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11. 争うための地

 ツクバ天狗殿が襲撃されてから数日後のことである赤毛のチバ犬のかぶり物をした賊たちもろとも爆弾の仕掛けられた列車が暴走しているというのに線路の先には失恋で傷心の巨人ダイダラボッチこと鹿行ろっこうゴリアテが座り込んでいるという状況になった経緯を道中日記から抜粋しようと思う。


 日記は駆け出しの行旅人、主に丙種の手形を持つのに相応しいかを関所もしくは奉行所に提出し判断を仰ぐのに必要なものであるが厳しい精査も充分にされずにだいたい通るのでそれらしいことを書き連ねておけばそれでいい盗賊や追い剥ぎだって持っている更には偽手形を作る連中もいるからイタチごっこなのである。


 行旅人日記に記載するのによくないことはあまりない。問題は嘘だ。ないことの手柄とかは特に厳しい。


 書き方には先達の知恵を借りるものである。例えばカッパの生け取りは問題にならない。切って埋めて退治してもいい。攫うのも、皿を取り上げるのもいい。寿司屋が買う。だか相撲をとったとなるとこれはいけない。カッパ相手に相撲などとは。行旅人の組合のどこからか怒られたりする。そういったことを経験豊富な行旅人から事前に聞き学びそしていつか自分が誰かに教える側になる。


 特に出来のいい(そしてたいていは)甲種行旅人の日記は版元が付いて、版が彫られて本になる。図書館で読めたりする。血湧き肉躍る物語に子供も大人も熱中したりするのだ。町人を苦しめる悪代官を懲らしめる物語、龍の生贄となった姫を助ける物語、戦い負けでもなお屈しない鋼の精神を持った女剣士……どれも旅の仲間たちと共に苦楽を共にし富や栄誉のみならず価値のあるそして大切なものを持ち帰るのだ。勿論、丙種行旅人の滑稽話も人気である失敗談は広めて笑ってもらえれば帳尻は何となく合う。


 旅での出会いは恋物語も多く人気である特に悲恋や異民モノは読み物として黄表紙に勝るとも劣らないある種の指南書でもある試しに自分の身体に幾つの穴があるか数えてみて欲しい。それを使ってナニがどうできるのかまさに想像力とは無限である。あと子供の手に届かない所に蔵書されている図書館での貸し出しはない代りに司書さんに袖の下を滑らせると受け付け台の下から滑ってくる。と聞く。あくまでも聞いた話だ僕は知らない。


 対して僕の日記ときたら、なんだか泣き言ばかりみたいで恥ずかいのも事実である。冒険に向かない旅の仲間なのである。


 そもその本当に仲間なんだろうかと考えたら余計に泣きたくなったので、そういうことは裏紙に書きつけておく。これが紙背文書として妙で薄い人気になったりしないこともないがたいていは洟をかむか尻を拭くのに使われる。


   *


 ツクバ天狗殿の一帯が攻撃され、僕らは余所の争いごとに巻き込まれずに逃げ出した経緯は山の形が変わるような大事にはならなかったからして、たいした話でないので割愛することにする。


 大天狗が身を挺して僕らを助けてくれたのである。僕らは死んだか失神したか一瞬ほど迷ったことはあったが身動きしないのいいことにありがたく大天狗様の羽を毟ってそれを路銀と小遣いに変えたのは話はついでである。行きがけの駄賃である。


 懐の温まった僕らは高速鉄道に乗ってトー京へ向かうことにしたのである。天狗の羽はたいそう貴重で高値で取り引きされるのである。しかも後ろ暗い取り引きなのでとても危険であるからして値段も相応に吊り上がっていくものである。僕にはよく分からない大人の世界なのであるからしてチバエルフのおばさんは勿論のこと、イバラキドワーフのおじさんもそういうことに長けていたのである。


 天狗殿の襲撃が知られている機会に天狗の羽が市場に出るともう「あやしい」捕縛されて奉行所に引き廻されてもおかしくいないのである。そこで土地とは離れたチバエルフの伝手を頼ることになったのである。麓でチバ商人が出店しているミトだなを使って、「細かいことは云わない訊かない」標語通りに引き取って貰った次第である。これが情報網の正体であろう。


   *


 Sakura-EXことサクラ高速鉄道(エクスプレス)は、わりと新しめの鉄道で録音された車内放送は愛らしい声で話題のミト広報に在籍のエバラ・ヒワ嬢が担当している。路線はイバラキはニイハリはサクラ地区を出てトネ川を跨ぎチバを貫きトー京はアキバハラに着く。そこから先はもうヤマノテセン結界の中である。些かなりとも緊張しないと云うことはないかなり緊張を強いられる。


 トー京行きの鉄道は別に旧い路線があってこれがミト街道を平行するように敷設されイバラキの地を長く縦断するフクシマまで行ける居酒屋列車と呼ばれそれはもう大層酷いものである特にトリデあたりで走りながら列車が停電するものだからもっと酷い。筆舌に尽くしがたい路線だからもちろん乗客も大概である乗ってはいけない。もしミトのケン・チョーへ行くのに気持ちよく過ごしたいのならば街道を歩くか馬か、車か高速バスか(値段の)いい特急席を取るしかないのであるミトは不便なのであるケン・チョーは土地が余ってるのに空に向かって高い無駄な建築しろなのであるミト経済の無駄を体現したものであるミト経済の実態の象徴でもである中には吹き抜けまであって空間まで無駄である知事ダイミョーは止めなかったのか。えっ。


 サクラ鉄道はボックス席もあるし車内販売もあるので名物のかわらアイスクリームを食べることにしたのである名前の通りひどく堅くて冷たくて手に持って体温で暖めるのも叶わない代物であるが濃厚な味のするアイスクリームで満足度は高いがお値段もお高いしかし僕らは大天狗殿の羽で稼いだ分があるので些か気分が大きくなっていたのであるとてもいい気分であったのである。


 そして列車が乗っ取られたのである。


 それはトネ川を越えようとした橋の上で起きたカシワを抜けもうナガレヤマの駅の近くである。チバというのはもうそういう土地なんだと僕は諦観の念を抱いた。永遠に争うための地なのである。辞書にもチバの項目は「常に争うこと」として載っている載っていなくても次の版で載る。野蛮の項目を引けば「チバ」って書いてある書いてなくても次の版で書かれる過去にチバ者が出版社に押しかけ脅し抗議し差し止めまでやってみせたので「チバケン」あるいは「チバカン」もしくは「チバロン」は既に掲載されている。これが飛び火して「イバラキ」の項目は「粘着的な様子」などと書かれているミトは抗議しなかったのである納豆のことしか考えいなかったのである。密輸って。何の糸を引いていると云うのか。そもそも納豆は、イト−フジ線の西から向こうは市場ですらない郷土料理の一種でしかないのにトチギリヴァイアサンの好むシモツカレェと同じでゲェとか云われるのは実にゲェなのだがゲェなのは致し方ないから地産地消が正しい嫌なら食べるな。


   *


 ブッと空電のようなハム音がして、車掌さんの案内の代りに、変声器を使った安っぽい声がした。「この列車を乗っ取った」


 どっと乗客が沸いた。僕らも笑った。食べかけのアイスクリームが冷たくて気持ちよかった。


「大列車強盗などと」ひっひっひ。「アホか」イバラキドワーフのおじさんが変な笑い方をするから余計におかしくって、「列ッ車ッ強ッ盗ッ」ひっひっふっ。チバエルフのおばさんにも伝染した。


 車内放送は続いた。「我々はイシヲカ天狗党である」


「嘘だ」僕は云った。イシヲカ者ならエシオカと発音する筈である。エバラキ、エシオカならまだしも、はっきりと「イシヲカ」と発音した。


「しかし、()シオカというのはうまい」

 エロイズおじさんは笑顔半分、関心半分で頷いた。ほら、本物はきちんと「エシオカ」って発音する。


 イシヲカはエバラキの中でも特にガラが悪い土地であり、年に一度の神事すら喧嘩祭りと呼ばれる低鱈苦である。イシヲカ者は、躰の傷か墨で威圧し合うような余程チバ者に近しい連中である。


 笑顔の車内に放送が被った。「順に車両を爆破する」


 車内は大笑いに包まれたが。──


 ドォン!


 後尾の方で太い音がして金属がひん曲がる時に出す気味の悪い音に、一瞬の緊張からサッと血の気が引いた。体は走る列車の振動とは別に震えていた。

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