜で適当なガス抜きは定期的にしておかんと一揆に繋がるものである。
しかし酒・煙草・火薬がミト転覆に繋がり易い事は否めないので余程ナアナアにはできない按配である。
結局、ツクバ天狗殿の襲撃の目的は猥本目当てのシノギ争いか何かの口封事まである。あるいは密造酒の問題でミト税が関係しているかも知れない。
幾らでも想像できたが、同時に、どれも決定的なものは感じなかったのである。むしろ、全部です、手入れです、なら信じたかもしれないまである。猥褻物頒布でミト公安が動いたとは信じたくはないのだ皆お世話になっている筈なのだから酒の方は興味ないのでどうにでもしてください。
となると、ハン納豆の一件もイシヲカ者がチバ連と手を組んだ反ミト組織の犯行ではないかという図も描けるのだが、──
僕が疑っているのは父さんから託された書簡である。あれの所為で何か面倒に巻き込まれてんじゃないかって考えていると云うよりそもそもがあんな小汚い書簡を渡されて放逐されたのである無関係と考えるのは無理じゃろう。
焼いてしまおうか。
でもその後に何をする何処に行くも目的がなさすぎて結局、無責任親父の尻拭いをせにゃならぬ嗚呼なんて自分は親孝行者であろうか。これを聞いて滂沱と涙でなければあなたは鬼だ違いない。
*
車内販売のワゴンが廻ってきたから名物の瓦アイスクリームを買った。とてもガチガチに冷えきっており文字通り歯が立たないと呼ばれる名物甘味である。
列車は地理的にチバ避けが出来ないものでカシワ、ナガレヤマで気持ち停車してやんよと云うわけで、実際には乗り降りできない(気持ち徐行して通り過ぎる)。
かねてからあった関所マツドに配慮して、そこは検札と称し関所の権限の一部依託を受けた車掌さんが練り歩くのである。乗客は乗車券と特急券、行旅人なら其れに加えての領収書(得物の持ち込みとして)を手形と合わせて見せるのである。車掌さんは一瞥しただけ、実によく見ており、僕らの幾つか後ろの席に、何喰わぬ顔で坐っていた男がひっとられらて列車から降ろされた。驚かないでいただきたい。強制降車は最終手段であり、件の男は喚き誤魔化し交通の安全を脅かしかねないので車掌さんや運転手さん、ひいては駅の皆様と協議した結果である。乗客も車外放出に協力し、不埒者は外に出された多分死んだ。弾丸列車と呼ばれる所以である。窓から見える景色は実に目紛しく代り流れていく。もうツクバ山よりフジ山が見える。
行き過ぎじゃ。
よくよく見れば観光用の偽フジでござった。なのに、「見ろ、フジ山だぞ」イバラキドワーフのおじさんは窓の外のそれに指を向け、柏手を打った。
「何をお願いしたの?」物憂げにチバエルフのおばさんが訊ねたら、「道中の安全」と答える。「お前たちの分もお願いしておいたぞ」
「ありがたくて涙が出るわね」
言葉通りチバエルフのおばさんは、喉ちんこを見せ付けるように大あくびをして目元の涙を拭った。「ああ、ありがたや」
チバエルフの喉ちんこはでかい。
僕の股座様といい勝負なのが悲しいのか嬉しいのか分からなくて困った。
「あれ、変だな」
まず異変に気がついたのはチバエルフのおばさんである。「ケータイの電波、通じないや」
「どこに連絡するつもりだ」
イバラキドワーフのおじさんは世間話のように訊ねた。
「パパ」とチバエルフのおばさんは答えた。「マツドで降りないって云うの忘れてたから連絡しようと思ったけど」それからぐりっと首を伸ばして車両を見渡し、「公衆電話ってなかったっけ?」
「知らんな」興味なさげにイバラキドワーフのおじさんは云った。
「そうね」別に急ぎでもないし、みたいにチバエルフのおばさんも、話はそれっきりにして、二人はプラ匙でがしがしと瓦アイスクリームを削ることに戻ったのである。
列車に乗ってる間は、まあ広くないし、何をするでもないし、だから何も起きることもないのである。はずだが。
*
「騒ぐな!」
バチンと矢が天井に突き刺さって、ぶらんぶらんと矢の軸がたわみ揺れ、羽根は見窄らしく酷くボサボサだった。何やってんじゃ。
車両の貫通扉の前に得物を構えた細いとずんぐりの男二人組が立っていた。彼らは頭に赤いチバ犬の被り物をしていた。目つきがはっきりしない不気味な物であった。体格でチバエルフとイバラキドワーフなのは隠しようもなかった。
「何しやがる!」
席に座っていた行旅人とおぼしき者たちは一様にいきり立った。「引っ捕らえてやる」
行旅人手形を持つ者は逮捕権よりも、死罪を含む特殊司法権を行使することを好むものが多い。懸賞金の支払いは塩漬けでも首実検が出来ればいいのである。
「黙れェ」
貫通扉の前に立っている赤のチバ犬頭の二人組の賊が得物をちらつかせた。弓と斧である。こんな狭い場所で使う物ではないなぁと観察すれば、身に着けている防具はイバラキドワーフの手による品である。しかし、イバラキドワーフの作る武具は、ミト条例によりチバへの輸出は厳しく制限されている。そしてミト条例によりミト武具はミト紋様が打刻が義務づけられており、それがミト武具の性能を保証している。
「イバラキドワーフと手を組むなんて!」チバエルフのおばさんが声を上げた。
すると賊は僕らに一瞥をくれチバ犬を被ったイバラキドワーフの方が「お前らも大概じゃ」尤もの返答をしたものだから、図星のチバエルフのおばさんは「キーッ」って声を上げて怒った。サイタマゴブリンたちも「ギーッ」追従した。
まったく見苦しい絵面で僕は他人の振りをしたのである。
「この袋に財布と手形を入れろォ!」
チバ犬の被り物をしたイバラキドワーフが麻袋を投げ入れたのである。
カッパを攫う時に使うような大きな布袋で、袋は走る列車の車内を飛んで、受け取る者もなく力なく通路に落ちた。
どっと乗客が沸いた。僕らも笑った。
これが列車の最後尾が爆破されるほんの少し前のことだった。
僕らの車両を乗っ取った二人のチバ犬頭は知らされていなかったようであるが、そんなことは何もちっとも関係なく誰かの放った弓の矢や銃の弾を胸に額に受けて沈んでいた。
どうしてこんな分の悪い仕事に乗ったのだろうか、つくづく疑問である。
防具は役に立っていなかった。粗悪な海賊版だった。またひとつミト特産の闇取引が露見したのである。
そして車両が爆破されたことで、後ろから乗客が前に前にと我先に移動したことで高速で走る列車はますます変な音を立てるのだった。
列車は止まることなくトンネルに入った。揺れも音も酷くなり窓の外は暗転した。車内灯がバチバチと明滅し、完全な闇を作った時である。
──よくもやってくれたな。
全ての光と音を消し去って女の声がした。
前の車両とを繋ぐ扉の前に、金色に輝く糸を紡ぐようにして見上げるような背丈の真っ白い影が顕現したのである。




